第16話 最高の困難のはじまり②


「すみませーん、誰かいませんか」


 魔術学院の空き地から歩くこと約数時間。メレナの地図を頼りにギュスターブ邸にきたはいいものの、どこから入ればいいのか分からない。この世界にはインターホンのようなものはないので、ひたすら鉄格子の前で立ちあぐねているのが現状だ。


 (それにしてもでかい屋敷だな…)


 でかい鉄格子の先には庭があり、綺麗に整備された植物や、植物のアーチが見える。そして、さらにその先には本邸と思われるバカみたいにでかい屋敷がある。

 しばらく待つこと数十分、屋敷のなかからスーツを着た使用人のような男がやってきて、鉄格子の前でピタリと止まった。


「何かご用ですかな?」


 すっきりとした白髪にポマードを塗り付け、いかにも有能な執事といった様子のその男は、いぶかしむような様子で俺を睨みつけてきた。


「あ、ああ。俺はギュスターブさんの依頼を受注した冒険者です。詳しい話を聞かせてもらいにきました」


「ふむ…なるほど」


 その男は少し考えるような様子を見せた後、どこかに向かって合図を出した。

 すると、いったいどこに隠れていたのか二人の屈強な男がとうとつに現れ、巨大な鉄格子の門を左右に開いた。


「どうぞ中へ。ギュスターブさまは多忙につき、お話は私のほうからさせていただきます」


 男はそれだけ言ってしまうとさっさと屋敷のなかへ入っていくので、俺は慌ててそれについていった。


 執事の男はファルケンと名乗った。ファルケン曰くすこし用事があるので待っていてほしいとのことで、巨大な応接間のゴブラン織りのソファにちんまりと佇んだ俺は、メイドさんがだしてくれたコーヒーをたっぷりと時間をかけて飲んでいた。…というのも、はやく飲んでしまうとやることがなくて気まずいからだ。

 しばらくそんな状態で待っていると、ファルケンが何やら書類のようなものを抱えてやってきた。


「お待たせして申し訳ありません」


「いえ、大丈夫です」


「して、冒険者ですと?」


「ええ。冒険者の坂田泥一さかたでいいちと申します」


「ふむ…」


 ファルケンはまたもや考え込むような様子を見せた。が、しかしさすが一流の屋敷の執事といったところだろう。俺の名前が変なことにはツッコんでこなかった。


「失礼、所属を聞いてもよろしいですかな?」

 …これは何かの面接だろうか。ファルケンはさっきから何か怪しんでいる様子だ。

 しかしまあ、嘘をついても仕方ない。ここは正直に話しておくことしよう。


「暴龍の爪というギルドです」


「…ほう、暴龍の爪というとクライス氏のギルドですな。それは安心だ」


「クライスさん? 申し訳ないがそんな人は知らない。何しろつい先日この街に来たばかりなもので」


「…」


 ファルケン沈黙。

 あれ、何かマズいこと言ったのか?

 いや、しかし本当に知らないものは知らないんだ。適当に話を合わせてもよかったが、あとでボロがでても面倒だ。


「ハ…ハッハッハ!」


「な、なんだあ?」


 なんだこのジイさん急に笑い出しやがった。


「ハッハ、いや失礼。試すような真似をして申し訳ない。さっきのは私のついた嘘です。何しろ先日からギュスターブ様の依頼を受けに変な輩が押しかけてきましてな。事態が混乱しても困りますからお話をする相手は選ばせてもらっているのです」


「な、なんだそういうことか…」


 どうしてこの世界には変な奴しかいないんんだ?

