第14話 最高の師匠との出会い方


「アウロ…あんたがボドじいの言っていたアウロか?」


 いや、ボドじいはアウロのことを古い友人と言っていた。しかし、目の前に立つ女

 性はどうみても二十歳かそこら。ボドじいの友人にしてはあまりにも若すぎる。


「ふふっ。それはおそらく父のデパグニス=アウロのことです。どうぞ、父のところまでご案内します」


 メレナと名乗る女性はそういうと、俺たちを扉の近くに招きよせた。


「この扉は魔法学術院の入り口ですが、間違って人が入り込まないように簡単な仕掛けが施してあります。その仕掛けというのが…」


「魔法ということか?」


 その仕掛けとやらが解けなかったのがやたら不満だったのか、エリゼが会話に割って入った。


「ふふっ、その通りです。魔法の鍵を持っていないと入ることができません」

 

 メレナは微笑みながらエリゼに返事をし、右の掌を扉に向けた。

 すると、扉がしだいに金色の光に包まれ、しばらくするとひとりでに開いたのだった。


「どうぞ、中へ」


 メレナはなんということもなく、小屋の中に入っていった。


「な、なんだこれ…」


 おそるおそる小屋の中を覗き込んだ俺たちは、その変わりように驚いてしまう。

 小屋の中は、先ほどのボロッちい物置とは打って変わって、地下へと続く赤レンガの階段になっていた。左右の壁には燭台が設置されていて、それが何ともいえない怪しげな雰囲気を醸し出している。


「さあ、しばらく歩きますよ」


 メレナはそう言うと、赤レンガの階段をひょいひょいっと軽やかに降りていくのだった。

 俺たち3人はしばらく顔を見合わせたあとで、置いて行かれないように慌ててメレナについていった。

 階段はとても長く、もう3分ほど歩いているだろうか。


「な、長いのぅ…」


 めんどくさがり屋のメルルが思わず音をあげる。


「ふふっ。ここは永久とこしえの階段と呼ばれています」


「永久!? もしかして永久えいきゅうにたどり着けない魔法の階段とか…?」


 驚いた俺は思わず大きな声が出てしまう。

 その反応を見ていたメレナは、ふふっと笑った。


「いえ、ほんのちょっとだけ長い普通の階段です。ただ、我々魔法使いの性質上ふだん運動をしない人がたくさんいますからね。これは運動不足改善のための措置です。といっても、それすらめんどくさがって浮遊魔法で行き来している人がほとんどですが」


 長い地下の階段を降りていると、その先に木製の扉が見えた。


「さあ、あそこが終着点です。あの扉の先が、我々の住む魔法学術院です」


 扉の前に立ったメレナは、重そうな木製の扉をギギッと押して開いた。


「おおー! これはすごいのう!」


 いの一番に扉のなかに入ったメルルの、大きな声が聞こえた。


「な、なんだよ。気になるな」


 メレナの後に続いて扉の中に入った俺は、思わずその壮大な景色に圧倒されてしまった。


「す、すげえ…」


 その様子を見ていたメレナは、俺の顔を見てふっと微笑んだ。


「ようこそ、魔法学術院へ」


 木製の扉の先。そこにある景色は、そのどれもこれもが常識では考えられない、異常な景色だった。

 突き抜けるように天高くそびえる講堂。地下だというのに、なぜか天井のステンドグラスからは太陽の光が射し込んでいる。講堂の壁は大量の本棚でびっしりと埋め尽くされていて、天井から吊るされたシャンデリアが、それらの本たちをきらびやかに映し出していた。

