第30話私たちの新しい始まり

 戦いから数日後、今まで遊び暮らしていたロヴィナは人が変わったように、アール王国の戦後処理の陣頭指揮を取っている。


 町を歩けば、焼け残った瓦礫や乾いた血の跡が生々しく広がっている。そんな血なまぐさい中でも人々はたくましく動き回っていた。教会は朝から晩まで葬儀が行われ、喪服を着た人々と作業着姿の人々が入り混じっている。

 町は復興への熱気と大切な人を失った悲しみで満ちていた。


 町には多くのテントが張られ、人々は家が建つまでの間、そこで暮らしている。

 一部ではすでに家の建築作業も始まった。アール王国の冬は厳しく、テントで過ごすことは不可能だからだ。


 危篤だったクララ王妃は一時的に目を覚まし、息子の変貌ぶりと焼け野原となった町に驚いて茫然自失となっていた。

 しかし、ロヴィナの仕事ぶりに満足した彼女は、宰相や大臣とこれから王になる息子へ諸々のことを引き継いだ後、静かに息を引き取った。


 なんて、最期まで責任感に溢れた女性なのだろう。


 そして、私とデメルングの面々はレーヌの町と同様に、英雄としてもてはやされていた。

 王宮を歩くと、誰もが私たちに平伏する。

 あのニアですら、嫌悪感をあらわにしながら、「リーゼロッテ様。ご機嫌うるわしゅう」と私に言うようになったのだ。


 以前なら、「ぶっ殺してやるわよ、泥棒猫!」と威勢よくわめき散らかしていたというのに。

 前みたいにイキっていいのよ、あんた。そっちのほうが面白いから。


 アルフォンスが感心しながら、

「君の英雄になるというデマカセがこの国でも現実になったぞ」

「そうですわね。私は本来はスプーンとナイフより重いものを持ったことがないか弱い乙女なのに」

「何を言ってるんだ。悪いものでも食ったのか。君の神経は大木よりも太いぞ。か弱いなんて偽るな。詐欺罪で捕まるぞ」

「まぁ、ひどい」

 私は肩をすくめた。


 アール王国での用事も終わったから、いつまでもここにいてもつまらないだけなのだが、私たちはここにいなければいけない事情があった。


 ロヴィナがやって来て、

「やっと俺の即位式の日取りが決まったぜ。即位式が終わったあとはすぐに国内を巡幸だ。頼んだぜ、踊り手様!」

「お任せください」

 私は当然と言わんばかりに淡々と頷いた。


 オットー侯爵とムスカによる不作の呪いは解かれたから、今年からそれなりの収穫量を確保できるだろう。

 だが、長年、不作に苦しんできた国民の不安や心配は尽きないため、私がロヴィナの巡幸に付き従う形で、豊作の舞を踊ることとなったのだ。


 ヴェンデルガルトも豊穣神との交渉を終え、無事に力を貸してもらえることになった。


 女神を降ろした私が豊作の舞を踊れば、国民も安心するだろうし、ロヴィナへの畏敬も高まるという計算だ。


 国民の多くはオットーの処刑を望んでいるが、ロヴィナも私たちも絶対そんなことはしないため、私が踊ることで国民の怒りを反らす役目もある。


 死を救いと信望しているオットーにとって、死は刑ではなくてご褒美だ。だからこそ、私たちが唯一与えられる罰は生かすことのみである。だからこそ、安易に処刑なんてさせるつもりはない。


