第2話「ざわめく令和薬科女子大」
令和薬科女子大学。閑静な都内の住宅街にある比較的新しい薬科大学である。周りの住宅街からは想像が出来ないような緑あふれるキャンパスである。校門から講堂へと続く道にはイチョウの並木が続く。校舎はモダンで新しさがあるが、元になった野口研究所の大正時代の面影を残る石造の建物も残っている。
トントンとノートと教科書を整えてカバンの中にしまいながら一緒に講義を受けていたあかりに凛が声をかけた。
「ねえ、あかり。合コンって行ったことある?」
凛とあかり、そして凛を挟んであかりの反対側に座っているここなはいつも行動を一緒にする仲良し3人組だ。この3人の通う学校は女子大なので男子がいないため、取り立ててチヤホヤされることはない。しかし、その容姿の美しさや成績の良さなどから周りからは一目置かれ、近づき難い印象を与えていた。
「当たり前じゃないの、今時中学生だって合コンぐらいしているわよ。」
あかりは凛の幼馴染で大学までいつも一緒の友人である。凛とあかりの父親は同じ薬学部の旧知の親友、凛の父親は薬局を経営し、あかりの父親は製薬会社の部長である。そんな凛とあかりは姉妹の様なところもあり、ライバルの様なところもある。
「知らなかった、あかり合コン行ったことあるんだ・・・」
「嘘、行ったことない。」
さて、これから3人でいつものようにランチを食べに行こうと、あかりと同じく凛の隣に座っていた女の子「ここな」だが、何だか面白そうな話が始まったので立ちあがろうとして座り直した。
「え?今時中学生だってって言ったじゃない。」凛はなあんだとため息をつきながら言った。
「だから、周りにはそう言っとかないとダメなのよ。じゃないと舐められちゃうんだから」
「そうなんだ。あああ。失敗しちゃった。」
ここなはフフフと笑いながらその話に身を乗り出してきた。
「え?誰にそんなこと聞かれたの?」とあかりが聞き返す。
「ゲームの中の人。」あかりの目を逸らすように凛はいった。
「ゲームの中の人?何でそんな人と合コンの話になるの?」
「ほら、この間一緒にMMOしたでしょ、あの時私、蛇に噛まれて動けなくなっちゃったのよ。そしたらね助けてくれた人が居てその人が合コンしないかって。」
あかりがMMOという仮想世界で冒険ができるゲームを知り、知らない人もたくさんログインしていて怖いからと凛を誘ったのだ。自室にいながら話もできるし、ゲームも楽しめるということであかりはそのゲームにかなり惹かれていた。
「なにそれ、そんな軽い男にホイホイ乗っかっちゃダメよ。」
ただ、あかりは知らない人が怖かった。
凛が「私、変だったかしら?」とここなの方に目を向けるとここなは顔の前で腕を交差し、
「ダメ!」とバッテンの字を作っていた。
「ああ、でもねいい人なのよ。」
ここなに向かって私を助けてくれた人を悪く言わないでと言う目をした。
「私、ゲームの操作の仕方がわからなくて、ゲームしながら独り言を言っていたの。でもそれが全部周りに漏れちゃってて・・・」
「ええええ?全部漏れちゃっててって、なに言ってたのよ」
「だから蛇に噛まれたから、『イニシャルドロップ起きているのかしら』とか、『DVTが起きちゃったのかしら体がどんどん紫になってきたわ』とかキャラクターの様子を観察しながらつい・・・。」
「ええ?独り言まで専門用語満載?それで、その近づいてきた男はそれを聞いて何だって?」
「『独り言漏れてますよ。』って言って薬をくれたの。だから、私は『蛇に噛まれたので経口投与する薬はききませんよ。静注アンプルを持ってきてください。』と言うようなことを言ったの。そしたらなんか変な薬を無理やり飲まされて笑われちゃったの」
「いや、いや、そんな現実的な話をしてもダメでしょ、それゲームの中のことなんだから。凛の方が完全に不審者だわ」
「うん、そっか。でもその人『看護婦さんですか?』って聞くから『いえ、薬学部の学生です。』って答えたの。それで、その助けてくれた人も大学生だからぜひ合コンしたいって・・・。」
「うわ、そんなことあるの?よく引かなかったね凛のこと。だってその状況だと現実の凛みたいに美人でスタイルも良くて合コンに誘ってみたい様な女子に思えないよ。凛、あなたいくら課金してキャラクターを盛ったのよ。」
「え、課金なんてしてないよ。標準のまま。」
「じゃあ、その人、医学部かなんかで凛の言っていた事を理解してたってこと?」
「違う、東京情報科学大学だって、IT系。」
「ええ?一流大学じゃん。頭いいじゃん。でもなんでそんなバカな凛のこと拾うのよ」
「バカじゃないもん。料理だって洗濯だってあかりより上手にできるし、学校の成績だって負けてないもん。」
「うん。現実はそうだけどね、今日のコーデもバッチリ決まっていい感じだけどね。でも、ゲームの中の凛はバカ丸出しのおばさんだよ。」
「えー!そんなあ。あかり意地悪だよぉ。ああ、わかった!その人、一流大学に通っているけれどバカなんだよ。」
「あんた、自分がバカって言われたからって恩人まで道連れにしていいわけ?でも面白そうじゃない、その合コン行ってみようよ。意外といい出会いがあったりして」
「そうかなあ、でもよく分からないからちょっと怖いじゃん。」
「大丈夫よ、その時は私が何とかしてあげるから。」
「でも、私もあかりも行ったことないからそう言う時になに話していいか分からないじゃない。」
そこでここなが話に割って入ってきた。
「私、合コンに言ったことあるよ。全然怖くないよ。」
ここなの意外な発言に凛とあかりは目を合わせて驚いていた。普段のここなは病気がちな母の為に講義をちょくちょく休間なければならないが、どうしても調剤薬局に勤めたいと言う真の強いところがある。そして、ここなの容姿は可愛らしく、どこかふわっとした幼い印象がある。凛とあかりはそん
なここなを放っておけず、休んだ分のノートを貸してあげたり、レポートを一緒に書いたりといつもここなを気にかけてあげていた。そのここなに出し抜かれることがあるなんてと少しショックだった。
「いつ合コンに行ったの?」
「高校生の時。」
「ああ・・・。」二人は完全に青春時代に何もなかったことに今頃気がついた。そして自分たちが置かれている状況がいかに出会いがないかを痛感させられるのだった。そして、この合コン話はそんな「砂漠のような大学生生活」の中の「小さなオアシスなのではないか」と確信するのであった。
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