 しかし、俺を驚かせたのはそれだけではない。もっとも驚いたのは、箒や杖を持った、いかにも魔法使いといった様子の人たちが、いたるところに見えたからだ。


「これが、魔法の世界…」


 あまりにも常識とはかけ離れたその景色に、俺は思わず立ち尽くしてしまう。


「ふふっ。そんなに珍しい景色でもないでしょう?」


「い、いやいや。珍しいどころじゃないですよ!」


 そう。景色一つとっても、俺にとってはすべてが未知の世界なのだ。


「おい、はやくいくぞ下僕」


 ずっと突っ立ったままの俺をゲシッと足蹴りし、はやくしろと言わんばかりにエリゼが俺を睨みつけた。


「はあ…分かったよ」


 もう少しこの感動に浸っていたいところだったが、これ以上エリゼを待たせると後が怖いのでさっさと先に行くことにした。


「ふふっ。お二人は仲がいいのですね」


「どこが…?」


 訳のわからんことを言う天然のメレナに、思わずツッコむ。

 しばらく講堂のなかをメレナについて歩いていると、シックな内装の講堂において、何やらひときわ目立っている金の装飾が施された扉のまえに案内された。


「言い忘れていましたが、私の父はこの魔法学術院の学長を務めています。いまから中に入るので挨拶をしてください」


 メレナはそういうと、扉をノックして開いた。

 部屋の中は、扉の派手な装飾とは打って変わって割と地味な内装だった。壁にはシルクのカーテンがかかっていて、部屋の中央には木製の机と椅子があるのみだ。

 そして、その椅子に一人の男が座っている。

 男は俺たちのほうをチラッと一瞥したあと、ゆっくりと喋り出した。


「ようこそ。私が魔法学術院の学長アウロだ。君がボーディの野郎がよこした客だそうだね」


 ボーディ、とはおそらくボードレールじいさんのことだろう。

 …しかしこの男、見た目が恐ろしく怖い。メレナと似ている点は銀髪なくらいで、あとはまったく似ていない。ライオンのような吊り目に、ワシのような巨大な鼻が顔の中央に位置している。

 こんな男からメレナが産まれたことが信じられない。きっと母親はとんでもなく美人なのだろう。


「そうです。ここで魔法の修行をつけてもらえると聞いてやってきました」

 俺は、ボドじいに書いてもらった手紙をその男に手渡した。


「ふむ…」


 アウロは手紙に一通り目を通した後で、俺たち3人のほうを一瞥した。


「君が、坂田泥一くん」


「はい」


「変な名前だね」


 ほっとけこの野郎。


「で、君がメルルくん」


「おう! ワシがヴォルフガング=メルルじゃ!」


「元気がいいね」


「ガハハ! そうじゃろう!」


 メルルはうれしそうに胸を張って笑った。


「そして君が、エリゼくん」


「ああ」


「なんだか目が怖いね」


「…貴様殺されたいのか?」


「冗談だよ、冗談」


 …冗談じゃないぞおっさん。あとで殺されるぞ。


「ふむ…。さてどうしようかな」


 アウロは椅子の背にドカッともたれ、頭の後ろで手を組んだ。


「君たちに魔法を教えるのはいい。才能のある魔法使いを育てるのは我々魔術学院の理念でもある。…しかし、私はこう見えて多忙でね。君たちに魔法を教える時間はないのだよ」


「そうですか…」


 まあ、それなら仕方ない。学長ともなればいろいろ忙しいだろうし、俺たちにマンツーマンで魔法を教えるのは時間的に無理ってものだろう。


「それに、ボーディのやつが久々に手紙をよこしたかと思えば、魔法使いを育てろなどと勝手なことをぬかすのも気に喰わん」


 この野郎、そっちが本音か。


「どうしたものか…」


 アウロはしばらく考え込んだあと、「そうだ」といってメレナを見つめた。


「メレナ、お前がこの子たちに魔法を教えてやってはくれんか」


「え、私が?」


 メレナは驚いたような表情を見せた。


「ああ。お前ならうってつけだろう。魔術学院の初等生の講義を受け持っているわけだしな」


「だ、だけどパパ…」


 メレナは先ほどまでの明るい表情とはうってかわって、心配そうな表情を見せた。


「だけど私が教えるのは問題が…」


「かまわん、私の権限でどうにでもなる。それに、《何やら悩んでいるらしいしな》」


 アウロは椅子から立ち上がり、メレナの肩をポンと叩いた。


「この子たちを教えることが何かいい結果につながるかもしれん。ものごとの大切なことはきっかけを逃さないことだよ」


「パパ…」


 俺は横目に、メレナがうっすら涙ぐんでいるのが見えた。

 ふむ、どうやらこのメレナが俺たちに魔法を教えてくれる流れになっているらしい。

 事情はよく分からないが、まあ俺たちとしては魔法を教えてくれるのなら誰だってかまわない。


「じゃ、じゃあメレナさんが俺たちに魔法を教えてくれるってことでいいんですか?」


「ああ。それでいいね、メレナ?」


「うん…」


 メレナは涙を払ってニッコリと笑い、俺たちに向かってその笑顔を見せてくれた。


「では改めまして、これからあなたたちに魔法を教えますメレナ=アウロです。よろしくお願いします」


 俺たちはメレナに挨拶をし、アウロの部屋を後にした。

 まあ、何はともあれこれで本格的に魔法を教えてもらうことができそうだ。

 

 

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