10:魔女ちゃんと冒険者くん

「油断すんなよハルバード。守ってやるが、俺も全部をカバーすることは厳しいからな」


「わかって、ますよ! でもこいつら、想像よりも強いんですってば!」


 レックスが滑落しハルバードと合流した地点から、10分ほど進んだ先のこと。地下空間にも上階と変わらず魔物達が蔓延はびこっていた。

 変わっている点をあげるのなら、原理は不明だが上階の魔物よりも強い個体が多いことだろうか。


「さっき渡した遺産を上手く使えよ。振り回すだけじゃなくて、状況に合わせて自分で殴るなりすりゃあ隙は作れる」


「俺戦闘自体初めてなんですけど!? 喧嘩だって姉さんとしたことしかないし!」


「魔導士と喧嘩したことあるなら安心しろ。魔物こいつらの方がもっと弱いんだから」


「無茶言わないでください!」


 レックスは腰に付けてあった鎖型の遺産【自在】を駆使しながら縦横無尽に魔物を蹴散らしていく。

 ハルバードはそんなレックスから【断絶】の剣を受け取り、その効果で初戦闘ながらかろうじて渡り合っていた。


 剣を振り回して精一杯戦うハルバードとは違い、レックスは鎖を自由に動かす。

 【自在】とはその名の通り思うがままに鎖を動かせる力。魔物に巻き付け振り回し、先端を突き刺し絶命させ、数体の動きを封じてハルバードにトドメを刺させる。

 これまでの戦闘経験と視野の広さを活かした最善策の戦闘法。宣言通り、ハルバードを守りながらの周囲殲滅。どれだけの修羅場を乗り越えれば、このような戦い方ができるのだろうか。


(目の前の一体を倒すだけでも、俺はやっとだっていうのに…………。レックスさんこの人は汗一つかいてない。それどころか、俺に危害が加わらないよう守りながら戦っている)


 己の無力さを感じながら、足を引っ張らないよう全力を出し切る。ハルバードの悔しさはレックスにも伝わってくる。

 彼が話してくれた境遇と姉の存在。自分を変えるために、危険を犯してまで試練までやってきた常人ならざる勇気。並大抵の決意では誰もできない行動を、この少年はみせてくれた。

 ならば。ほんの少しだけ長生きしている先人が、こんな少年を守らずしてどうする。


「ハルバード、俺はお前の将来が楽しみだよ」


「なんですかっ、急に!」


「少なからず、俺はお前の頑張りを応援するぜ? わかんねーことがありゃあなんでも聞け」


「この状況で言うこと!? 敵しかいませんよ今!」


 グリムに次ぐ逸材。大人は子供の才能に嬉しさを感じると聞くが、どうやらレックスも例外ではないようだ。

 戦闘慣れしているレックスと、十分な戦力になりつつあるハルバード。だが、無限にも近い魔物の湧きに、2人は少しずつ押され始めていた。


「ぐっ……! 流石に多すぎる! これ以上は……!」


「ハルバード、しゃがめ!」


「えっ、あはい!!」


 レックスの掛け声に、ハルバードは困惑しながらも呼応する。

 しゃがんだことを確認したレックスは、魔法袋マジックバックもう一つの鎖型の遺産を取り出す。


「【雷光】」


 呼び声と共に光り輝く鎖を無造作に振り回す。

 刹那。閃光の軌跡だけを残して、密集していた魔物達の胴体が真っ二つに引き裂かれた。

 本来、鎖型の遺産というのは敵の捕縛・自身の防衛程度にしか使われてこなかった。その為【雷光】などの属性系遺産であっても『巻き付け→属性流し→少量のダメージによる無力化』この手順が主な使い方だった。

