世界中にボクらだけみたいだね 2
卒業ライブのリハーサルが始まった。
ボクらはライブ自体が初という事情を考慮してもらい、リハの順番を後半に回して貰えた。
見てればなんとなく分かるよ。部長からそう言われたが、ボクは緊張からトイレに何度もいってロクに見ていない。
トイレから戻ると、ステージ前でかぶりつく様に立ってる草鹿さんを見かけたのできっと平気だろう。
初音さんとアキさんは誰かわからないが女性の先輩と談笑中、……ボクも先輩のリハを見ておこう。
……とはいえ別にボクらはプロじゃない。
いくらかの確認事項を伝え、照明さんに希望を伝えるくらいろう。
三年生たちは最後の舞台だからか、入念に打ち合わせをしている人の姿も見かけた。
控室は先輩たちが占拠しているだろうし、行き場がないな。
「おっ、いたいた。君さ、軽音部だったんだね」
そんなことを考えながら壁際に向かうと背の高い、軽そうな雰囲気の同級生が話しかけてきた。
……まだ名前も知らない。
「今までどこ行ってたの?タバコ?」
「なっ、んなわけっ」
「だよね。そんな雰囲気じゃないし」
なんか少し見下すような語り口。ボクはこの人が苦手かもしれない。
「で?どこ行ってたの?」
「……トイレですよ」
「マジ?長くね?もしかして緊張してんの?」
だったらなんだ。
笑うのか?馬鹿にするのか?
初音さん達は先輩たちのリハを見ていてボクが絡まれているのに気付いてくれない。
……いやいや!なに当たり前のように、彼女たちに助けてもらおうとしているんだボクはっ!?
「これ飲む?」
名も知らぬ同級生は怪しげな錠剤を出してきたのでボクはドン引きし、左目が痙攣する。
こいつは悪だ。
「なんて顔してんだよ?」
「……ドラッグには手を出さない。今までどれほどの天才たちがソレのせいで命を落としたか知らないのかっ!?」
ボクは思わず語気を強めてしまう。
……当然だ。そいつは人を壊す悪魔の……。
「ぷっ!ふははッ!!お前マジかよ!?最高じゃねぇか!こんな面白い奴がいたとは知らなかったぜ」
腹を抱えて笑う茶髪。
いい加減、名を名乗れこの畜生が。
「はぁはぁ……ああ疲れた。マジ笑えるわ」
そう言って錠剤を放られ、思わずボクは掴んだ。
……あれ、これって。
「整腸剤だよ、市販のな。まぁ
茶髪は思い出したのか再度腹を抱える。
さすがに騒ぎすぎたせいで何事かと周りの人たちが興味をもってしまった。
視線が集まる。
「おいコンドウ!先輩のリハ邪魔すんなボケ!」
坊主頭で筋肉質の人がステージ上から怒鳴った。
「サーせん!おい、怒られるし向こう行こうぜ?」
コンドウと呼ばれた茶髪はバツの悪そうな顔を浮かべながら歩き出す。
「なんでお前についていかなきゃいけないんだ」
……なんて言えたら苦労しないんだけど。
ボクは仕方ないのでコンドウの後に続いてライブハウスの入口付近に向かう。
振り返ってステージの方を見ると初音さんが不安そうな目でこちらを向けているのに気づき、ボクは親指をグッと突き上げ作り笑いをした。
やっておいてなんだけど、無茶苦茶ダサいな。
「ここな文句言われねぇだろ」
コンドウはそう言うと地べたに腰を下ろし、足を投げ出す。
低い位置からこちらを見るその目は『お前は座んねぇの?』と言いたげだが、綺麗か分からないのでお断りだ。
「んで?お前らは何曲やんの?」
下から普通に話しかけてくるが、遠くて聞こえずらい。
「……二曲です」
「まじ?すくねえな。え?持ち曲それしかないの?持ち時間少ない感じ?」
コンドウは少しだけ眉間にシワを寄せるが、付き合いが短いどころか皆無なので真意が読めない。
どういう感情だ?
「一年だけだからってナメられてんの?」
「え?……あぁ違いますよ。応募したのが遅かったのと、存在を知られていなくて、頭数に入れて貰えてなかったのが原因です。持ち時間はなんとか捻出してもらったんです」
「あー……そうかい。まっ、あの部長さんは差別とかしねぇか」
コンドウはつまらなそうに吐き捨てる。
「つーかさ、お前、どんな曲好きなん?」
「は?」
「『は?』じゃねぇよ。音楽やってんだ。こういう会話するだろ普通。どんな曲好きなんだよ?あと今日なに演奏すんだよ!?」
コンドウは何故か少し恥ずかしそうに後頭部を掻いてる。
ボクは目の前の軽薄そうな男から、あまりにも普通で地味で、面白みのない質問が飛び出たことに驚き、言葉を失った。
こいつ、……意外と普通の奴なのか?
ボクはいつの間にか、クセの多いバンドメンバーに毒されていたのか?
