共鳴者(レゾナンス)

安倍乃 翔平

序章:共鳴者狩り

夜の街に冷たい雨が降り注いでいた。

ネオンの光が濡れたアスファルトに滲み、朧げな影を映し出す。


路地裏を一人の男が駆けていた。息は荒く、背後を何度も振り返る。雨に濡れた額には冷や汗が滲み、喉の奥で叫びが詰まる。


「……なぜ、俺を狙う……!」


男の名は相馬和樹(そうま かずき)。

共鳴者——異能を持つ者の一人だった。


彼の能力は**「インスティンクト(直感強化)」**。


あらゆる危機を察知し、わずかな予兆から未来の危険を回避する。その力のおかげで、これまで幾度となく死地を逃れてきた。だが、今夜——その”直感”が初めて、“死”を示していた。


「……追いつかれる……まずい……!」


足がもつれ、転倒しそうになる。すぐ近くのビルの非常階段に飛び込み、螺旋階段を駆け上がる。逃げ道を探しながら、息を潜める。


しかし——


「逃げ場はないぞ。」


背後から、低く冷たい声が響いた。


——そこに、“影”が立っていた。


黒いコートに身を包んだ男。顔はフードに隠され、その表情は読めない。だが、その眼だけは、暗闇の中でも異様な光を放っていた。


相馬の心臓が跳ね上がる。直感が、絶対の危険を告げていた。


「……お前、何者だ……?」


「質問する立場じゃない。」


男は静かに足を踏み出した。


その瞬間——相馬の意識が急激に霞む。そして、時間が止まったような感覚が身体を包み込む。


視界が歪む。

手足が痺れる。

“自分”という存在が、何かに溶けていくような感覚。


「……な、んだ……?」


体の奥から、何かが”引き剥がされる”。


——違う。


これは、“奪われている”。


相馬の能力——**「インスティンクト」**が、この男によって根こそぎ”奪い去られている”のだ。


「……が……ぁ……!!!」


叫び声を上げる間もなく、膝をつく。

視界が暗転し、全身から力が抜け落ちる。最後に見たのは、黒いコートの男が、無言で去っていく姿だった。


そして——


相馬和樹は、その場に崩れ落ちた。もう、二度と動くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る