08:攻略開始。からの滑落

 世界各地に突如として現れる『魔女の試練』。

 姿形は違えど共通する点がある。それは、試練の最奥には必ず遺産が眠るということ。

 遺産に蓄積された魔力、又は呪いは非常に危険であり、手にする者の意識を乗っ取るとさえ言われている。

 何故そんなものがこの世に存在するのか。

 何故試練として我々を待ち受けるのか。

 何年もの間、議論し続けられたテーマである。


 有力な一説としては。

 魔女は己の知識に絶対の信頼を寄せるという。

 死してなお、己の知識をひけらかせるために遺産を残したという。

 現代を生きる最も有名な魔女、【七星しちせい】はこんな言葉を残す。


『魔女が跋扈ばっこしていたあの時代。わしも必死に生きていた時代だな。あの頃は皆、膨大な魔力と膨大な知識を、あるひとつに集約させることが当たり前だった。おのが存在証明を現代に残そうと。ん、わしか? 【七星】の遺産なんぞ、聞いたことがあるか? つまりそういうこと。わしには弱く短命な魔女の考えがわからん』


 我々は、を生きた彼女の言葉を信じるしかなかった。


 彼女いわく、強さとは生きること。

 生前、どれだけ敵対者を殺そうが潰そうが、最後に笑って立っているやつが一番の強者なのだと。


 ある記者が、続けて【七星】にこんな質問をした記録が残されている。


『しれん? あぁ、貴様らの言うアレのことか。アレは遺産の防衛本能と思えばいい。魔女というのは面倒な奴らでな。注目はされたいが、誰かの手に渡るのが気に食わんらしい。だからこそ、これ見よがしに巨大なとして姿を現す。……なぁ、「だんじょん」の使い方はこれで合ってたか?』


 魔女本人からのカミングアウト。その言葉に、学者達は震撼しんかんした。

 魔女達の能力とは一体?

 魔女の扱う魔力とは一体?

 何故こうも一般人とは体内の構造が違う?

 遺産の形が違うのは何故だ?

 試練の形が違うのは何故だ?


