誰も始まりは知りやしない
「そっち行った!」
「ええ」
大陸に横たわる山脈を超えた北方の地、白霧立ち込める森の中で魔物と戦う者が二人。
一人は入れ墨のように複雑怪奇な模様が肌に入った青年、もう一人は生気のない白い肌をした女性であった。
「駄目よ、生きて返さないわ」
女が空を握ると、遠くで魔物の首が見えざる手に掴まれ、絞められていく。
そのまま魔物の身体から力が抜けたのを確認すると、女は手を開いた。
「本当に、魔物ってどこから来るのかしら。どこにでも出るのだから困ってしまうわ」
「いきなり村の中に出たりするし……今日はまだ森だからよかったけど」
青年はブツブツ呟きながら、魔物の血抜きを進める。解体していくと、獣と獣をかけ合わせたような奇妙な様子がよく分かる。
「特に食べられるわけでもないし……本当に迷惑なんだよな……っと、これでよし」
血抜きを済ませ、臓腑を手早く取り出し終えたら地面に埋めて《浄化》の魔法をかける。この《浄化》をしておかなければ、後々疫病の元となる……と北の地では言い伝えられている。
それがどのような根拠の元で残された伝承かはわからないが、ずっとそうしてきたから従っている。そういうものであった。
「そうね、山脈を超えた南の国々でもAbyssに難儀しているのだから、苦労もきっと同じはずね」
袋詰がすでに山程乗っている荷車を見ながら、女は溜め息をついた。
「流石に荷車に積み切れなくなりそう、そろそろ帰りましょう。一番大事なのは死なないこと、そうでしょう?」
「いやそれおねーさんが言います?」
ようやく、女がクスリと笑った。
女は不死種と区分される、端的に言えば何者かの屍体を依り代に生きる種族である。その本体は精霊種に近しい、実体を持たない種族だ。
青年は人類種ではあるが、古来から続く独自の魔法形式を持った民族である。不死種のことは、良き隣人として捉えている。
「じゃあ、行きましょっか。今日狩った分をなんとかしないとですし」
そうして青年が荷車を引き、女は隣を歩きながら村へと帰っていく。
所在不明、規模不明、解決方法も当然不明。
Abyss_Ⅰの脅威は全てに等しく降り注ぐ。
その脅威への抗い方は、実に様々であった。
「お、帰ってきたか。魔物は狩れたかー?」
「ぼちぼち、解体し終わったら祭壇を使うからちょっと言っといてよ」
「おーよー!」
この村では、不死種が多く住んでいる。村の者が亡くなれば、その屍体を借り受ける代わりに朽ちるその時まで守り抜く。代わりに村野者は不死種を歓迎し、共に暮らしていく。
そんな共存と約束の関係で、この村は成り立っている。
それは決して、この村だけの話ではない。
北の地の様々なところで、様々な種が共存している。探せば不死種が住む他の村や街も見つかることだろう。
「そういやおねーさんみたいな不死種ってさ、次に身体を貰うのは誰、とか順番って決まっているわけ?」
解体所まで荷車を運び、袋詰にした魔物の死体を運び込みながら、青年は質問を投げかける。
「いえ、一番身体に合う子が行くことになっているの。そんなこと聞くなんて、そんなに不死種のことが気になるかしら?」
青年はうーん、と少し考えてから返答する。
「気になるっていうか、一緒に暮らしてるのに知らないってのもなんだかなって。一応約束事の他は干渉しないってかんじで皆やってるけどさ、知るぐらいいいよねって思うんだけど」
手際良く魔物から皮を剥いでいく姿を見て、女は微笑んだ。
「そうね、干渉しない決まりだけど知ることまで禁忌ではないわ。実際、私も人類種の婚姻と生殖を知っているし、それで咎められたこともないわ」
知ることは悪ではない、知るだけでは知識はなんの力も持たない、故にそれを罰することはできないのだ。
「精霊種、妖精種、不死種……あと誰がいたかしら……。そういった魔力そのものが本体の種族はね、環境の変化にとても弱いのよ」
そんな語りに、青年は作業を勧めながら耳を傾ける。
「その中でも、肉体を手に入れることで生き抜いたのが妖精種と不死種なの。妖精種は、魔物の肉体を自分たちで加工して自分たちの身体に仕立て上げるの。だから彼らって、実は強いのよ?」
魔力を使い、魔法を行使する。
その技術において、『魔法の神種』に相当するものを除けば精霊種や妖精種等が最も強力に行使することができる。
