第30話 思わぬ共闘
▽第三十話 思わぬ共闘
今、湯気の森では大問題が発生している。
……例の寄生魔物が攻め込んできているのだ。ぼくは迎撃する義理はないのだけれど、困ったことに双頭狼は戦う気満々らしい。
温泉が大好きなのだ。
狩り場のバランスを変更させられないように交戦するはず。
「にゃお」
危険性。
このままいけば双頭狼は、例の寄生生物に合併されてしまう。ぼくの見立てでは寄生魔物は格下狩りを続けてきた異質な例だ。
それでも強くなれる生物なのだ。
あらゆる種を飲み込んでいく悪夢。
その悪夢が……ぼくを追いかけてだろうか、昇ることを覚えてしまった。知能の低さで雑魚狩りしていた種が、偶然にも強者を飲み込む機会を得てしまった。
まずい。
双頭狼が飲み込まれ、ついでに寄生生物がこれから進むランクⅤ帯に辿り着けば。この森の秩序が終焉しかねない。
仕方がない。
ぼくは双頭狼の支援をこっそりと行うことに決めた。あの寄生生物をこれ以上、上のランク帯に進めてはいけない。
▽
壮絶な戦闘が開始されていた。
湯気に包まれた、蒸し暑い戦場。敵はすでにこの付近の魔物を飲み込んでおり、火吹きトカゲや水鳥、その他、数多の魔物の肉体が生えている。
『がお』
双頭狼の、二つある頭部が雄叫びをあげる。
寄生生物はまったく怯んだ様子なく、口からタラタラと唾液を垂れ流している。何かを飛ばした。
ランクⅣだった時は視認できなかった。
今のぼくならば解る。あれは……自分そのものだ。切り離した白くて細い肉体が、弾丸のようにして飛んでいくのだ。
後方。
とばっちりで命中した火トカゲが、断末魔をあげている。ダメージ自体は大したことがないようだ。だが、あの白い分裂体はうねうねと蠢き、そのまま火トカゲの肉体に侵入していく。
暴れる火トカゲ。
やがて目が虚ろとなり、自ら寄生生物のほうへと歩いて行く……
ヤバすぎ。
ぞわぞわする。
あんなのと戦うのはあまりにも吊り合わない。それでも……ぼくは遠距離から支援することにした。
まずバフを送る。
双頭狼に【エンチャント・ファイア】を。ついでに【ダメージアップ】を。
さらに寄生生物にも【エンチャント・ファイア】を与えておく。交戦時の経験から、双頭狼は炎属性について耐性を持つ。
つまり、相手の攻撃を火属性にすれば、双頭狼の被ダメージは減少できる。
これ、かなり凶悪だ。
ぼくも耐性スキルを得れば、敵にその属性をエンチャントするという無法が許される。ぼくはエンチャントの才能には恵まれているから、いつかは何かしらの耐性がほしいところだ。
一瞬、双頭狼がぼくのほうを見た。
ぼくは何も言わない。ただ己が意志を主張するため、火属性の攻撃魔法を寄生生物にぶつけていた。
双頭狼が前を向く。
同意は得られたと考えようかな。ぼくの【愛嬌】さんが役だったのかもしれない。今、湯気の森にてランクⅤ二体が同盟を組み、格上の魔物を狩るために動き出す。
こちらは固有スキル持ち二体だぜ。
対する寄生生物はあまりにも謎の個体。固有スキル持ちかもしれず、その上でランク差は1や2ではない。
知性の差。
そして数の差と固有スキルの差。
勝利の目があるとすれば、これだけ。その可能性に縋ってぼくたちは戦うことに決めた。
▽
『あおおおおおおおおおおおおおおおおおん!』
双頭狼が初撃を取る。
放ったのは二種類のブレス攻撃だった。おそらくは、あのブレスこそが双頭狼の固有スキルなのだと思う。
火属性、水属性の相反したブレス。
二つの頭が同時に途方もない破壊を産みだした。ぼくはゲームをあまり知らないが、ゲーム実況で見るならば――ブレスとは魔物の奥義が一画。
それを同時展開できるのだ。
かなり強力な攻撃だと言えるだろう。
『あ、う、あ』
対する寄生生物は防御姿勢さえ取らない。
ありのままに二種のブレスを肉体で受け止める。肉体がぶちぶち、と見る間に引き千切れていく。威力に押し負け、ゆっくりと後方へと地を削りながら押されていく。
ぼくは見守らない。