 こうして生まれた魔女に関する『不可思議』は、今も尚、議論の対象として存在し続けている。



「俺達はただ────を探求するだけだ」


 自由の街・ヘーゲンにて、新たに姿を現した『塔』。

 その門前にてレックスは首をコキコキと鳴らしながら、後ろで立つベルジナとグリムに語りかける。


「試練ってのは、外観は同じでも中の構造は全然違う。複雑な造りだったり、入口から遺産まで一本道の試練だってある」


 後ろを振り返る。

 平然としたように、ポーチの魔法薬ポーションを確認する若手魔女。

 緊張しながらも、これから起こるであろう戦闘に覚悟を決める新人冒険者。

 三者三葉。良い表情だ。


「ここにいる誰一人も死なせない。もちろん、フーガンの爺さんの孫だって死なせねぇ」


 安心させるように、レックスは笑顔を見せる。

 普段は自由で、自分から問題を起こすようなダラしない大人。けれど、こういう時は頼りになる。


「頼りにしてますね」


「僕も力になります」


 軽く微笑むベルジナと、緊張の解けたグリム。

 覚悟を固めた3人を出迎えるように、ひとりでに塔の扉が開く。


「そんじゃあ。魔女塔攻略戦と行くか」


 レックス・ランカ。

 数多あまたの遺産を駆使する秘宝探求者トレジャーハンターが先陣をきるのだった。


 逆光が消え視界が慣れ始めた頃。各々が辺りを見渡す。

 始まりの場所は案外広く、辺り一面レンガ造りの壁でできていた。奥に続くは一本道であり、進行方向を余儀なくされている。


「これが、試練の内部……。なんだか重苦しい雰囲気ですね」


「雰囲気だけじゃねーぞ。ここの試練がどうなってんのか知らねーけど、十中八九じゅっちゅうはっく魔女の生み出した魔物がいるはずだ」


「油断大敵、ってやつですね」


 それぞれが戦闘準備に取り掛かる。

 レックスは魔法袋マジックバックから【断絶】の剣を取り出す。グリムは直ぐにでも変身できるよう中腰で身構える。


「〝照明展開ライトアップ〟」


 ベルジナは、片手からバスケットボールサイズの光る球体を作り出す。【導き】の魔女の得意魔法のひとつだ。仄暗ほのぐらかった試練内が、ベルジナを中心に光り輝く。


「便利っすね、【導き】の能力」


「そうだろ? ベルがいなかったら、俺何回死んでるかわかんねーわ」


クセに何言ってるんですか」


「……え?」


「雑談は以上、だ。さっさと孫、探しに行くぞ」


 重要な部分をはぐらかすレックスに疑問を持ちながら、一行は明るく照らされた内部を探索する。

 魔物が蔓延はびこっていると思っていたが、予想は覆される。案外何事もなく3人はかなり深くまで進行することに成功した。


「なんか、静かですね」


「生体反応はあるんですけどね。上の階でしょうか?」


「楽に越したことはねーけどな。それよりまずは救命が先だ。あと、トラップとかあるだろうから特に足元気をつけろよ」


「わかりました!」


 グリムはより一層警戒を強める。

 初めての試練攻略。下手をすれば死ぬかもしれない状況下。勝手に暴れてくれるレックスは置いといて、戦闘に参加できないベルジナに注意しながら辺りを散策する。

 ベルジナも〝照明展開ライトアップ〟と〝地形把握マップ〟を併用しながら、敵対勢力の状況を常に確認する。


 しばらく経って。神経を研ぎ澄ましたグリムとベルジナが、ある違和感を覚えふと足を止めた。


「あれ? レックスさんはどこに?」


「ん? さっきまで、私たちの前にいたと思いますけど……」


「でも、途中で後方を確認するって言って……」


「「もしかして」」


 近くで行動していたはずのレックスが、姿を消したのだった。彼の行方はおおむねよそうできるが……さて、レックスはどこに行ったのでしょうか?


「やっちまったああああああ!!!」


 滑り台の要領で鮮やかに滑り落ちるレックスがそこにはいた。自分から『トラップがあるぞ』や『足元に気をつけろ』と注意喚起をしておきながら、真っ先に足元のトラップに引っかかってしまったようだ。

 『塔』の試練は基本が上へ上へとのぼっていくのが定石だ。レックス達が進んでいた道はまだ1階層。つまるところ、レックスは今地下へとくだっていることになる。


「いやいやいやいやっ! 無理無理無理無理っ! 俺こういうアトラクション怖がるタイプだから! 結構日和るタイプだから! 勘弁してくださいよ試練さーん!」


 情けない台詞せりふを吐きながら、スピードを落とすことなく急降下していくレックスだった。


 一方その頃、残された同年組はというと。


「ええええ!? なにしてんのあの人! ホントに何してんのあの人!? 自分から言ってたじゃん! カッコよく僕らに物申してたじゃん!」


「非常にまずい状況ですね……。〝照明展開ライトアップ〟に集中しすぎてレックスさんに〝集中点マッピング〟するの忘れてました」


 錯乱するグリムと、冷静に自分の誤りを分析するベルジナ。

 頭を抱えるグリムとは違い、ベルジナはレックスの安否など気にもしていない様子だった。


「最悪の状況じゃないですか! てか、そうだ。ベルジナさんがいないとあの人迷子になって……救助対象増えてんですけど!?」


「まあ、レックスさんならそう簡単に死なないのでゆっくりと行きますか。あとグリムくん、うるさいので落ち着いてください」


「確かによォ、それもそうだなァ……。ボク、なンで興奮してたンだろなァ……」


(……この人、錯乱さくらんしすぎて白狼に変身しちゃったんですけど)


 突然白狼へと変身したグリムを冷ややかな目で見るベルジナ。知能面では不安要素が多すぎるが、戦闘分野においては頼もしい存在である。

 相変わらず気だるそうに棒立ちするグリムは、奥の見えずらい道をじっと見る。そして、何を思ったのかゆっくりとベルジナへと近づいていった。


「ベルちゃん。キミの言う通り、ボクはレッくんを信じることにしたぜェ。先に人命救助優先といこーや」


「そうですね。階層の境目がわかりずらいですが、きっとフーガンお爺さんのお孫さんは上層階にいると思います。まずは上を目指しましょう」


「リョウカイしたぜェ。そンじゃあ────しっかり掴まっときなァ」


「えっ、それってどういう意味────!?」


 グリムのとった行動、それはだった。今まで体験したことのない超高速で駆け抜ける風と景色。


「なんっで! 抱っここれなんですか!?」


「こうすりゃあ、直ぐにベルちゃんを守れるだろォ? 道案内は頼んだぜェ」


「ああもうわかりましたよ! 案内すりゃあいいんでしょ! 案内すりゃあ!」


 突然の抱っこに困惑するが、何を言っても無駄だと悟ったベルジナは大人しく道案内をする。グリムなりの優しさもあるのだろうし、それを無下にするのも如何なものかと頭を悩ます。

 こうして早くも、レックスと他2名が離れ離れの試練攻略が始まるのだった。

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