彼らは魔力そのものであり、つまりは自らの命を削って魔法を行使することであり……それだけ強いということである。
「魔物はいい材料なのよ、欲しい部位は揃っているし、何より誰も取って怒らないでしょう?命を賭ける分、彼らは自由なの」
「それじゃあ、妖精が可愛い姿が多いのって」
「今の流行りよ、流行り」
流行という概念が妖精にもあるのか……と思いながら、青年は解体した魔物を部位ごとに仕分けていく。
魔道具に使用する魔力管、儀式や時間をかけて構築する設置式魔法用として骨や歯など、そしてそれ以外の部位だ。
「不死種は人類種を初めとした肉体の死体を借りるから、自由ではないけれど便利ではあるわ。どれだけ老いた体でもね、無防備な本体を晒すより安全なの。若ければこうしてお手伝いもできる。でも喜ばしいことではないわね」
女は心臓のない胸に手を当てた。
臓腑はどうしても真っ先に朽ちていく、そのため抜いてしまうのだ。
魔物の死体と同じように。
「彼女ももっと生きたかったかもしれない、けれどそれは叶えられないわ。できることは、この体をもう少し動かしてあげることだけよ」
目を伏せた女を見ながら、青年は最後の仕分けを終えて片付けを始めた。
「何だか不思議な感じだな、異種族にそう思われるなんて」
「憐憫は人類の特権ではないのよ」
行きましょう、と女が促す。
向かう先は村に置かれている祭壇だ。
魔物の肉は、神種に捧げられる。
それは最早信仰と呼ぶには日常に溶け込みすぎている行為だ。信心があるわけでなくとも、自然とそうするもの、習慣の類に近しい。
神種に肉を捧げ、祈りでその存在を知らせる。訪れる神種はその場で肉をむさぼり食う者も入れば、どこかへと持ち去るものもいる。
訪れる神種が、何から成るのかは誰も知らない。そこを意識する必要はない。
断片的な伝承を読み解いても、複数柱いるものだから区別もつかない。
だが、誰もがそれでいいとしていた。
この祈りが絶えることがなければ、それでいと。
「今日来ていたのは、なんだか恥ずかしそうにしていた気がするけど」
「そうね、きっと秘密の神種ではないかしら。隠れなければ秘密は見えてしまうもの」
祭壇に載せられた肉がすっかり空になったことを確認して、二人は家へと帰る。
日常の中の勤めを果たした今、良い1日だったと思いながら夜を迎えられそうだと感じながら。
ーーー
「……で、これはなんだ?」
「肉ですよ、魔物の肉の焼き串」
深淵調査隊を鍛える教官は、隊員から差し出された肉の串を見て訝しげな顔をしていた。
大陸を横断する山脈を挟んで南方のとある地、Abyss_Ⅲ 深淵区域付近も魔物が忍び込むことは度々ある。
特に泊まり込みで深淵を見張る部隊用の食料、これがあまりにも狙われるのだ。
なお、影よりは仕留めるのがまだ簡単だからといって、大体はその場で捕まえて焼き肉や焼串にしてしまうのだ。
「食べないんですか?教官」
「いや……そもそも私が住んでいたところでは、魔物食そのものが禁忌でだな……」
正気か?と言わんばかりの教官に、教え子である隊員たちはきょとんとした。
「南では割と有名なんですけどね」
「でも確かにそうだ、魔物の干し肉とかって外に出しても売れないって商隊の連中が言っていたな」
そのまま食生活の話に興味が逸れ、教官はホッと一息ついた。
(祖国とは丸っきり違う文化だ、同じ人類種とは到底思えない……)
だが、それが本気で嫌かと言われたら決してそうではない。
心底理解出来なくとも、相容れないものでも、隣に置いておくことが可能なはずだ。。
かつて率いた兵にも、南方出身者はいた。
その者にもどうしても理解できない文化の壁はあったが、それによって兵の足並みが瓦解したことはない。
必要な文化には染まること、必須ではないものには立ち入らないこと。
異国同士が同じ世界に存在できるのだ。
侵略心を自制すれば、異文化の共存は可能なはず。
(昔ならば、侵略して染め上げたところだが……)
皆の影に視線を落とす。
どれもこれも黒い色をした影の数々。
とっくの昔に皆同じものをもっているのに、これ以上何を欲するというのだろうか。
欲するものだ、真実を求めるのならば。
そんな希求の始まりは誰も知りやしない。
知りやしないのだ。
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