勇者の恩返し〜〜オッサン、死んで目醒めたら勇者が僕にベタ惚れです〜〜

バゑサミコ酢

第1章 死と出会いとダンジョン脱出?

第1話 幼女よ! オッサンに元気を分けてくれ!!

 クソ……なんだコレ……



「おい!? 誰かぁあ! 救急車呼べぇぇ!!」



 身体中が痛い。オマケに動かせない? 


 僕は確か仕事に向かう途中だったと思ったが……


 どうしてこんなことになってるんだ?



「ふぇぇ……うっぐぅ……えっぐ……うぇぇん……」



 耳鳴りが喧しいぐらいに煩いと言うのに、僕の鼓膜は周囲の雑音ばかりを拾って仕方がない。


 子供の泣き声? 泣きじゃくってる奴は誰だ?


 それに救急車って……誰か事故にでもあったのか?



 ——ッ?! あ……いや……



 僕はゆっくりと重たい瞼を持ち上げる。すると視界が赤い。そして硬いアスファルトに寝そべったまま自分の右手を見ると、さらに赤々と染まってしまっているではないか。


 あぁ……そうか……



 事故に遭ったのは僕か——?





 僕はただの会社員だった。桐ヶ谷健吾きりがやけんご。42歳、独身。天パがチャームなルックスもパッとしねぇ〜〜“オッサン”をやっている。

 さ〜〜て、いきなりだが、『オッサンをやってる』って自己紹介は何だろうか? 自分で言ってて笑えてくるな。

 親の金で大学出て、無難な会社でヒラヒラしてるオッサン。それがわたしだ。

 今日も、いつものルーティンで出勤していたはずだ。

 ヨレタスーツ戦闘服で身を包み家を出る。最寄りの駅から満員電車にもみくちゃ揺られ、そのまま改札口を出た。駅の南口を出て……目の前の大きな交差点を渡ろうとする。パッとしねぇ〜オッサンを絵に描いたような通勤風景だ。

 だが、信号が赤だったから、立ち止まってそれを待っていた。

 ふとスマホを取り出して、何気なく経済のニュースなんかを眺めながら。



「おい。マジか……あのニュースキャスター結婚するのか?! ファンだったのに……オゥ〜ジィーザスぅぅ……」


 

 直前までほぼ無心だったのに、絶望する事実を知って……朝から憂鬱さ。

 さ〜て、今日の会社戦場では満足に戦えるだろうか? ぜって〜集中できないだろうな。



「はぁぁ……」



 大きなため息を吐き捨てて、スマホをスーツのポケットにしまった。臭い物に蓋をする現実逃避のような所作。

 それに、時期に信号も青になるだろうとも思っての反射運動。理性の一部を無意識にそっちに割いたのだ。


 すると……



「ねぇねぇ♪ 鶴ちゃん! 今日の学校の課題、どうだった? 難しくなかった?」

「課題? あんなの片手間だよ? 全然難しくなんてなかったよ」

「ほえ〜〜?! これだから天才って奴は……」

「全然、そんなことないよ」

「おまけに謙虚!? 嫌味か!」

「なにそれ? 漫画のセリフ?」



 僕の鼓膜は、たまたま目の前で同じく信号待ちをしていた小学生。2人の女の子がキャッキャと盛り上がる会話を拾った。

 なぜ、小学生と判断したのかは、赤いランドセルを背負っていたから——その赤々とした屈託のない光沢は鞄の傷が少ない事を証明する。そして、この子達の背丈は小さい。おそらくは低学年だろう。

 ただ、その2人は私服……ではなく、お揃いのぴっちりとした紺の制服に身を包んでいた。これは信号を超えた先にあるお嬢様学校の制服なんだろう。そう予想を立てた。

 実際に見た事はなかったが、そんな学校があると知ってたからな。消去法でそうだと決めつけた。まぁ、どうでもいい推理だよ。



「ねぇ〜ねぇ〜お願い! 後で見せて!」

「もう、結局それが目的でしょう?」

「えへへ……バレた?」

「いつものことなんだもん。当然でしょう?」

「い〜でしょう? ねぇ〜鶴ちゃ〜ん! お願〜〜い♪」

「はぁ……分かったよ」

「——わぁ〜〜い! “鶴ちゃん”! マジ“謝意”! ほんと“最高”! 可愛い“ツンデレ”! 略して——鶴ちゃん射殺!」

「どうしてそんな略し方したのッ?!」



 別にこの子達に何か思ったりなんてしてないさ。

 オッサンが幼女を舐め回すように見つめるのは事件的な『香りフレグランス』が漂うが……あいにく、僕は清楚でグラマラスな女性がタイプだ。決してロリコンではない。

 強いて言えば……そう、あのニュースキャスターのような……。

 だから、間違いを犯したりしないのさ。だが、再び心を抉る事を思い出した。僕の心はとっくにズタズタだというのに。


 誰か……誰でもいい……癒しを……癒しをくれぇ〜〜ッ!?


 この子達に注目したのは、本当にたまたまだ。

 俺はこの後、戦場への道のりをメンタルケアに全力を注がなくてはならない。ネットの爆大ニュースに心を痛めた後だからだ。

 でだ……こう元気な子達を見ると、こっちまで心が洗われるような気分になったりするだろ?

 元気を分けてもらえないかと思って、つい観察したんだよ。意外と精神的に安らぎを得られるモノなんだ〜〜コレが〜〜。

 ただ……小学生に元気を分けて貰えないと戦えない40代のオッサンって……僕って情けねぇ〜なぁ〜! 余計なダメージを負っただけだった。



 おッス! オラ健吾! 幼女よ! オッサンに元気を分けてくれ!!



 ……ってか?


 何それ、死にてぇぇ〜〜……!?


 誰か、誰でもいい……僕を……僕を殺してくれぇぇ……


 と、心を抉る自慰行為を繰り返しているとだ。



 パッポ〜♪ パッポ〜♪



 唐突に信号が青に変わった事を伝える馴染みあるメロディーが流れてきた。

 周りに居た人間は、それに合わせて前進し、横断歩道に足を踏み入れる人の流れが形成される。僕はそれに逆らうことなく従った。これは至って自然なことだろう。



「……あ!? 鶴ちゃん先行ってて! 靴ひも解けちゃった!?」

「うん! 分かった。向こう側で待ってるよ!」



 あの子達もこの流れを共にしてるかと思ったら、1人は手前で立ち往生してるみたいだな。僕は何気なく1人我先にと飛んでく赤いランドセルを目で追ってた。

 まったく、子供って元気だな。少し、そのアグレッシブさを分けて欲しい……ッてこんなことばかり考えてると、エンドレスで心を痛めるだけか。もう、考えるのをよそう。

 ここは今日の就業内容でも今のうちに頭にまとめておこうか。そのほうが、少しはマシだろう。今日の仕事戦いのためにも、気力回復のためにも。これは合理的な考え方に基づいている。

 そして精神を真面目に色塗り出したのが、横断歩道を1/3ほど渡った所だった。


 その時だ。



 ——ファァァアアアアアア!!!!



 突然のクラクション音が鳴る。




 

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