「な、……なんか言えこらっ!さっきから俺ばっかに喋らせるけどよぉ、おめえには同じ部活の同級生と仲良くしようっていう気概がねぇのか!?」
「――トラ君ッ!次、私たちの番だよ!準備しないと!!」
初音さんがまるで、コンドウからボクを引き離すように割って入る。
まだ時間はあったと思っていだが、どうも勘違いしていたらしい。
「おい、メガネ!」
控室へ向かうボクの背中にコンドウが声をかけてきた。
ボクは振り返らず、足を進める。
「楽しみにしてんぜっ!」
……バトル漫画のライバルみたいなテンションでそんな事言われても。
「近藤、くんだっけ?何話していたの?」
初音さんが後ろを振り返りながら笑う。
「さぁ?変わった奴でした」
「そっか。せっかく男子の軽音部仲間だし、仲良くなれたらいいね?」
……たしかに。そう言われると、ボクからももっと近づく努力をするべきだった。
控室に戻ると何人かの先輩が寝たりスマホをいじったりしていた。
別に誰に向けってわけじゃないが、会釈をしてから準備を始めると誰かが言った。
「きみらさ、一年だけなんでしょ?なにやんの?」
「一曲目はチャットモンチーっす」
壁をスティックで軽く叩きながらアキさんが答える。
「ふーん、誰が歌うの?」
「あ!っ……私です」
初音さんが元気よく手を挙げて、すぐに恥じらいながら手を下ろしたが視界の端に映った。
チューニングしないといけないから顔は上げないが、きっと耳まで真っ赤なんだろうな。
ボクは勝手にその姿を想像して唇に指をあてる。
そして……また誰か知らない誰かが口を開く。
「あぁ……お前?バスケ部から逃げて軽音部入ったってのって」
ガラス窓の割れるような音が頭の中で反響した。
ふいに顔面から温度が消え、燃えるような血が巡る。
あぁダメだ。ボクは今、感情的になってる。
「はっ、ははっ……だ、だれがそんな事、言ってるんですかねえ……」
場を取り持つように乾いた言葉が滑る。
「ユイ!そんな下らねぇ事、気にすんな!」
「そうですよっ、アキさんの言う通りです!っ、田中くんも何か言ってくださいよ!」
草鹿さんに話を振られるが、頭が真っ白になって言葉が出てこない。
「……君らがなにをそんな熱くなってるか知らねぇけど、今日がライブで良かったな」
「そりゃ言えてるわ」
先輩たちは半笑いを浮かべながらそう言ってボクらを見る。
「なにを言いてぇ……言いたいんすか!?」
アキさんは今にも噛みつきそうなくらい熱くなり、初音さんはこの後、歌えるのか心配になるくらい青ざめた顔をしている。
「なにが言いてぇだ?んなもん簡単な話だろ?」
言葉使いとソファに寝そべる姿があまりに男性的だったから気づかなかったが、この人は女性だ。
先輩は立ち上がると意外と小さく、ウチのメンバーで最も背の低い草鹿さんよりも背が低かった。
しかし、ボクらの誰よりも尊大な口調でこう続ける。
「ライブってのは、音楽ってのはな。――自己表現だ。他人に向けて自分をぶつけんだ。コピーバンド?んなもん関係ねぇ。客の時間、金、労力。それらすべてを根こそぎ奪ってこっちのオナニー見せつけんだ!最高だろ?!ええ??」
……女性の口から聞いたことのない単語は出てきてボクは気まずくなり目をそらす。
だが、先輩は止まらない。
「ムカつくだろ?え?逃げた!?知らねぇよ。逃げちゃいけない理由なんかねぇだろ!?なぁデカいの!お前もそう思うだろ!?」
デカいの。と聞こえたのでボクは顔をあげる。
先輩は何故か初音さんの顎に人差し指を当ててるし、さっきまでスマホをいじっていた別の先輩は『いいぞいいぞ~』とかいってはやし立てている。
なんだこの状況。アキさんも草鹿さんもついていけずにぽかんとしてる。
「誰がお前を馬鹿にしたか覚えてねぇ。けどきっと今日くるぜ?見せてやれよ。お前のオナニー」
「ひゅーひゅー!さすがサクラ!相変わらず頭おかしくて最高だぜ!」
……なにを盛り上がってんだこいつら?
ボクらはみんな、困惑して固まった。
とボクは思った。
でも……そんなのはボクの勝手な思い違いで、……初音さんは――。
「……はいっ!全力で今の私をぶつけますっ!!その……サクラ先輩?の言ってた、……それは……みせないですけどっ」
「ははっ、いいね。まだ恥ずかしさが残ってるみたいだけど、それも初々しくて可愛いな!……食べちゃいたい」
「気をつけろ一年!サクラはガチだぞ!逃げ――」
「おい!サクラ!お前マジでうるせぇ!あと説教癖直せ!後輩にガチで嫌われても知らねぇぞ!」
ステージから帰って来た先輩たちがサクラ先輩に注意をしながらボクらに向けて指をさす。
「いけよ一年。順番だ」
その言葉でボクは現実を思い出し、一気に膝が震え出した。
リハの順番。……つまり、あと一時間もすれば……。
――ボクらの初ライブが始まるのだ。
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