 ただの鎖? ただの捕縛具? この男レックスにとっては、『遺産』というだけで『兵器』と化す。


「す、すごい」


 ものの一瞬で周囲の安全を確保したレックスに、ハルバードは恐怖と賞賛の混じった瞳を向ける。


「ふぅ〜。タイミング完璧だったな。動けるか、ハルバード」


「は、はい。てか、それだけ凄い遺産があるなら、最初から使えばよかったじゃないですか」


「属性系の遺産は再使用にチャージが必要なんだよ。外したら3時間ぐらいは使えなくなる。できるだけ密集した時に使いてー」


「結構使い勝手悪いんですね」


「万能な遺産を俺は知らん。魔導士なら知ってるけどな」


 思い出したくない人物だったのか、レックスは苦虫を噛み潰したような表情かおをする。なんとも言えない表情に、ハルバードは口を挟むことなく進路方向へ指をさす。


「こっち、でいいんですよね?」


 指さした方へ目線を向けるが、驚く程に真っ暗な空間だけが続いていた。進む先はそこしかないのだが、見るだけで億劫になる。


 先刻さっきの戦闘でハルバードの体力もかなり削られたはずだ。この先またあの数の魔物に襲われたら、それこそハルバードは動けなくなってもおかしくない。

 一人で行動するなら【粉砕】の短剣で進んでもよかったが、どれだけ続くかもわからない地下空間。正直死ぬほど面倒臭い。

 レックスは強引に後頭部を掻きながらため息をつく。


「ちとめんどくせーが、この際しょうがない。ハルバード、ちょっと下がってろ」


「え、はい、わかりました」


 指示されるまま、ハルバードはレックスから少しだけ離れる。レックスは目線をなにもない天井へと向けた。

 しばらく熟考した後、魔法袋マジックバックから弓と数本の矢が入った矢筒を取り出す。


「レックスさん……それは?」


 遺産と呼ぶには無骨すぎる形状の弓矢。

 レックスは弓を左手に持ち、矢筒から一本の矢を右手で取り出した。


「【強靭きょうじん】の弓と【溶解】の矢。まぁ、なんだ。ここから最上階まで一気に行くぞ」


「一気に?」


「そ、一気に最上階てっぺん。なんとなく、同年組あいつらもそっちに行ってるだろうからな」


 一人で挑戦しに来たわけではないとハルバードは初めて知る。

 なぜレックスだけ地下空間に居るのか。それを聞いてもいいのか迷う中で、レックスは矢を装填して引き絞る。


「よっ!」


 掛け声とともに射出された矢は天井へと突き刺さる。刺さった瞬間、矢尻を中心にしてまるで溶けるように硬い岩肌が滴り始めた。

 どんどんとその範囲が広がり、やがて1m程の穴がぽっかりと空いた。


「せーのっ!」


 続けて空いた穴目掛けて【自在】の鎖の先端を放り投げる。穴の奥のどこかへ引っかかり、ピンッと鎖が張ったことを確認したレックスはよじ登り始めた。


「遺産って、こんなこともできちゃうんですね」


「組み合わせりゃーな。後はこれをずっと繰り返すだけだ」


 先に登りきったレックスは、穴の下にいるハルバードに声をかける。


「ほら、お前も早く来いよ。手伝ってやるからさ」


「は、はい!」


 剣を背中に担ぎ直し、レックスと同じように鎖を辿ってよじ登る。


(上に続く道を探すより、こっちの方が効率がいいかもな。あとは…………アイツらが心配だ)


 何度この作業を繰り返すのか。そんなことを考えながら、レックスはグリムとベルジナの無事を祈る。



 くだんの2人はというと。


「グリムくん、残りの体力は?」


「ちょっと……休憩、させてください…………。ハァ、ハァ……。しばらく、すれば……落ち着き、ますから…………。……おぇ」


 2人は比較的敵の出現率が低い安全地帯で座り込んでいた。〝地形把握マップ〟で常に周囲の安全を確保し続けるベルジナと、先程までベルジナを守りながら全速力で走り続けていたグリム。

 現在グリムは既に変身を解いており、体力の限界を迎えていた。吐き気に襲われながらも、必死に我慢しながら肩で息をしている。


「そうですね。ここは安全そうなので休憩しましょう。お水と簡単な軽食を持ってきたので、少しでも体力を回復させてくださいね」


「あ、ありがとう、ございます…………ぷはぁっ、生き返るっ!」


 余程喉が渇いていたのか、グリムは強引に水を体内へ流し込む。乾いた喉が潤い、火照ほてった身体が急速に冷やされていく。

 続けてベルジナが魔法袋マジックバックから取り出したサンドウィッチを恍惚とした表情で頬張る。

 そんなグリムを見ながら、ベルジナは少し暗い顔をする。


「すみません……、グリムくんだけに苦労をかけてしまって。私も戦えれば少しは楽ができたのに……」


 ベルジナの限りない本音を、サンドウィッチを頬張りながらグリムは聞く。しっかり咀嚼そしゃくした後、飲み込んだグリムは『なんでそんなことを言うのだろうか』と疑問に思いながら聞いてみる。


「ベルジナさんは、戦いたいんですか?」


「戦いたいとまでは思いませんが、戦えるだけの力があればとは思います」


 うーん、と唸るグリム。ベルジナから視線を外して、思ったことを紡ぐ。


「別に、戦わなくても大丈夫じゃないですか?」


「え?」


 澄み切った声で、グリムは言う。

 その言葉に流石のベルジナも困惑気味だった。


「『力があれば』────その気持ちは凄くわかります。最近まで、僕も同じでしたから」


 自分の弱さを誇らしげに口にする。どこか悔しげで、懐かしげで、今でも弱いと言い切れるほどに自信に満ちた言葉。


「確かに『誰にも負けない力』ってめちゃくちゃかっこいいし安心感がありますよね。でも『強いそれ』だけじゃあダメだ、って僕は考えるんです」


 話したいことを整理しながら、噛み砕きながらグリムは言葉を続ける。


「僕の勝手な考えですけど、『負けない力』よりも『守れる力』が大事だって思うんです。それは絶対的なとか、とか、とか、そんなんじゃなくて。それよりももっと、人間の内側のようななにかで。具体的に言うなら、とかが大事なんだと思うんですよね」


