第3話 オッサン 黒歴史を残して死す

 でだ——冒頭の赤い世界に戻ってくるんだ。


 僕は今、アスファルトに寝転がり仰向けのはずさ。


 だというのに……


 あの初恋のお天気キャスターは『今日は晴天です♪』って言ってたはずだが、燃えるように真っ赤……ではなくて、多分、赤と青が混ざってるな。紫色に見えるぞ。

 正直、気持ち悪い。

 天気予報が外れてますよ。紫色の曇り空って天変地異がどうして予報できないんだ。無能かよ——って考えてたらムカムカしてきて萎えてきたな。


 はいッ——早朝のメンタルケア終了……僕はもう、あの女には恋をしない。


 まぁ、それよりも……



「——ゴッフゥッ!!」



 僕は暖かい液体を吐いた。おそらく血だろう。

 さっきから身体の感覚はなく、視界の赤にはノイズが走ってる。



「コヒュぅ……コヒュぅ……」


 

 息も上手く吸えない。胸の辺りに大きな針でも刺したかのような変な感触がある。肋骨でも折れて肺にでも刺さっているのだろうか?

 まぁ〜〜考えるまでもなく今の状況——まず、間違いなく重症だってのは自ずと気付けるさ。



(あぁ……これは、たぶん死んだな〜〜)



 だが、不思議と思考はクリアなんだよな。死の事実を受け入れて達観すらしてんだもんよ。

 死が差し迫ると人間ってやっぱり力が出るもんなのかな? それともアドレナリンか?

 理由は何にせよ。僕は死ぬことが確定してしまった。十中八九。

 さて、この残りの時間で僕はどうするべきか? 誰か、通行人にでも頼んで両親に遺言でも残すか? いや、何て残していいかまったく思いつかないから、やっぱ無し。


 と、死の淵でくだらねぇ〜思考を巡らせているとだ。



「——ッ……お、おじさん? ——オジサンッ!?」


(……ん?)



 1人の女の子が僕の顔を覗き込んできた。


 僕が助けた、さっきの小学生だ。


 多分胸を揺すりながら覗いてきている。身体の感覚がねぇ〜から断定はできないけど……少女の身体の揺れ具合から察するに間違いないとは思う。

 てか、死期が早まるから安静にさせてくれよ……って皮肉は言わぬが仏か? 注意するために口開くだけでも体力使っちゃいそうだし、この少女の心も傷つけかねん。ここは黙っておこう。



「うぅぅ……おじしゃんッ!? グスンッ!! おじしゃんッッッ!!」


(あらまぁ〜〜ボロボロ泣いちゃって……これって僕のため?)



 幼気な少女に僕の死を悲しんでもらえるなんて……あぁ、光栄なことだこと。

 この心にくる暖かさ。ああ〜〜これが、父親の気持ちってヤツなのだろうか? 父親やったことね〜〜からわからんがな。

 ただ……さっきから僕の顔に大粒の涙が滴ってるんだが? オマケに鼻水も……汚ねぇ〜〜な!? 贅沢言うなら、僕の顔をグショグショにしないで欲しい。


 ん? 少女の汗、涙、鼻水は聖水?


 変な幻聴が聞こえるぞ。心に巣食う悪魔はどうやら変態だったようだな。


 だが……

 

 この子はこんなにも大声で泣いているってことは、どうやら無事だったみたいだ。助けて正解か?

 僕は少しホッとしたよ。これで悔いなく死ねるってもんだ。

 次第にノイズの激しくなる視界からの情報でも、その子には大した怪我は確認できない。

 助かってくれて本当に良かった。


 でないと『オッサン』の死が無駄になってしまうからさ。


 死を悟ったオッサン——死ぬ前に幼女に抱きつき巻き添えにする……な〜んて報道が後日されてみろ。僕は死んでも死に切れないぞ?


 にしても……



「——イヤだよ。おじしゃん!! 死んじゃやだよ! うわぁあああんッッ!!!!」


(すっげぇ〜〜泣きじゃくるじゃん? この子……??)



 薄れゆく意識の中——その子の顔を観察してみれば、凄く可愛らしい顔立ちをしてるんだ。ドラマの子役とかできそうなほど。涙、鼻水で台無しではあるがな。

 きっと、将来はコレでもか〜〜って程の別嬪べっぴんさんになってることだろう。僕みたいなパッとしねぇ〜〜オッサンよりよっぽど価値がありそうだ。

 人間を容姿だけで価値決めるって『倫理観どうした?』って話だけど、僕の率直な感想はそんなところだから仕方ないさ。

 

 でも——


 あぁ……だったら、勿体無いなぁ……



「——ッえ!? お、おじしゃん?」



 視界に少女の顔に触れる僕の手が映り込む。客観的に言ってるのは手に感覚がないから、でも何とか動かせた。

 すると、その子はギョッとしてから、その存在を確かめるかのように優しく手に触れた。その感触を実感するために。



「可愛い……顔が、勿体無い……笑って……くれよ。泣かないで——君には……涙は似合わない」

「……え?」



 気づくと僕は歯が浮くようなセリフを吐露してやがる。一体、どうした!?


 まぁ……思ったことを口から吐き出したんだが、死ぬ直前に黒歴史を作るべきではなかったとすぐ後悔したさ。

 こういうのはイケメンが言うからこそいいんだよ。

 若い子はそれで『キャーキャー』黄色い声を飛ばすモンだ。

 僕みたいなオッサンが言った際には『イヤァーー!!』と悲鳴が上がってしまう。


 だが……後悔したってもう遅い。



「——おじしゃんッッッ!?」



 その瞬間——視界に急速にノイズが走り始め、意識も薄れていく。彼女の顔が見えなくなってしまった。

 これは無理して喋ったせいかな?



(あぁ……ここまでか……チクショウ……)



 せめてもの抵抗で、笑顔は絶やさない。恥ずかしい最後の言葉を吐き捨てた事実を隠すため、せめて様になって死んでやるって思ってよ。

 照れてアタフタしながらなんて、格好悪い死に方はできないだろう?

 恥の上塗りはこれ以上いらない。せめて堂々と潔くこの世とお別れしようじゃないか。



 ……ッおじ、しゃん!?



 ……ッ…じ……ゃん!!??



 …………ッ!!??



 …………



 僕を呼ぶ少女の悲鳴が遠のいた。


 海の底にでもゆっくりと沈んでいくような気分だ。



 さようなら……人生……



 そして……さらばだ! 名も知らぬ少女よ……!!



 もし……



 来世で会ったなら……



 お礼に僕のお嫁さんにでもなってくれたまえ……!!


 


 って……未練タラタラか僕は……



 チクショウ……





 

 




 

 

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