導きの魔女と秘宝探求(トレジャーハント)

鍵錠 開

第1章:旅立ち編

00:遺産を求めし者達

 世の中には不可思議なことが少なからずある。

 それは『魔女』と呼ばれる特異な存在であったり、そんな彼女達の生涯を費やした『遺産』であったり、それによって『呪われてしまった人』であったり。

 つまるところ、世の中の不可思議は『魔女』達によって引き起こされる事だというのが皆の常識となっている。

 だが、本当にそれだけなのだろうか。本当に、『魔女』というが、この世の不可思議を巻き起こしているのだろうか。


 秘宝探求者トレジャーハンターであるレックス・ランカは、それらを解明する義務がある。義務といっても本人が勝手に宣言しているだけなのだが。

 秘宝探求者トレジャーハンターという職業は、日々危険と隣り合わせだ。一般的な職業に就く人々よりも稼ぎはいいが、給料が見合っているかといえば渋い顔をされることだろう。

 『魔女の遺産』を手にする方法は現在3つある。

 それは『迷宮』と呼ばれるダンジョンを攻略するか、『遺産』の持ち主から譲り受けるか、持ち主を殺して奪うか。

 秘宝探求者トレジャーハンターは、ピンキリではあるが少なからず『遺産』を手にしている。ただでさえ攻略難易度の高い迷宮ダンジョンから『遺産』を回収しようとも、野蛮な奴らに殺され奪われてしまえば元も子もない。

 だからこそ、秘宝探求者トレジャーハンターの一生は決して永くはなく、『富と名声を夢見る頭のおかしい馬鹿共の職業』と揶揄やゆされるのだ。

  


「長いです」


 唐突に世界観の説明を遮断する少女がいた。


 ベルジナ・シャロ。

 手入れの生き届いた金色のストレートヘア。

 宝石のように綺麗な翡翠ひすい色の瞳。

 綺麗に整った顔は子供のようなあどけなさを残している。

 純白のロングローブと三角帽子を被った美少女・ベルジナが、ジト目のまま訴えかけてくる。


「ベル。お前は小説を読んだことがないのか? 物語は必ず起承転結があるだろ。今のは起承転結の起の部分。つまるところ物語冒頭で最も重要なあらすじだと言える、そう思わないか?」


「それにしても長すぎます。もっと簡潔に簡略にまとめてください」


「そうは言っても、ここないがしろにしてしまえば後々『訳のわからない自己満足小説』などと嫌悪感マシマシなコメントを貰うことになってしまうだろ」


「レックスさんが何を言いたいか正直理解に苦しみます。それにここは小説でも何でもなく、実際私たちが生きている世界ですよ。コメントも何も住所不定のレックスさんに手紙のひとつも届くわけないじゃないですか」


 レックス────そう呼ばれた男は、納得のいかないような表情でベルジナに視線を向ける。


 レックス・ランカ。

 ベルジナとは対照的に、手入れのされていないボサボサな黒髪。

 瞳は深淵かと見間違えるほどに真っ黒。

 やる気の全く感じられない表情。

 黒の革手袋を嵌め、首には計5つのネックレスを掛け、右側の腰部分には3つのチェーンをぶら下げ、左側の腰部分には丁度良いサイズのポーチを装着した軽装。

 


