第22話 最高の困難のはじまり⑧


「アリアーー!」


 狭い病院の室内に、むさ苦しいおっさんの叫び声が響きわたる。


「ち、長老! いけませんお嬢さまはまだ元気が戻っておりません!」


「うるさいぞゴネル! ワシははやく孫の顔がみたいのじゃ!」


 そんな会話が聞こえたあと、何やら白いローブを身にまとったおっさんが、大慌てで部屋のなかに飛び込んできた。


「うおっ、びっくりした!」


「アリアぁ!」


 おっさんは入り口の近くに立っていた俺を蹴り飛ばして、アリア嬢が寝ているベッドに一目散に向かっていった。


「お、おじいさま…」


「アリアよ、目が覚めたのか…!」


 さっきまで寝てたけどお前の大声のせいで起こされたんだよ、と思ったが感動の再開に水を差すわけにはいかないので言うのはやめにした。


 …それにしても腰が痛い。


 おっさんに蹴り飛ばされたせいで寝ころがった状態の俺に、青年が手を差し伸べてきた。


「すみません、大丈夫ですか…?」


「あ、ああ。悪いな」


 俺が青年の手をとってなんとか起き上がると、青年はニッコリと笑って挨拶をした。


「このたびは、アリア様を見つけていただいて本当にありがとうございました」


「い、いや見つけたのは俺じゃないんだけど…ってあれ、あんたは」


「ええ、先日アイリスの神殿でご案内したゴネルです」


「あの時は助かったよ」


「いえ、私は何もしていませんよ。それに、助けられたのは我々のほうです」


 そういうと、ゴネルは病室のなかを指さした。

 狭い病室のなかには、攫われた子どもたちの関係者がところせましと子どもたちを見守っていた。


「みんな、あなたたちに助けられたのですよ」


「ふっ、そうだな…」


 まだ意識の戻っていない子供たちもいるが、ひとまず全員、命に別状はないそうだ。

 犯人を捕まえることはできなかったが、ひとまず子供たちが全員無事でなによりだ。


「何が、ふっそうだな…だ、下僕め。貴様は何もしていないだろう」


「うるせえよ…」


 病室のすみでひとりカッコつけていた俺に、外から戻ってきたエリゼがすかさずつっこんでくる。


「あなたがアリア様を見つけてくれたエリゼさんですね、このたびは本当にありがとうございました!」


 ゴネルはエリゼに気がつくと、深々とお辞儀をしながら礼を言った。

「あ、ああ…まあ、たまたま見つけただけだ」


 しかし、褒められ慣れていないエリゼはどこか気恥ずかしそうな顔で適当にゴネルをあしらうのだった。


「カッコつけてるのはどっちだよ…」


「うるさいぞ下僕」


「はいはい」


 …まあ、こうは言っているが子供たちが無事で安心したのだろう。エリゼの表情は今朝とは違って、どこか優しいような気がする。


「…何をジロジロみているのだ下僕。殺されたいのか?」


「…」


 前言撤回だ。こいつは全然優しくなどない。


 しかし、こんなくだらないやりとりをいつまでも続けているわけにはいかない。

 ひとまず時計台の近くの病院に子どもたちを運んできたはいいものの、個人が経営している小さな病院だったようで、さすがに6人全員を入院させるには狭すぎるのだ。

 どうやらある程度体力が回復したら、各々大きな病院に移されるらしい。

 俺たちはこれ以上ここにいてもやることがないので、ひとまず病院を出ることにした。


「お、お待ちください!」


「うん、何だよゴネル?」


「アリア様の命を助けていただいた方たちを、何のお礼もなく帰すわけにはいきません。どうかお礼をさせてください」


「ああ、いいよそういうのは。ガラじゃないしな」


「いえ、そういうわけには…」


 いったんは断ってみたものの、どうしても礼がしたいようで、ゴネルはなかなか引きさがらない。


「なぜじゃ泥一よ、礼だぞ礼! 御馳走じゃろうが!」


 俺がどうやって断ろうか考えていると、いつの間に戻っていたのか、メルルが横からいらないことを言い出した。


「そ、そうですよ泥一さん。いくらでも御馳走しますよ!」


「いや御馳走っていってもなあ…」


 正直、御馳走はありがたいのだが、それよりも俺たちにはまだやり残したことがある。

 というより、子供たちはみつかったものの、この事件自体はまだ何ひとつ解決していないのだ。

 それを考えれば、のんきにパーティーなどしている場合じゃない。


「まだ捕まってねえだろ、犯人が」



 ひとまず夕食を食べた俺たちは、その後、私兵に呼び出されてひたすら代わる代わるやってくる人たちに情報を聞き出されていた。

 まあ、俺たち以外に状況を知っている人間がいないのだから当然と言えば当然なのだが、おかげで朝まで強制徹夜コースとなってしまい、やっと私兵の詰所を出た頃にはすっかり朝日が昇っていた。


「やっと解放されたな…」


「うむ…」


「うむ…じゃねえ。お前はずっと寝てただろ」


「うむ…」


 そう。初めこそ私兵に現場の状況を詳しく話していたメルルだったが、途中から明らかにめんどくさくなり、ここから出さないと詰所を燃やすと泣きわめきだしたので、仕方なく俺がメルルの代わりに説明してやることになった。


「とりあえず寝るか…」


「ああ…」


 さすがのエリゼも徹夜で疲れたのか、さっさと眠ってしまいたい様子だ。


「なぜじゃ、今から犯人を見つけにいくのじゃろうが!」


「行かねえよ。お前は寝てたから知らないだろうけど、俺たちは徹夜してんだよ」


「すみませんお嬢さま。少しだけ眠らせてください…」


「う、うむ。仕方ないのぅ…」


 普段メルルの言う事なら何でも聞くはずのエリゼに断られたので若干ショックを受けているメルルだったが、しぶしぶ犯人捜しは諦めて、俺たちが寝ることを許可してくれた。

 俺たちはラブ―ホに戻って寝ることを考えたが、メルルがどうしても外で遊びたいと言ってきかないので、ひとまず魔術学院に戻って、メレナにメルル面倒を見てもらうことにした。


 疲れた体に鞭打って、私兵の詰所から歩くこと二時間。なんとか魔術学院に戻ったころには、俺もエリゼも意識を失いかけていた。


「お、お疲れですね二人とも…」


「ああ、メレナ…申し訳ないけど…今日一日…メルルの面倒を見てくれないか…」


「え、ええ。それは構いませんが、本当にお二人とも大丈夫ですか…?」


「ああ、寝れば大丈夫ですよ。寝れば、ね」


 本当に体力の限界だった俺とエリゼは、それだけ言ってしまうと半ば強引にメルルをメレナにおしつけて、それぞれ自室へと帰っていった。


 俺は、もうすっかり自分のもののように思っている魔術学院の来客用の部屋のベッドにどっかり沈み込み、泥のように眠るのだった。

 

 この後に起こる、最高の困難のことなど気づきもせずに。

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