天狗憑きの巫女

片月いち

神降ろしの巫女

第1話 焼け落ちた故郷

『フフ。千年ぶりじゃな。生身の身体からだは』


 “私”は、皮肉気に笑って見せると、そんな途方もないことを口走りました。

 ……失礼。私の名前はシノ。この神社に勤めている巫女です。

 私がいるのは祭祀さいしなどに使用する神社の一室。今は、“神降かみおろし”と呼ばれる特殊な儀式を行っているところでした。


 神降ろしとは、神様の霊魂を自分の身体に降ろす秘術のことです。

 私はこの儀式を通じて、水や炎を操るといった異能の力を手に入れる――


 ……はずだったんですが。


『なんじゃ。間抜けな人間どもがおるな。わらわの恐ろしさに声も出んか?』


 なんか変なの降りてきちゃったよ。


 現在、私の身体は金縛りにあったように固まり、自分の意志で動いてくれません。

 だというのに、勝手に立ち上がったり、勝手に喋り出したりしています。


 ……もしかして、乗っ取られてる?


 そんな最悪な考えが頭を過る中、身体が再び動かされました。

 自然な動作で手が伸びる。それは私の一部を無造作に掴んで――


『ふん。なんだ、この邪魔な乳は?』


 ちょっとぉぉぉぉぉぉぉ!!?

 どこ触ってるんですかぁぁぁっっ!!!??




 ……………………

 …………

 ……


 話は数刻、いえ。十年前まで遡りましょう。      

 私が神降ろしを行った理由、巫女になった目的は、故郷の復讐のためでした。

 私の故郷は幼い頃、まだ五才の少女だった頃、無惨にも滅んでしまいました。

 八つの首を持つ山のように巨大な蛇――“オロチ”という化け物に、父も母も友人も、大切なものはすべて奪われてしまったのです。

 私はオロチへの復讐のため巫女となり、神降ろしを行ったのでした……。



   ◇



「はあ……」


 十年前、当時五才だったは私は、ため息をついて草むらにしゃがみ込みました。

 ここは住んでる村の近くにある森の中です。この辺りには傷薬に使える薬草が生えていて、それを摘みに来ていたのでした。

 私の両親は村の医者として活動しており、薬草の知識は一通り身についています。


「もうっ、父様も母様も、私を子ども扱いして……」


 私はもう一度ため息をつきます。唇を尖らせて思い返すのは両親の言葉でした。

 危険だから森の中には入るなと言いました。

 蛇が出るから、虫が出るから、村から出るなと言うのです。


 蛇と言うのはもちろんオロチのことです。

 オロチは自分の分身として体表から小さな蛇や虫を放つことがあります。

 それに襲われると言うのです。


 まったく。心配し過ぎです。この村はオロチのいる場所からも離れていて、今まで村の近くで蛇が出たことは一度もありません。

 それにいくらまだ幼いからといって、危ない奴が近くにいたら気づきます。

 山のようなオロチが放つ蛇も当然巨大。人間の大人さえ丸呑みするほどです。

 そんなもの、気づかない方がどうかしています。


 医者にとって薬となる薬草は重要です。一人前の医者なら、一人で森に薬草を採りに行くくらい当たり前。

 私だってあの二人の娘、もう少し信用してほしいと思うのです。


「このくらいでしょうか。こんなに採ってきたら二人はびっくりしますね……」


 しばらく作業を続けて、私はようやく腰を上げました。持ってきたカゴには山ほど薬草が入っています。

 これを父様と母様に見せたら……自然と頬が緩みます。今から二人の驚く顔が目に浮かぶようでした。


「さて。帰り道はあっちで――――?」


 村に帰ろうと歩き出す直前。

 近くの草むらからガサガサと妙な音が聞こえました。


 ……なんでしょう? シカかイノシシでしょうか?

 オオカミやクマのような獣だと困りますが。

 私は気になってその正体を確認しにいきます。もし本当に危険な獣なら、村の人たちに知らせないといけません。

 そうして、慎重に草むらの向こう顔を出してみると、


「ギギッ……ギギィィッッ……」

「――――!?」


 そこに居たのは、私の想像したどれでもありませんでした。

 黒い、テカテカした巨大な何か。

 身体からだの大きさは人間の大人ほどで、細く長い脚が何本も伸びています。

 忙しなく動く口元には、大きなはさみのような鋭い牙も見えました。


 オロチのコケムシ――。


 オロチの体表を覆うこけから生まれたと言われる虫です。

 オロチはこのような化け物を生み出して、時折人を襲っているのです。

 コケムシは人の肉を食らうと言います。

 私は虫の脚の隙間から、赤く染まった何かを見ました。

 それはまるで人間の手足のようで――


「……い、いやあああああああああああああああっっ!!?」


 悲鳴をあげてすぐに逃げ出します。

 薬草を入れたカゴも宙に放り、森の斜面を転がるようにして駆けていきました。


(なんでっ、コケムシなんて今まで出たこと――ッッ)