 本人曰く、秘宝探求者トレジャーハンターは動きやすさが重視されるため、最小限の荷物で探索をすることが多いらしい。


 そんな似ても似つかない二人が今どこにいるのか。

 拠点としているディーガの街から徒歩2時間程離れた森林地帯『迷い惑わす森ロスト・フォレスト』の中央部にいる。

 本来地図やコンパスを持っていても、地形の複雑さや磁場の狂いによって、熟練の探求者ハンターであっても目的地に辿り着くことが困難な森林地帯だ。


 なのだが。不思議なことに二人は迷うことも道を間違えることもなく、目的地まで最短距離で突き進む事が出来ている。


「お前も可愛げがなくなっちまったな。ちょっと前までは探索なんてしたくないですって言ってたのによ」


「今でも変わりませんよ。出来ることなら、私は家で引き篭って眠っていたいんです」


子供ガキが何言ってんだよ。ガキはガキらしく犬と一緒に野山を駆け回ってこい」


「ジジ臭いこと言ってんじゃないですよ。ジジイはジジイらしく田舎で隠居の準備でもしてください」


 強烈な会話のキャッチボールをこなす二人。

 しかし、この会話こそが二人の通常運転であり、他愛のない会話程度の認識なのだ。

 中々に度し難い。


「で? 遺産まであとどのぐらいなんだ?」


「ちょっと待っててください。〝地形把握マップ〟」


 ベルジナがそう呟くと、目の前に精密なデジタルマップが突如として出現する。


 現在生きている魔女は、たった6人だと言われている。

 何百年と生きる魔女もいれば、魔女の血清により生まれ変わった者もいる。代々魔女の家系であり、先祖返りした魔女だってもちろんいる。


 ベルジナ・シャロ────先祖返りを果たし、魔女としての使命を課せられた不運な少女。

 その二つ名は────。


「見つかりましたよ、遺産」


流石さっすが〜。便利なもんだな────【導き】の魔女さんよ〜」


 【導き】の魔女。

 その名の通り、人々を導くことを使命とする魔女。戦闘能力の高い魔女が多い中、一切戦うことをしない特殊な魔女。

 時代によって異なるが、時には商人を導き、時には王を導き、時には勇者を導く。


 【導き】の能力の一つ〝地形把握マップ〟は、鳥やネズミなどの動物たちの目を利用することによって、周囲の地形情報を把握する能力。

 この能力によってレックスとベルジナは迷うことなく突き進むことが出来た。


「魔女呼びやめてください」


 ムッとした表情で、ベルジナはレックスを見上げる。狙わずとも上目遣いの構図となってしまったが、構うことなくレックスは楽しそうに笑う。


「なんでだよ。カッコイイからいいだろ」


「かっこよくないです。それに、私普通の女の子なのでかわいいって言われた方がいいです」


「そうですか」


「そうなんです」


「ところで、遺産は何処どこにあるんだ?」


「ああ。それはですね…………ん?」


 〝地形把握マップ〟に視線を戻したベルジナは、疑問の声を漏らす。

 〝地形把握マップ〟中央には白の点が二つ。これはレックスとベルジナ二人を指している。二つの白点から少し離れた先に赤のバツ印があるのだが。


「遺産が…………移動している・・・・・・? それどころか────」


「近づいてやがるな」


 赤バツは、急速に二人へ近づいている。


「可能性としては、俺ら以外の誰かが先に手にしたか。もしくは、最悪の場合」


 赤バツが二つの白点と重なるほぼ同時に。

 凄まじい轟音と共に、遺産ヤツは現れた。


「グルァァァァァァッ!!」


 体長約3メートル。

 巨大な牙に鋭い鉤爪。

 怪しく揺れる紅の眼光。

 白い剛毛を宿した二足歩行の怪物・白狼はくろうが現れる。


「遺産によって呪われた・・・・ヤツが暴走した・・・・ってところか。ベルっ!」


「あいあいさー」


 レックスの呼び声よりも速く、ベルジナは逃走する。ベルジナに万が一の事があれば、レックスはこの森から抜け出すことが不可能となる。

 戦闘能力皆無のベルジナは戦線を離脱させることが最も安全で安心なのだ。


 探索担当はベルジナの仕事。

 戦闘担当はレックスの仕事。


 もがき声を上げる白狼から目を離すことなく、レックスは腰に着けたポーチに手を伸ばす。


「魔女の遺産を常人が持つと、絶え間ない苦痛にさいなまれ、最終的には死んじまう」


 ポーチから取り出したのは装飾のない短剣と一冊の本。

 表紙の真ん中にもやのかかった黒を基調とした分厚めの本だ。

 右手に短剣を、左手に本を持ちながら、レックスは白狼に慈愛の瞳を向ける。


「辛いよな。苦しいよな。今、楽にしてやるよ」


 バサッ。

 本が開く。それが合図だった。


「グガァアアアア!!」


 先にしかけたのは白狼だった。

 巨体にもかかわらずそのスピードは凄まじい。

 レックスとの空いていた間合いを瞬時に詰め、腕を大きく掲げる。


「そうくるか!」


 振り下ろされるよりも先にバックステップでかわす。

 ────瞬間。


「ガウッ!!」


「うっわ、マジか…………」


 軋めく木々。飛び散る岩石。揺れる地面。

 先程までレックスのいた場所が、白狼の腕によって陥没した。

 見た目以上のスピードと見た目通りのパワー。