 急に笑い出してボケちまったのかと思ったぜ。


「見たところあなたは正直な人のようだ。ぜひギュスターブ様の依頼を解決していただきたい。私としても、フローベールお嬢様の安否には気が気でならない」


「フローベール?」


「ええ、お嬢様のお名前です」


 そういうとファルケンは、一枚の写真を差し出した。

 手に取ってみると、おそらくフローベール嬢だと思われる可愛らしい少女が映っていた。


「これがお嬢さんですか」


「ええ、そうです」


 写真の内容は、一面の花畑で頭に花冠をのせた女の子がこちらを振り向いて笑っている画だ。

 …なるほど確かに可愛らしい少女だ。品があって、とてもじゃないが家出なんてしそうにもない。こんな娘が二日もいなくなったとなれば大騒ぎもするだろう。


「可愛らしい子ですね」


「ええ、それはもう。非常に聡明な子です。よく笑いますし、将来は優秀な魔法使いになるとみなが期待していました」


「そうですか…」


「そのお嬢様が二日前の晩から帰ってきていません」


「なるほど、いなくなる直前のお嬢さんは何をしていたんですか?」


「夜中の7時ごろは旦那様と家族で夕食をとられていました。その後自室に戻り、浴室のご案内のためにメイドが部屋にいったところ、お嬢様はいなくなっていました。時間にしてわずか数十分のことです」


「なるほど、部屋に荒らされた形跡はありましたか? 例えば、誰かに連れ去られたような」


「いえ、ありませんでした。窓が一つありますが、内から鍵がかかっていましたし何よりお嬢様のお部屋は3階ですから外からの侵入は不可能です。そもそも、屋敷の内も外も警備隊が常駐していますから、誰にも見つからずにお嬢様を誘拐するなど不可能なのです」


「では、お嬢さんが自分からでていった可能性は?」


「それもないと思われます。これも先ほどと同様、警備隊が常駐していますが誰もお嬢様がお部屋を出たところを見ていないですし、そもそも出ていく理由がありません」


「なるほど…」


 俺は思わず頭を抱えてしまう。

 夕食は普通に食べていたのに、その後数十分の間にお嬢さんはいなくなった。

 部屋は密室で外からの侵入は不可能だし、自分から出ていった可能性も少ない。


「これは困ったな…」


 暗雲がたちこめる。

 子ども一人の捜索くらいなら何とかなるだろうと思っていたが、こいつはとんだ大仕事になりそうだ。

 とりあえず事件の概要はある程度把握したので、俺はファルケンに頼んでお嬢さんの部屋を見せてもらうことにした。


「どうぞ、こちらです」


 ファルケンに案内されてお嬢様の部屋を一通り見て回ったものの、残念ながら手掛かりになりそうなものは発見できなかった。

 …というか素人の俺がこんなもの見たところで、何か分かるはずもない。


「綺麗ですね、部屋は当時のままで?」


「ええ、一切手を加えていません」


 たしかに争ったような形跡は見当たらない。

 そこで、ふと話に聞いていたことを思い出して窓に近づいてみたが、話の通りに内から鍵がかかっていた。


「この窓、開けてもいいですか?」


「もちろんです」


 俺は力を込めて窓を開けようとしたが、子供が落ちないように設計されているのか、大人の俺がめいっぱい力をこめて何とか開いたというような状態だった。


「なるほど、これは子供の力じゃ絶対に開かないな」


 屋敷のなかから外に出るためには必ず大広間の入り口を通らなければならない。可能性としてはお嬢さんが窓から脱出した線が濃厚だと考えていたが、どうやらそれも不可能らしい。

 窓から外を見渡すと、3階とはいえ数十メートルの高さにあるようで、とてもじゃないが降りられそうにない。

 近くに木のようなものもないし、仮にロープを使って降りたとしてもそれでは窓に鍵がかかっていることの説明がつかない。


「我々としても様々な可能性を考えて捜索していますが、やはり何者かが外から来て誘拐したとしか考えられないのです」


「ええ、そうですね…」


 俺のチンケな頭でいろいろ考えてはみたものの、やはりファルケンが言うようにお嬢さんが自分で脱出したとは考えられない。しかし、外から来た何者かが警備の目を搔い潜ってお嬢さんを連れ出すとも考えられない。

 …となると、残る可能性は一つしかない。おそらく犯人は、を使ってお嬢さんを誘拐したに違いない。

 俺はゆっくりと窓をしめ、ファルケンのほうに向きなおって言った。


「魔法だ」


 夕暮れの太陽が、ラスビレグの街を真っ赤に映し出していた。

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