第3話
まあ、プレイヤーの入力したテキストに応じてシナリオを変えるなんていうややこしい仕様だと、そういうこともあるのだろう。まあそんなこと気にしていても仕方ない。さあ、続きを楽しむとしよう。俺の選択によって急に新ヒロインが出てきてしまったけどこれ大丈夫なのか?
「ちょっとそこの巨人! あんたからもスリパに文句言ってやりなさいよ!」
「ひどいぞースリパ! マリーと築いてきた絆は嘘だったのかー!」
「ちょっと何よそのしょぼい文句は? もっとよ! もっとこのしょぼいウンコタレゾウリが生まれてきたことを後悔するような語彙で責め立てるのよ!」
「……さすがにそこまではちょっと」
スリパ「気にするな。俺はスリッパなんだ。履かれるのは当たり前だし、恥ずかしいことに、俺は誰かに履いて歩いてもらわないとどこにも行けないのだ」
ジェシカ「そういうことでしたら喜んで履かせてもらいますわ! 今日からは私、スリパ様の行きたい場所にだけ行きますわ!」
「ちょちょちょっとなに速攻でコンビ結成してんのよ! こいつマジで最低じゃない?」
「いや、本当はマリーが居なくなって寂しいのだろう。スリパのキャラ的にこれは照れ隠しだと思うが」
「――そうかしら」
「ああ、信じろ。というか自分からスリパのそば離れて来たんだからそれは別にいいだろ」
「そ、それはそうだけど! こんなあっさり次行かれるのはムカつくのよ!」
「ほう、マリー・クロムウェルともあろうお方がヤキモチとか可愛――あれおかしくないか?俺マリーと会話してないか?」
おかしい、幻聴か? 学校での評判や学業をシカトしてダブり高校生になってまでエロゲをやりまくったせいでついにバグった脳内にエロゲがインストールされてしまったのか? だとしたら――。
「よし、最高だな!」
何も問題はない。要はあれだろう。かの純愛名作である紗夜の唄で主人公の脳がバグって謎のモンスターが美少女に見えていたように、くそつまらない俺の部屋がマリーの存在するパラダイスに見え始めたみたいなことだろう。俺は常々思っていたのだ。「ああ、脳に直接エロゲをインストール出来たらいいのに」と。
そう、これはそんな願いがかなったということに等しい出来事だ。
となるとそうか、さっきの謎イベントは、俺の頭が壊れ始めたぞというサインだったのか。そう考えると全て納得はいく。よし、これからは脳内エロゲライフが開幕――。
「ちょっとそこの巨人! 話の途中で急にニヤニヤし始めて黙るの辞めてくれないかしら? メッチャキモいわよ?」
「ああ、すまないちょっと取り乱していた。っていうかマリーさんよ、一体どこにいるんだ?」
俺の脳がバグってフィクションの世界を取り込み始めたのなら、俺の部屋にマリーがいるようになってもおかしくはないはずだ。
「はぁ? ここにいるじゃないどこ見てんの? っていうかあんたなんであたしの名前知ってるわけ?」
マリーの言葉にキョロキョロと視線を彷徨わせるも、どこにも姿は見当たらない」
「そんなとこにいないっての! ここだってここ! あんたは巨人なんだからもっと視線を下げなさいな」
視線を下げる。……っていうか巨人? さっきもマリーは俺のことを巨人と言っていた。だが、俺は身長168cm57kgの普通体型だ。もちろん、これまで一度も巨人などと言われたことはない。なのにマリーは俺のことを巨人という。そこから導き出される答えは一つだ。つまり――。
「マリーは俺の為にねん◯ろいどになってくれたということか!」
俺は日頃から、この世界に怒りを感じていた。なんでエロゲのキャラはねん◯ろいど化しないのかと。アニメばっかグッズ展開しやがって、どうしてエロゲヒロインは可愛くデフォルメされた姿を拝めないのかと。そして俺の脳がバグったおかげで、ついにその願いが叶ったということか。どうせならば等身大のマリーとイチャイチャしてみたいとも思うが、あまり贅沢をいうのはよしておこう。
「……ちょっとあんた何一人で納得して涙流してんのよ? ……さすがに引くんですけど」
「すまない、また取り乱してしまったようだ」