 着地と共にレックスの頬に冷や汗が流れる。


「ふぅ……。頑張りますか!」


 再度、黒色の本が開かれる。


魔導書グリモワール、起動」


 魔導書グリモワール。書物型の『魔女の遺産』の一種。

 レックスの言葉に共鳴するように、黒色の本改め魔導書グリモワールが光り輝く。

 苦しそうに唸っていた白狼だったが、目の前の不可思議・・・・を観察するように警戒する。

 攻守交替。今度はレックスが仕掛ける。


「森の中だけどよォ、ここは陽の光が眩しくて好都合。影は・・光がないと生まれない・・・・・・・・・・からな」


 レックスの足元の影が荒々しくうごめく。

 やがてレックスを中心に、影は大きなフィールドとして地面を黒く染める。


「〝黒影領域ブラック・エリア〟」


 突如として地面を覆った黒い影に、白狼は警戒度を更に強める。

 目の前にいる軽薄そうな男は、一体何を仕掛けてくるのか。


 二足歩行から、四足歩行へ体勢を移行する。よりはやく、より破壊的に。

 未知数の相手は、自分に比べ遥かに小さい。

 だが、この違和感は一体何なのだろうか。小さな人間の発する大きな圧が、己の精神を追い込む。


「一気にいくぞ。〝黒影の弾丸ブラック・バレット〟」


「グゲッ!?」


 呪文を唱える。瞬間、白狼の周囲に影の中から銃火器のような物が出現。弾丸の嵐が白狼を襲う。

 先手は取られた。が、白狼は完全に守りに入っている。仕掛けるなら今しかない。


 突然の攻撃に白狼は動揺を隠せずにいた。四方八方からの強い衝撃。

 致命的な威力では無いものの、この状況は悪手まずい。男から目を離してしまった。

 

「〝潜伏ダイバー〟」


 無数の攻撃が止む。それと同時に、ポチャンという水音のようなものが耳に届く。

 目を開け、敵を探す────が、先程までいた男は何処にも見当たらない。

 見えないのならと自慢の嗅覚を駆使するが、やはり辺りにはいない。

 謎の水音だけ残してレックスは消えた。


「グルゥゥゥゥ…………」


 低い唸り声だけが響く。ほんの少しだけの時間を空けて、レックスの奇襲が白狼の背後へ炸裂する。


「歯ァ食いしばれ」


 そいつは突然現れた。

 目の前でもなく、側面でもなく。正確に死角を狙った強烈な蹴り。

 レックスは決して大柄な男ではない。まして筋肉質かといえばそうでもない。そこらにいるような探求者ハンターらしく引き締まった身体というだけだ。


 けれど。白狼にとって細くか弱い人間の蹴りが、まるで爆弾のような音を鳴らしながら炸裂した。

 白狼の巨躯が軽く5メートルほど吹き飛び地に伏せる。大きな隙が出来る。


「仕上げだ。〝深影の監獄檻シャドウ・プリズン〟」


 影が生き物のように白狼の肉体を縛り始める。


「ガグッ!?」


 丸太のように太い腕と脚を、石像のように大きな身体を、かするだけでも致命傷になりうる牙をも影で縛り付ける。


 レックスは軽く一息吐く。無傷のまま無力化することに安堵するがまだ終わりではない。

 バタバタと暴れる白狼にゆっくり近づく。どうやらあの馬鹿力を持ってしても振りほどけないらしい。

 ポーチから小さな赤い宝石が飾られたネックレスを取り出す。


「これでちょっとは大人しくなるだろ?」


 白狼の首元の拘束を緩め、他の部位を更にキツく縛る。

 レックスは優しくネックレスを装着させる。宝石が徐々に輝きを強めながら真っ赤に発光する。


「もう、苦しまなくていいからな」


 魔導書グリモワールを閉じると、辺りを染めていた影が瞬時にレックスの元へ帰る。

 慈愛の表情を浮かべたレックスは、白狼の経過を観察する。

 しばらくして、白狼の体表を覆っていた白い剛毛が少しずつ縮み始めた。それに合わせるように、3メートルはくだらなかった身体はレックスと同じサイズまで縮小する。

 鋭い爪は消え、大きな牙は人間の歯に戻る。血のようにあかかった目は、髪の毛同様黒色へと落ち着きを取り戻す。


 静かな寝息だけが森林の中央で鳴る。


「終わりました?」


 いつの間にか戻ってきたベルジナが、相変わらずの無表情で白狼だった人間の顔を覗き込む。


「お前はいつもタイミングがいいな」


「私は普通ですよ。レックスさんのタイミングがいいだけです」


「そうかい。何はともあれ、捕まえたぞ・・・・・。『遺産』の犠牲者」


 年齢は16歳程だろうか。

 ベルジナと同い年ぐらいの少年が全裸のまま横たわっている。

 安らかな表情だが、目から流れた数粒の涙が頬を濡らしていた。


「悲しいですね。この人も、そしてあなた・・・も」


「…………俺を悲哀してどうすんだよ」


「この男の子にはちょっぴりだけ同情しますけど、レックスさんに対してはただの煽りなので気にしないでください。貴方の経緯を知る私からして言わせてもらえば、ただの『自業自得』でどんまいです」


「それが戦闘終わりの人間に言う言葉か?」


「十分では?」


 いつも通りの常態に戻った二人。


「そんじゃあ、腹も減ったし帰るか。案内頼むわ」


「あいあいさー」


 レックスは全裸少年を肩で担ぎ、ベルジナの案内の元帰路へ着くのだった。

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