あわわっ! 準安定解が崩壊しちゃう!
風見 悠馬
予期せぬ衝突
カンターラ恒星系は、オレンジ色の主星カンターラを中心に、五つの惑星が公転していた。内側から順に、メリア(0.4天文単位)、アストラ(0.7天文単位)、キオン(1.5天文単位)、デネブ(2.8天文単位)、そしてソリス(5.2天文単位)である。特に第三惑星キオンは、その特異な性質で知られていた。
キオンの自転軸は、その質量による重力四重極モーメントと、主星からの潮汐力の複雑な相互作用により、41,000年周期の歳差運動に加えて、1,000年周期の不規則な揺らぎを示していた。これは、系の長期安定性に微妙な影響を及ぼす要素となっていた。
「いっけなーい、ちこくちこく!」
キオンは自身の重力場を変調させ、その波動を恒星系空間に放射した。10^-3ヘルツ帯の重力波は、光速で伝播し、8分後にはデネブにも届く。
「もー、キオンったら! 自転軸の制御、またサボってるでしょ?」
第四惑星デネブからの重力波が、幾何学的に整然としたパターンで返ってきた。デネブの重力波制御能力は、その巨大な質量(17地球質量)を活かし、系内でも一、二を争う精密さで知られている。
「だってぇ、歳差運動が急に加速しちゃって...あれ?」
キオンの重力波が突如乱れた。自転軸の予期せぬ変動が、軌道計算に誤差を生じさせていたのだ。近傍を通過していた周期彗星との相対位置関係が、理論値から0.03天文単位(約450万キロメートル)ずれている。
「うわわわわ!」
重力場の急激な変動が検出された。キオン(質量2.5地球質量)と彗星の質量中心間距離は臨界値を下回り、両者の物理的な衝突は不可避となった。衝突時の相対速度は秒速31.4キロメートル。
轟音も閃光もない。真空中での衝突は、ただ重力場と磁場の激しい擾乱として観測された。キオンの磁気圏は一時的に収縮し、表面温度が局所的に1000ケルビン上昇する。
「いったぁー!」
キオンの重力波が歪な波形で発振される。衝突により生じた破片の一部が、キオンの重力圏(ヒル半径約100万キロメートル)内に捕獲された。質量約7.34×10^22キログラム、直径およそ1,737キロメートルの不規則な形状を持つ氷質天体。この瞬間、新たな衛星が誕生した。
「あ、あれ? わたし...どこですか?」
微弱ながら、捕獲された天体から初めての重力波(周波数10^-4ヘルツ)が発信された。
「おめでとう! キオンの衛星として歓迎します。私たちで名前を考えましょう。ルナはどう?」
デネブの重力波が、新たな天体を温かく包み込んだ。
「ルナ...素敵なお名前です」
一方、カンターラ恒星系の重力場分布は、この予期せぬ衝突により新たな準安定状態へと移行しつつあった。キオンを中心とした二体問題(摂動のない場合の解析解が存在する)として近似できた系は、今や三体問題(一般解が存在しない)の複雑さを内包することとなる。その力学的帰結は、誰にも予測できない。
特に、ルナの不規則な形状による非球対称な重力場は、単純な摂動理論では記述できない複雑な力学的効果をもたらすことになる。キオンの自転軸歳差運動との共鳴も、予期せぬ振る舞いを示す可能性があった。
「大丈夫かしら...」
カンターラの懸念を示す磁気フレアが、橙色の閃光となって宇宙空間に放射された。
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