 再び視線をベルジナヘ戻し、グリムは優しく自分の思いを伝える。


「ベルジナさん、貴方はとても優しい女性です」


「はぁ……ふぇ?」


 あまりにも直球な一言に、ベルジナは一瞬ほんのりと頬を赤らめ硬直してしまう。


「自分だって怖いはずなのに、フーガンさんの為に、レックスさんの為にここまで来た。今だって、危険がないようにずっと〝地形把握マップ〟で警戒しているじゃないですか」


「それは、まあ、癖というか。それが私の、【導き魔女】としての役目ですから。当たり前です」


 褒められ慣れていないのか、気恥しそうにベルジナはそっぽを向く。

 そんな彼女を気にせず、グリムは話を続けた。


「それが貴方の『強さ』なんだと思います。ベルジナさんにしかできない、ベルジナさんの強さなんですよ」


 その声には、単純に誇らしそうな色があった。自分の成果ではなく、他人の、仲間の成果を誇らしく思う────グリムのお人好しな面が前面に映し出される。


「きっと、これからも僕達はベルジナさんに助けられると思います。貴方がいてくれたから、僕達は安心して冒険ができる。そして、この試練を攻略した後も、貴方は僕達を導いてくれる。これ以上に『心強い』ことはありませんよ」


 大型犬のような人懐っこい笑顔で。グリムはベルジナヘ笑いかける。

 そんな笑顔を見たベルジナは、またもや気恥しそうに視線を逸らしながら、ちょっぴりと悪態をつく。


「…………少し、訂正したい箇所があります」


「なんです?」


「私はレックスさんの為にここまで来たわけじゃありません。魔女としての使命がたまたま一緒だったから導いてるだけです」


「そ、そうですか」


「それに!」


 グイッと顔を近づける。急な接近に、今度はグリムが頬を赤らめた。


「私だけが凄いみたいに言わないで下さい。レックスさんは魔導士でもないのに多くの遺産だけで戦ってるんです。あれは私には一生かけても無理な芸当です」


「確かに……、あの人は遺産使いとしても別格って感じがしますよね。他の遺産使いを見たことないですが」


「あと、凄いのはグリムくんっ。あなたもですよ」


「えぇ……」


「こんな短時間で魔女の力を使いこなせる人なんて滅多に居ないんです。わたしだって、使いこなすのにかなりの期間を有しましたから」


 フンっ、と珍しく鼻息を荒らげ捲し立てる。

 そんなベルジナにされながら、グリムも反撃にでる。


「いや、僕は【封殺】の首飾りのおかげって感じなので……。力の使い方を教えてくれたのもベルジナさんですし」


「だーかーらー! あれだけで習得したら誰も苦労しない! 何回言えばわかるの!?」


「ご、ごめんなさい」


「謝らない!」


 咄嗟に謝ってしまったグリムは、素早く謝罪そのこととがめられた。

 興奮気味のベルジナをグリムは止められずにいる。まだベルジナのターンが続く。


岩石傀儡人形ロックゴーレムを倒した時だって、レックスさんだけじゃどうにもならなかったでしょ? あれはグリムくんの力があったからこそなの! 理解した?」


「はい、ありがとうございます」


 いつの間にか敬語のなくなったベルジナは、最後にこんなことを伝える。


「グリムくんの方こそ、自分はなにもできてないみたいな顔するのやめてね! 私達は、3人それぞれ凄いってことがわかったから! 私も私が弱いみたいに思うのこれからやめるから!」


「り、了解です」


 ふぅと一息をつく。やっと落ち着いたようだ。

 さてと。ベルジナはもう一つのサンドウィッチに手を伸ばす。普段出さない大声を出して体力を消耗したのだろう。

 口いっぱいに頬張り、咀嚼し、ごくんと飲み込む。その動作を横目で見ていたグリムに、ベルジナはイタズラっぽく笑いかける。


「これからも、頼りにしてね?」


 思わずドキッとしてしまうような仕草。硬直するグリムに満足したのか、ベルジナはくすぐったそうに笑うのだった。



 一方、天井をぶち抜きながら頂上を目指すレックスとハルバードなのだが。


「レックスさん? どうしたんですか、急に動きを止めて」


「いや、なんだかラブコメの波動を感じてな」


「漫画の読みすぎじゃないですか?」


「うーん、そうかもな。…………ところで、ハルバードは好きな漫画とかある?」


 こちらはこちらで、漫画話に花を咲かせながら頂上へ向かうのだった。

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