第8話 イケメンの圧迫と彼女の沈黙
翌朝の朝礼が終わり、教室に戻ろうと廊下を歩いていたら、背後から声がかかった。
「おい、阿久津。ちょっと来いよ」
聞き慣れたイケメン――瀬良の声だ。嫌な予感がしながらも無視はできず、渋々振り返る。彼の隣には、俺の元カノである彩花も立っていた。
瀬良は顎をしゃくって示し、人目の少ない階段下へと誘導する。
「な、なんだよ」
俺が警戒して問うと、瀬良は歪な笑みを浮かべる。
「そんな警戒すんなよ。ちょっと話があるだけ」
取り巻きの姿はない。けれどそれが逆に不気味で、心臓がドキドキする。
階段下で立ち止まると、瀬良は両腕を組んだまま俺を見下ろした。後ろに控える彩花は、どこか悲しげな表情で口を閉ざしている。
「なぁ、お前さ、最近またコソコソしてるらしいじゃん。放送委員の奴らともなんか企んでるんだろ? 俺の耳に入ってるぞ」
眉ひとつ動かさず、瀬良が詰め寄る。しまった、あまりにも動きが早かったせいで情報が漏れたのか……。
「別に、コソコソなんてしてない。俺はただ、自分の冤罪を晴らしたいだけだ」
はっきり答えると、瀬良は鼻で笑う。
「へぇ。じゃあさ、あんまり余計なことを嗅ぎ回るなよ。そうすれば、お前も鳳さんも、これ以上は痛い目を見なくて済むかもしれない」
明らかな脅しだ。こいつはいつも、こういう言葉で相手を縛ってきたんだろう。
「痛い目、ね……。俺たちはもうさんざんキツい思いしてるけど?」
瀬良の挑発に乗るつもりはなかったが、自然と語気が強まる。すると彼は肩をすくめ、彩花に視線を向けた。
「なぁ、彩花ちゃんも心配してるんだよ。いつまでもこんな泥沼にはまってほしくないってさ」
瀬良がそう言うと、彩花は俯いたまま無言。かつての彼女は俺を疑って距離を置いた。その後、瀬良の側に行ってしまった。
正直、未練なんてもうないはずなのに、その沈黙を見ると胸がちくりと痛む。
「……心配してる、ね。そりゃあどうも。なら放っておいてくれよ」
やっとの思いでそう口にすると、瀬良は軽く笑った。
「そう強がるなって。まぁいい。これ以上変な動きしたら、どうなるか分かってるよな。俺らももう容赦しないから」
そう言い放ち、瀬良は彩花の肩を叩いて階段を上っていく。彩花は最後まで何も言わず、俺と視線を合わせもしなかった。
結局、彼女からは謝罪の言葉も弁明もなく、気まずい空気だけが残る。俺は小さくため息をついて、教室に戻る。今さら何を言われても、もう戻れないとわかっているから。
その日の昼休み、鳳 真琴と落ち合うと、彼女は険しい顔で切り出した。
「私、取り巻きの子たちから『これ以上あがいても無駄だから諦めなよ』って言われたわ。私が学校にしがみついてるのが滑稽なんだって……」
「……あいつら、ほんと性格悪いな」
俺が吐き捨てると、真琴は苦い笑いを浮かべる。
「今まで仲良くしてた子もいるのに、こんなとき簡単に手のひら返すんだって、思い知らされたよ。……でも、私も阿久津くんも、下がるわけにはいかないもんね」
そう言って真琴は微かな意地をのぞかせる。その目にはかつての“女王”としてのプライドが残っているように感じた。
「なぁ、今日の夜、倉木が動いてくれるかもしれないって話、聞いてる?」
俺が切り出すと、真琴はコクリとうなずいた。
「放送室の裏口から、夜遅くに入れるかもしれないって。先生たちが帰宅したあとの時間を狙うつもりみたい」
「危険だけど、やるしかないのか……」
クラスや部活から追放気味の俺たちには、もう普通のルートで情報を得る方法がほとんど残されていない。こうなったら夜間潜入でも何でも、足掻いてみるしかないだろう。
「よし、やろう。少しでも証拠がつかめれば、瀬良たちを追いつめられるはず……」
静かに決意を固める俺と真琴。胸の奥には不安と恐れが渦巻くが、それ以上に“真犯人を暴く”という意志が勝っている。
もし成功すれば、これまでの仕打ちに一矢報いることができるかもしれないし、あの瀬良の余裕を打ち砕けるかもしれない。
昼休みの教室に響くざわめきを背中に感じながら、俺は拳を握る。何かが動き出す夜になりそうだ。ここを乗り越えた先に、俺たちの失われた尊厳を取り戻す手がかりがあるはずだと信じて。
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