「っていうか早く見つけなさいよ! あんたがさっきまで触ってたやつの上にいるわよ!」
さっきまで触ってたやつ? マリーのおっぱ……はまだエッチシーンに突入してないので触ってないから、えーっと、そうか、マウスとキーボードだ。
素早く視線をノートPCのほうへとやる。するとノートPCのキーボードの上に、一体の黒光りした小さなモンスターを発見する。そう、そいつは――。
「うわっ、ゴキブリだ!」
虫が得意でない俺は、思わず飛び退く。
「は? 何よその失礼なりアクションは」
失礼? なんの話だ。
「違う、マリーのことではない。ゴキブリがいたんだ」
「何よゴキブリって? 世界一ビューティフルなあたしを見て飛び退いてんじゃないわよ」
んーー? どういうことだ? 落ち着いて考えてみよう。大丈夫、きっと理解できる。俺は数学が得意だ。きっとこんなのは簡単な方程式なはずだ。まずは式を作ってみよう。
X=ゴキブリに驚いた+マリーは自分を見て驚くなと言った。
なるほど、答えは簡単。つまり、――キーボードの上にいるゴキブリがマリーだと言うことだ。そうかそうか、マリーはゴキブリだったんだ――、
「――嘘だろ?」
「ちょっと何よその反応? あたし、あんたにどう見えてんのよ」
「いやぁ、それはだな、その……す、少し、少しでいい、待ってくれ」
どういうことだ? ちょっと状況を整理してみよう。俺はゲーム中からの「願い事を書いてください」という指示へのアンサーで「マリー・クロムウェルをこの世界に召喚しろ」と願った。その結果マリーは本当にこの世界に召喚された。だけど彼女は何故かゴキブリだった。俺の脳内にエロゲがインストールされたのではなく、マリーは宝物に願いを叶えてもらい、フィクションとリアルの壁を超えて本当に俺の居る世界にやってきたそんな可能性もある。果たしてどっち――いや、違う。
「もうどっちでもいいなこれ」
そう、どうだっていいのだそんなことは。自分の脳がバグってるとかバグってないとか、物理の法則が歪んだとか歪んでないとかどうだっていいのだ。俺の人生において大切なのはエロゲだけ。素敵な人間はエロゲヒロインだけだ。つまり、どういう理由であれ、眼の前にマリー・クロムウェルがいてくれて最高だってことだ。強くて、まっすぐで、あったかくて、聡明で、可愛くて、セクシーで、親しみやすい最高の、さいこ………、
「何変な顔で見てんのよ? ちょっとキモいわよ?」
うのヒロインのマリー・クロムウェルがゴキブリになってしまった。ガキの頃からエロゲにハマって、ヒロインとの恋に憧れて、ついに出会えた今までで最高のぶっちぎりヒロインであるマリー・クロムウェルが今、眼の前にいる。なのに、なのに、こいつは今、ゴキブリだ。
「……うぅ~、うぐっ、ぐぅう~」
「ちょちょ、何急にマジ泣きしてんのよ! 変なクスリやってんじゃないでしょーね?」
あとちょっと、あとちょっとだったのに。夢は、俺の夢は今もう、眼の前にある。
「ちょ! 何急に泣いてんのよ?」
だが、こいつはゴキブリだ。あの押せばどこまでも沈み込んで生きそうな白く柔らかな肌は謎の細菌まみれの油に支配されし黒光り外骨格に代わり、サラサラと音がなりそうなピンクベージュの髪のあるはずな場所にあるのは小刻みにピクピクと揺れる2本の触覚。残されたのは勝ち気で素敵な性格と耳を劈く萌ボイスだけ。
「いや、十分、……とゔぁいゔぇない」
「ちょっとあんた、鼻水口に入ってるわよ?」
人格と声がマリーである存在が目の前に居る、それで十分だと胸を張っていえない自分が情けなくて、涙が止まることなく溢れ出す。俺はマリーが好きなはずなのに、その精神性が好きだったはずなのに、姿が変わってしまったくらいのことで、こんなにも悲しくなってしまう。ダメだ。こんな感情をいとしのマリーに見せてはいけない。
「ぢょっどぜぎゔぉゔぁずす」
そう言い残し、俺はトイレへと向かった。
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