第6話 最高の男との出会い方


「…ダメだ」


「なぜじゃ!」


「嬢ちゃん、だからダメなものはダメなんだ」


「だからなぜじゃ!」


「なぜって、ハア…」

 

 メルルの不条理な口撃にがっくりとうなだれているのは、まんまるなお目目と、ぷりっとしたタラコ唇が非常にチャーミングな、2メートルはあろうかという巨躯の門番。


「おいメルル、もうそれくらいにしといたらどうだ」


「嫌じゃ!」


「ハア…だって通れないものは仕方ないだろ」


「ぐぬぬ…」

 

 この街「ラスビレグ」について数時間。俺たちはいま、巨大な門扉の前で立ち往生する姿となっていた。

 しかしこれには理由があって、門番がしっかりと説明してくれた。

 門番が言うには、ここ数カ月の間、街の子どもたちを攫っては売りさばいてるやつがいるらしい。そういった事例は過去にもあるそうなのだが、今回に限っては規模が大きく、個人か組織なのか、その足取りもまったくつかめていないため、私兵の対処が追い付いていないらしい。そこで、身分を証明できないものは入場できない仕組みになったそうだ。

 で、当然のことながら俺たちは身分を証明できるものを何ももっていない。

 フィウスのやつも身分証明書くらいオプションでつけてくれてもよさそうなもんだが、そこはそれ。自分たちで何とかしろってことだろう。

 

 まあとにかく、俺たちはものすご~く怪しいやつってわけだ。


「もういいだろメルル。無理なものは無理なんだ、人生には諦めも肝心だぞ」


「うるさいペドクズ!」

 

 ペ、ペドクズて。

 どこでそんな言葉おぼえたんだ。


「いいから行くぞ。ほら、立ちなさいって…」

 

 何の抵抗なのか、地面に大の字になって寝転ぶメルル。

 猪木アリ状態かおのれは。


「他の方々の邪魔になるんだから。ほら、行くぞぉおおぉぉぉぉ」


「嫌じゃあぁぁぁぁぁぁ」

 

 足を引っ張る俺と、両手で地面をがっしりと掴んで動かないメルル。だが、


「こいつ力つえぇぇぇぇぇ!」

 

 メルルは、ちっこい身体のくせにありえないほどのパワーで地面を掴んでいる。

 そのせいでメルルが掴んだところだけ地面が隆起している。

 おいおいメルルさん、ここの地面めっちゃ固いんですよ?


「ムハハハハ! ワシを誰だと心得る、ペドクズ程度の力じゃ動かんわ!」


「くっ、この野郎言わせておけば…」

 

その後もしばらくメルルを引っ張って行こうとしたが、梃子でも動かない様子なので諦めることにした。

 やっぱり人生、諦めることも肝心だ。


 (しかし、こうなると何か別の方法を考えないとな…)


 列の後ろを見ると、いかつい兄ちゃんたちがイライラした様子で待っているのが見える。

 このままじゃ、さっさとしろと言わんばかりに殴られそうな雰囲気なので、助けを求めるために俺はこっそりとエリゼに耳打ちした。


「なあ、こういうのってうまいことできないもんなのか?」


「うまいこと、とはどういう意味だ?」


 エリゼは首を傾げる。


「いや、ほら。神の力とかでこう…うまいこと…みたいな?」


「できなくはないが、かなりのリスクが伴うな。最悪この世界の事象そのものに異常をきたす可能性もある」


「え…そういうものなのか?」


「ああ。貴様は何か勘違いしているが、ここはあくまで地球と同じような普通の世界だ。地球で神の力を使うやつをみたことがあるか? いないだろう。間違いなく歴史を変化させてしまうほどの力だからな。神の力を使うとはそういうことだ」


「へ、へえー…」


 たしかに、剣やら魔法やらのファンタジーな要素で忘れがちだが、ここはあくまで普通の世界だ。ここでは、【剣やら魔法やらが普通】なだけであって、神そのものは想定していない。たしかに、ここを地球に置き換えればあながち筋の通った考えではあるのかもしれない。


「てことは、神の力は使えないってわけだ」


「そうだ。私もお嬢さまもほとんどの力は封印されている。使えるとすれば、あくまでビアムントのルールに則った力だけだ」


「なるほどな…」


 使えない情報ありがとうございます、と言おうと思ったが、間違いなくぶっ飛ばされるのでやめることにした。

 さて、しかし困ったな。

 