 村の近くにはいないはずです。少なくとも私は一度も見たことがありません。

 そもそもあの虫は、オロチの近くにしかいないはずです。


 だけど、今目の前にいた。

 私は死の恐怖から必死で走りました。


 幸い、コケムシは食事に夢中で私を追ってくる気配はありませんでした。

 私は急いで来た道を引き返し、父様と母様のいる村まで走ります。

 なぜかは知りませんがコケムシがいたのです。となると、オロチか、その眷属けんぞくである蛇が近くにいる可能性が高い。

 はやくみんなに知らせる必要がありました。


 あれは普通の人間の手に負える相手じゃない。

 場合によっては、全員で村を捨てて逃げなければなりません。

 そうして私は、一心不乱に走り続け、とうとう自分の村に帰ってきたのです。


「え?」


 だけど、それは私の知っている村ではありませんでした。

 私ははじめ、道を間違えたのだと思いました。

 だってこんなことあるわけない。私の生まれ育った村が、こんな姿のはずがない。

 また森に入って、道を探し直すことも考えました。


「うそ。なんで……」


 でも、これは現実でした。

 めちゃくちゃに破壊され、焼き払われた村の姿でした。

 チリチリと、まだ炎がくすぶっているのが見えます。

 黒い煙がもうもうと立ち昇っています。

 すべてが真っ黒で、話に聞く地獄の光景そのもののように思いました。


「……ッ、父様! 母様!?」


 私は頭を振って意識を切り替えます。

 そうです! 父様と母様を助けないと!

 まだみんなどこかにいて、助けを待っているはずです!


 そうして私は、自分の家があったであろう場所を探します。

 人も家屋も一緒くたに燃やされ、もはや誰が誰だったのか分からない状態でした。

 私は目を真っ赤にしながら歩き、自分の家があったはずの場所を目指します。


 どうかどうかどうか!

 父様も母様も無事でいて――!


 ……やがて私は、黒焦げになった自分の家らしきものを見つけました。

 崩壊した建物の中から、黒い腕が伸びているのに気づきます。


「父様!! 母様!!」


 膝を突き、その手を握ります。

 間違いなく人間の腕です。

 私は瓦礫がれきの中から引き抜こうと力を籠めます。

 すぐに助けます――そう思って力いっぱい腕を引きました。


「あ……」


 だけど、引っ張った腕は途中で千切れてしまいました。

 芯まで炭化したそれは、ハラハラと崩れて他の残骸に混ざっていきます。

 まるで何もかも手遅れなのだと知らせているよう。

 すべてを失ったのだと、私はようやく気付きました。


「オオオオオオ、オオオオオオ、オオオオオオオオオオオオオオ…………」


 地すべりのようなうなり声。

 私は視界の端で、山が動くのに気づきました。

 あまりにも巨大すぎて、それが近くにいると気づけなかったのです。


 山はゆっくりと村から遠ざかります。

 大地を大きく震わせながら、悠々とどこかへ去っていきます。


「……オロチ」


 私はその山の正体を口にしました。

 巨大な八つ首の大蛇、その首の一つです。

 あの蛇こそが、私の両親や友達、そしてこの村の仇なのだと知りました。


「……許さない」


 砕けてしまいそうなほど、奥歯を強く噛み締めました。


「……許さない!」


 怒りが、憎悪が、頭の先からつま先までを満たしていました。


 よくも。よくも。よくも――!

 思い知らせてやる。

 後悔させてやる。

 私がこの手で息の根を止めてやる!!


「私がその首、斬り落としてやる――ッッ!!」




 ……その後、私は通りかかった巫女に助けられ、なんとか生き永らえることができました。

 いくつかの村を孤児として転々とし、今住んでいる“かんなぎの里”へやって来ることになります。

 この村の神社では、神降ろしの巫女を育てるということをやっていたのです。


 神降ろしとは、古代に生きた神々の力を手に入れる秘術。

 人間がオロチに対抗する唯一の手段でした。


 私はすぐ巫女に志願します。

 もちろん神降ろしをするためです。

 神様の力を手に入れて、オロチを倒してやるつもりでした。


 私は身体からだが儀式の負荷に耐えられるようになるため、巫女として修行をはじめます。

 それは辛く、厳しいものでしたが、途中で投げ出そうと思ったことは一度もありません。

 絶対にオロチを倒す。家族の仇を討つ。八つの首をすべて斬り落としてやる。

 その一心で修行に耐えてきました。


 ……そうして、十年後の今日。

 ついに神降ろしの儀式をおこなう日がやってきたのでした。


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