第24話 いつもじゃない休日

 土曜日の午前六時、いつも使っている駅の広場の前にいる。

 休みの日はもっと朝寝をすることが多いので、こんな時間に出歩くのは久しぶりだ。

 中学の修学旅行以来かもしれない。


 白いバンがロータリーをぐるりと回って、すぐ目の前で停まった。

 スライドドアががらりと開いて、中から上京さんが……うわっ!?


 マネージャーの岸田さんと一緒に迎えに来てくれたのだけれど、思わず絶句してしまった。


「おはよ~、康生君!」


「あ、はい。おはようございます」


 いつもは学校の制服姿し見ていないけれど、今日は全く違う私服姿だ。

 高級感が漂うシャツにスカート、それに唇には赤いリップが乗っかっているし、耳の下には銀色のイアリングも揺れている。

 大人っぽくて、つい見とれてしまったのだ。


「はい、乗って乗って~!」


「はい、お邪魔します」


 上京さんの隣に腰を降ろすと、ふわふわのシートがすうっと沈み込んだ。


「いつもこんなに早いんですか?」


「そんなことはないけど、今日はスケジュールがいっぱいでね。それに街中の撮影があるから、人通りが少ないうちに済ませちゃおうかってことなの。だから家で衣装も着て来たのよ」


「へえ、大変なんだなあ」


「じゃあ現場に行くわね、二人とも」


 岸田さんの運転で、車はお洒落な店が建ち並ぶ通りに到着した。

 そこには他にもスタッフやカメラマンがいて、上京さんはその輪の中に入って行った。

 化粧道具をもったメイクさんにお化粧を直してもらったり、撮影の段取りを確認したり。


 撮影が始まると、洗練された街並みを背に、上京さんが色々な表情でポーズを取る。

 屈託なく笑った顔、つんとすました表情、小悪魔的に誘うような目づかい、どれも目が離せないほどに可愛くて魅惑的だ。。


「秋葉君、今日は来てくれてありがとうね」


「え? いや、お邪魔かなって思って、申し訳なかったんですけど」


 すぐ隣に立つ岸田さんも笑っている。


「そうね、普通なら仕事の現場に、素人の子なんか連れて来ないわ。けど今のあの子には、いい息抜きになると思ってね」


「息抜き、ですか?」


「いつもは私と二人だけで移動してて、仕事の現場では大人に囲まれて、緊張もしてるわ。それに加えて今は、学校でもあんなでしょ? あなた、あの子のことを心配して、学校と話をしてくれたんですってね。あなたといると、きっと安心できるんじゃないかって思うのよ」


「そうなんですかね。でも俺なんか、全然大したことないですよ。凄いですね、あれだけの大人の人と一緒に仕事して、人気者になるなんて」


「そうね。でもその分、犠牲にしていることも多いわ。もう少し、普通の高校生らしいこともさせてあげたいのだけれど。修学旅行にだって、行けていないしね」


 それから、別の衣装に着替えたりお化粧直しをしながら、どんどんと撮影は進んでいった。


 ずっと楽しそうにしているし、学校で接している時だっていつも明るい。

 けれど、人知れず努力したり、辛い思いもしていたりするのかな。

 だとしたら、凄いな。


「「「お疲れ様でしたあ!!!」」」


 無事に撮影が終わって、スタッフの人たちは片づけを始める。

 上京さんと岸田さんは、次の仕事に向かうために車の方へ。


「次は雑誌のインタビューね。秋葉君はどうする? このままついて来てもらってもいいけど?」


「えっ!? 岸田さん、それっていいの?」


「まあ、なんとかなるでしょ。臨時で雇った付き人とでも言えばね」


「やったあ! 康生君、良かったらおいでよお!」


「はい、お邪魔じゃなかったら、ついて行きます」


「よし、決まりね!」


 落ち着いた視線の岸田さんと、キラキラと眩い眼差しの上京さんに見つめられながら、俺は首を縦に振った。

 それから軽い雑談をしながら別の場所へ移動して、ファッション雑誌のインタビューと写真撮影を見学した。


 そして次に向かった先はテレビ局だ。

 仕事も場所も、目まぐるしく変わっていく。

 楽屋にも入れてもらって、そこでちょっと豪華なお弁当ももらった。


「格闘技の番組にゲストで出るから、その収録があるんだあ」


「格闘技ですか。上京さんは好きだったりするんですか?」


「……もう。その言い方、寂しいなあ。こ、う、せ、い、君!」


 ……はは……

 さすがに、先輩でトップアイドルの上京さんを、下の名前では呼びにくいのだ。

 本当の彼氏ってことでもないのだし。


「結構好きで、たまに試合を観たりするよ。だから康生君が映った動画を観た時だって、ビビッてきちゃって。この人格好いいなあって」


 そういうことでしたか、でもあの動画のことは、お願いだからもう忘れて下さい。


「なるほど、それで今日はゲストで呼ばれたんですね?」


「そう、そんな感じなんだよねえ。好きなことでお仕事に呼んでもらえるなんて、超ラッキーだよねえ」


『コンコン!』


 楽屋のドアがノックされて、道具箱を抱えた女性が入ってきた。


「上京さん、メイクさせてもらっていいですか?」


「あ、はい。お願いします」


 上京さんはすうっと、仕事に臨む大人の顔付きになった。


 収録の時間になってスタジオの方へ移動すると、そこには大勢のスタッフがいて、何台ものカメラが並び、天井には煌々と光を放つ照明がぶら下がっていた。


 そんな中で岸田さんが、一人の男性の方へと歩み寄った。


「古賀さん、本日はお呼び頂いて、ありがとうございます」


 岸田さんが腰を深く折った相手は、偉丈夫で恰幅がいい。

 身長は180センチを超えているだろうし、胸板の厚さや手足の太さが半端ではなく、特注と思われるスーツをぐんと盛り上げている。

 格闘家なのだろうと、一目で分かってしまうほどに。


「ああ、岸田さん。自分がお呼びしたのではないですわ。ただプロデューサーにススメておいただけですわ」


「でも今日は、それがあったからですわ。ありがとうございます」


「あ、あの、上京瑠愛です。どうぞよろしくお願いします。この番組、一度出たかったんです!」


「ははっ! そうですか。それは良かったですわ」


 岸田さんと上京さんが恭しく接する男性、この人は……

 おいおい、ちょっと待てって……


「うん? 君は……?」


 目が合った。

 この距離では、もう逃げも隠れもできない。


「え……お前……もしかして、秋葉、やないか……?」


 なんだよこれ……悪戯が過ぎるぞ、神様仏様。


「え? 古賀さん、秋葉君と知り合いなんですか?」


 岸田さんと上京さんが、きょとんとして視線を泳がせる。


「ひ、人違いですよ……」


「はは、そんな訳あらへんやろ。ひっさしぶりやなあ、元気にしとったんか?」


「いやまあ、はい……」


「まさかこんなとこで会うなんて、奇遇やなあ。最近は道場にも顔を出してないんやろ? みんな心配してるで」


「ねえ康生君、これって、どういうこと……?」


 やめて上京さん、そんな疑いの眼差しを向けないで下さい。


「こいつは俺の同門や。厳真会館のな」


 そう、この人は古賀将司こがまさし、空手道場厳真会館の兄弟子だ。

 そして、とっても顔を合わせにくい人なんだ。




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