どうせあんなのでは殺せないのだから。
ゆえに後方で待機していたぼくは【ジェネレータ】を発動していた。たっぷり一分のチャージを経てから、また30秒を掛けて魔法を準備する。
「【
魔法を放つ。
自分でもびっくりするくらいの雷鳴が轟く。この魔法はコントロールがじつに難しいので、【空間魔法】の【フォーカス】を使わせてもらったよ。
これはフレンドリー・ファイアを無くす魔法だ。
指定した対象へのあらゆる遠距離攻撃が効かなくなる。
双頭狼は、己が肉体を透過していく雷に驚いたみたいだ。目を丸くして、ぼくのほうを見たけれど、ダメージがないことに納得したらしい。
自分も魔法を放つ準備をしていた。
放ったのは【火魔法】の中級だろう。それをさらに【風魔法】の中級で補強して、凄まじい破壊を生みだしていた。
相変わらず寄生生物は回避しない。
いや、ぼくの雷が効いて動けないのだろう。うねうねが止まっている。強化された炎が炸裂している。
触手が燃え溶ける。
弱点属性は炎で当たりだったみたいだ。
「にゃん」
ただ効率は悪そうだ。
あの化け物、体力の底が知れない。あるいは、戦う方法が根本からして間違っているのかもしれない。
アンデッドドラゴン以上の強敵。
知能が低く、戦闘意欲が低いのでそう見えないだけで……遙かな格上である。
『あ、ああ、ああ、あ、あ、あ、あ』
『があああああ!』
双頭狼が近接戦に移行する。
巨体の狼である。あの狼は二種類のブレス、二種類の中級攻撃魔法を組み合わせた戦闘も可能だが、あの体躯からして近接に於ける破壊こそが本領。
思ったよりも速くはない。
ただその分、火力にステータスが寄っているはずだ。
二つの前足が持ち上がる。
両手にはそれぞれ別のスキルが発動している。業火を纏う右爪、風を纏う左爪。クロスの引っ掻きが発動した。
爆発した。
着弾と同時、二種のアクティブスキルが重なり、効果をより増幅したのだ。寄生生物の肉体が木っ端微塵となる。
表面の魔物の集合体が弾け、内部を埋め尽くしていた白い触手が弾け飛ぶ。
念の為、ぼくは【ディメンション・ウォール】で双頭狼を弾けた触手から守る。あれにも寄生判定があるかもしれないからだ。
『がう!』
そこから【咆吼】系の技能が発動した。
一瞬、寄生生物が動きを停止させた。そこに追撃での二爪。
ぼくも負けていられない。
とはいえ、近づくのはごめんなので【ディメンション・ストライク】を用いた【雷爪斬】を放たせてもらう。
こちらも双頭狼には劣るが、そこそこのダメージを与えられているはずだ。
このまま押し切れば。
ぼくたちランクⅤはMP量も体力量も、ランクⅣとはものが違う。敵が死ぬまで攻め続ければ……そう期待した時だ。
『あああああああああああああああああああああああ!』
寄生生物が肉体にあるすべての口で叫ぶ。
それは【咆吼】系の技能だった。ぼくは距離的に無事だったが、近接していた双頭狼にはよく効いたらしい。
まあ、敏感な狼耳が合計で四つもあるのだ。特攻かもしれない。
痺れを伴う咆吼。
動きを止めた双頭狼の元に、槍のように十本の触手が向かう。このままでは貫かれ、喰われ、寄生生物はより強力になってしまうだろう。
息を呑む。
目をギュッと閉じてから――【空間魔法】を発動した。使ったのは【チェンジ】という魔法であり、友好的な生物と自分との位置を入れ替える魔法だ。
もちろん、交換先は双頭狼である。
触手が目の前に迫っていた。
ぼくはあらかじめ【
もう後先などどうでも良い。
ぼくは複数のスキルを起動した。
ゼロ距離での【掻き毟り】【閃爪】【雷爪斬】――当たり前だがバフだって全開。エンチャントだって有効である炎を付与してある。
顔面のひとつを抉る。
寄生生物が絶叫をあげて大地にひれ伏す。
かなりスタミナが削れた。
それでも動ける。まだまだ動ける。
【ジェネレータ】
火力がもっといる。
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