 状況① 身分証明書がないと扉からは入れない。

 状況② 俺たちは身分証明書をもっていない。

 状況③ 出直そうにもメルルは梃子でも動かない。


 うん、これは詰みだ。考えるまでもなく詰みだ。

 俺のチンケな経験則から言わせれば、事態が悪い時にあせって行動しても仕方ない。よけいに混乱するだけだ。

 こういうときは何もしないのが吉。黙って空でも眺めていることにしよう。

 俺がなかばヤケクソぎみで思考放棄していると、列の後ろの方から何やら声がきこえてきた。


「はいはいはい、ちょっとごめんよ」

 

 なんだ、と思って俺が後ろに振り向くと、そこに一人の男が立っていた。

 見た目は30くらいだろうか。なかなかキリッとした目に、無精髭をはやしたナイスガイって感じのやつ。…なんだかいけ好かない野郎だ。


「よお兄ちゃん、困ってるみたいだな」


「あ、ああ…あんたは?」


「俺はハンサムってもんだ。元冒険者でね、今は商いをやってる」


「そうなのか」

 

 名前ハンサムて。


 まあ確かに名前通りのハンサムな野郎ではある。いけ好かないがな。


「すまないなハンサムさん。すぐにこいつどけるからさ」

 

 そう言って、俺はいまだ猪木アリ状態のメルルを指さした。


「ん? ちがうちがう。俺は別に怒ってなんて…ってなんだこいつ。クハハ! 何してんだい嬢ちゃん。こんなところで」


「嬢ちゃんじゃないメルルじゃ」


「そうかいメルル。で、何してんだよ」


「このデクの坊がワシを通さんのじゃ!」


 困り顔の門番は、メルルに指さされてさらに困ったような表情になった。

 

 その様子を見ていたハンサムは、頭をポリポリと搔きながら俺の肩をポンと叩いた。


「そうかいそうかい、なるほどね。事情はなんとなく察した」

 

 そういうとハンサムは困り顔の門番に近づいていき、またしても門番の肩をポンと叩きながら何かを耳打ちした。


「ああ。だからこいつらさ…」


「なんと、そうでしたか」

 

 会話の内容はよく聞こえなかったが、しばらくしてハンサムは俺たちの方に振りむき、右手でグッジョブのサインをした。


「入っていいってよ」


「な、ほんとか!?」


「ああ、嬢ちゃんも入っていいぜ。そこの美人さんもな」と、エリゼのほうを横目でちらっと見た。


「おお、やるのうハンサム。褒めてつかわす」


「はいはい、どういたしまして」


 ハンサムはメルルに慇懃な礼をした後で、俺たちについてこいよとクビをくいっとしならせて合図をした。

 どうやってハンサムが門番を説き伏せたのかはしらないが、とにかくまあ、分からないことを考えるのは俺の性分じゃない。

 俺たちはハンサムの後に続き、門扉をくぐって街に入ることにした。


「なあハンサムさん。さっき門番になんて言ったんだ?」


「ん? ああ。あいつ昔っからの俺の友だちなんだよ。まあ、口利きってやつだな」と言ってハンサムはニヤリと笑った。


「それに、さんはつけなくていいぜ。ハンサムでいい」


「そうか。じゃあハンサム。あんた見た目によらず悪いやつだな…。通してもらっといて言うのもなんだが、そんなことしていいのかよ」


「クハハ! いいんだよそんなことは。俺はつねに楽しそうだと思ったことをするのさ」


「どういう意味だ?」


「まあまあ。それに、あんたらは悪いやつじゃなさそうだしな」


「まあ、それはな…」


「クハハ! 何か訳アリってやつか?」


「うっ…」


 こいつ、見かけによらず鋭い。


「あんたらここいらのものじゃないな。特に…嬢ちゃんのは…なんだその変な服は?」

 

 変な服、もといタンクトップショーパンのメルルは、ハンサムの質問にめんどくさそうな顔をした。


「嬢ちゃんじゃないメルルじゃ。二度もいわすな」


「クハハ! そうだったな、悪かったよメルル」


 しかしハンサムは悪びれる様子もなく、腹を抱えてケタケタ笑った。


「で、あんたと美人さんはなんていう名前なんだよ」


「俺か? ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな」


「クハハ! 忘れてたのかよ」


「まあいろいろあったしな…。じゃあ改めて、俺の名前は坂田泥一だ」


「坂田泥一…。珍しい名前だな。田舎の出か?」


「え、うーん。まあ、そうなるのか…な…?」


 しまった。坂田泥一というのはあくまで俺の日本名。この世界じゃ通じないのは当たり前じゃないか。

 思わぬ質問に歯切れが悪くなってしまった俺は、しまったという表情が顔に出てしまう。

 普段は静かなくせに、思ったことは何でもすぐ顔に出てしまうのが俺の悪い癖だ。


「あんた怪しいな…もしかして子供たちを誘拐する犯罪者たちって…」


「ち、ちがうちがう! 俺たちはそんなんじゃない!」


「クハハ! そんなん、ってことは何か訳アリではあるわけだな…?」

 

 うっ、しまった。

 必死に誤解を解こうとして、変な言い訳をしてしまった。

 なんとかこの場を取り繕えるようなナイスな言い訳を考えるために、俺が必死で頭をフル回転させていると、さっきから黙りっぱなしだったエリゼが助け舟をだしてくれた。


「私たちはクラントからきました」


「クラント…聞いたこともないな」


「それはそうでしょう、東大陸のさらに端にある小さな村ですから」


「東の出か、じゃあ海を渡ってきたってわけだな。…何をしにこの街へ?」


「職を探しにです。冒険者になるためにこの街にやってきました」


「ほう、冒険者に…」

 

 とっさに思いついたにしてはナイスな言い訳だ! と俺が思ったのもつかのま、

 ハンサムの目が急に鋭くなった。


…?」


 ハンサムの一言で、場の空気が一瞬で凍り付いた。

 マズい、ハンサムは間違いなく俺たちを疑ってかかっている。

 しかし、エリゼも得意の口撃で負けじと反論する。


「ええ、ここに来る途中山賊に襲われました。何とか逃げおおせましたが、そのときに荷物はすべておいてきてしまいました」


 何もできずにあたふたするだけの俺をしりめに、ハンサムは何かを考えるような様子でしばらく黙り込んだ。だが、


「クッ、クハハハハ!」

 

 神妙な面持ちから一転、急にハンサムは腹を抱えて笑い出した。


「な、なんだよびっくりするな」


「いやあ悪い悪い。クックック。もと冒険者の悪い癖でね、なんでもすぐ疑ってかかってしまうんだ」


「そ、そうか…」


 よく分からないが、まあハンサムが納得してくれたならそれでいい。


「クハハ、疑って悪かったよ。最初にも言ったように別にあんたらを悪いやつだとは思っていないぜ」


「ならやめてくれよ…俺けっこうビビッちまったよ」


「ビビる、ってことはやましいことがあるわけだな?」


「おい!」


「クハハ! 冗談だよ冗談」


 なんだこいつ、捉えどころのないやつだな…。

 しかしまあ、悪いやつではないのだろう。俺たちのことを通してくれたわけだしな。


「で、そっちの美人さんの名前はきいてなかったな」

 と、ハンサムはエリゼのほうを振り向いていった。

 しかしエリゼはハンサムには見向きもせず、ただ一言


「エリゼ」

 

 とだけ答えた。

 

 (なんだよこいつ、機嫌悪いのか?)


 しかしハンサムはまったく気にする様子も見せず、豪快に笑い飛ばした。


「クハハ! こいつは嫌われちまったかな」


「悪いなハンサム、気にしないでくれ」


「いやあ、いいってことよ。それに女に嫌われるのには慣れてるしな」

 といって、また豪快に笑い飛ばすのだった。



 ハンサムと俺たちは、といっても喋っていたのはほぼ俺とハンサムなのだが、しばらく談笑したところで別れることにした。


「俺はここらで失礼するよ、この後仲間と会う約束があってね」


「ああ、いろいろありがとうなハンサム」


「いいってことよ。じゃあな」

 

 ハンサムは名前の通り、別れ際もハンサムに去って行った。

 はじめはいけ好かない野郎だと思ったが、話してみると案外いいやつだ。

 俺は、ハンサムのことが気に入っていた。


「いいやつだったなあ、ハンサム。こういう出会いも異世界の楽しみの一つだよなあ…って、さっきからどうしたんだよエリゼ。具合でも悪いのか?」


 エリゼは、俺のほうを見もせず何かを考える様子でつかつかと歩いている。


「な、なあどうしたんだよ一体」


 しかし返事はない。


「どうしたのじゃ、エリゼ?」

 

 というメルルの一言ではっと我にかえった様子のエリゼは、申し訳ありません、とメルルに謝った。


「よい。で、何を考えていたのじゃ」


「…理由を考えていました」


「理由?」 とメルルが聞き返す。


「ええ。あの男が私たちを街に入れた理由です」


「そんなもん、あの人が良い人だったからだろ」


「いや、違うぞ下僕。お前は間違っている」


 げ、下僕て。


 まっこうから否定された俺は、少しカチンとなって言い返した。


「何が間違ってるんだよ」


「あの男は決して良い人間ではない」


「はあ?」


 エリゼは少し言葉をため、それからゆっくりと言い放った。


「やつからは、死の匂いがした」

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