 ヒルデベルトがロヴィナに、

「あんたはオットーやムスカたちを結局どうするの?」

「叔父さんはどっかの山奥の城の個室で死ぬまで謹慎さ。ムスカとその一味は炭鉱送りで死ぬまで労働だな。あとは国内に残っていると思われるベーゼ教徒を取り締まる」

「それがいい」

 アルフォンスが頷いた。


 ベーゼ教は死こそ救いであり、自分のことを棚に上げて他者を殺すことが大切な教義だ。野放しにしてはおけない。


 数日後にはロヴィナの即位式が行われ、そこで私たちは戦いの報奨として、私は伯爵位を、アルフォンスたちは男爵位を得た。


 まさか、グランツ王国の貴族を剥奪された私が、隣国の貴族になるとはね。

 感慨深い。


 私はデメルングの面々におどけながら言った。

「あなたたち、もう悪いことできませんわよ」


 本来のデメルングは、グランツ王国の転覆を狙っているテロリスト集団だから、とてもじゃないが、太陽の下を堂々と歩いていい連中ではないのだ。


 カスパーも神妙そうに、

「そうだな。人生、どうなるかわかったものじゃないな」

 モーリッツが、

「……悪いことしたら、捕まる?」

「爵位がなくてもそれは当然なんだぞ。でも、俺たちは捕まらないように気をつけながら、あえてそれをしてるんだ」

 カスパーが念を押すように説明する。

 よくわかってるじゃありませんの。


 そして、即位式が終わったからすぐに巡幸だ。

 旅は見たことのない風景や食べ物ばかりでとても刺激的だった。


 どこに行っても、私を一目見ようと人が押しかけてきて大盛況だ。

 私は各地で大勢の観衆が見守る中、踊りまくった。


 私の踊りで、色褪せていた植物たちはきれいな緑色になり、生き生きしているように見える。

 夜は夜で、各地の領主が開く晩餐会への参加だ。


 ロヴィナが気を使って、私を休ませようとしたが、各地の領主たちは神の踊り手との食事会をなんとしてでも開きたいらしく、譲らないのだ。


 私と食事をしたところで、なんの箔付けにもならないのに。


 だが、侯爵令嬢だった頃の華やかな時のことも思い出せた。

 もっとも、この記憶の中には私と縁を切ったセバスチャンや、私を断罪したテオバルトとマーヤも混ざっているから、少し心にトゲが刺さったような複雑な気分にもなった。


 巡幸ではあるのだが、私の日々はとっても楽しい。


 滞在する城での晩餐会も終わり、私はテラスでアルフォンスと座っていた。

 彼は湯気が立つハーブティーを片手に、魔法でテーブルの上に照明として小さな光の玉を発生させた。

 辺りには庭の花の甘い香りに混じって、ハーブティーの爽やかな香りも漂う。


 アルフォンスが感心しながら、

「君の体力はすごいな。日中のほとんどを踊っているのに、夜になってもとっても元気だ」

「すごいですわよね。私の体力」

 私が笑って答えると、彼は真剣な表情で、

「君の動きも肉体も変わったのは、君がレーヌの町で魔石を破壊して、目が覚めてからだった」

「そうですわね」


 アルフォンスはとっくに気づいていた。それを私も知っていた。

「君はオットーとの戦いの時、自分のことを神人と名乗ったが、それが関係しているのか?」


 前に、アルフォンスに私が転生者なのだと教えた時、一笑に付されたことを思い出した。

 だが、神人の話は決して一笑には付さないだろう。


「私はレーヌで魔石を破壊した時、死んだのです」

 アルフォンスが驚きで目を見開くと同時に、納得したように頷いた。あの状況下で生きていることがおかしいのだから、当然だろう。

 私は淡々と事実を続ける。


「しかしながら、私は死ななかった。ヴェンデルガルトが神の力で私が死なないように延命したからです。その後、私は完全に蘇るために、体に膨大な神力を注ぐ必要がありました。ヴェンデルガルトに注がれた結果、私は人ならざる存在となった。いわゆる神人ですわ」

「……神人」

「多少、飲まず食わずでも平気ですし、疲れもあまり感じません。普通の人間とは体の時の流れが違うのでしょう。なにせ、千年は生きるらしいですから」

「随分と長く生きられるようになったんだな」

 アルフォンスは困ったように苦笑した。


 だから、言いたくなかったのだ。

 かなり強いけれど、実際は普通の女の子と思われていたかったのだ。

 私が、人ではないと驚かせたくなかったのだ。


 でも、勘が人よりも何倍も鋭いアルフォンスを、いつまでも騙し続けることはできない。ただ、彼なら、いつまでも騙され続けてはくれただろう。


 彼のそんな優しさに甘えていたくはない。私の言葉で後悔するのもわかっていたけれど、仲間だからこそ誠実でありたい。


 しかし、彼の後悔は私が思っていたよりも深かった。

 私は苦笑しながら、

「知りたがったのはあなたですわ」

「そうだな。俺は君がどんな時でもピンピンしてる理由を知りたかった」

「満足しましたか?」

「逆に後悔してる。俺の手には負えないな」

 彼は困ったように首を横に振って、苦笑した。

 私は微笑んだ。

「それで結構ですわ」


 私は、椅子から立ち上がって告げた。

「私はこの旅が終わったら、海の向こうへと行ってみようと思いますの。色々な所を旅して、色々なものを見て、色々なものを食べて、楽しもうと思います」

「最近の君は金銭感覚もしっかりしてきたし、どこへ行っても大丈夫だろう」

「もちろん。もうパンに十万は払いませんわ」

 アルフォンスは笑った。


「だから、あと少しであなたと私は永遠のお別れ。今の話を聞かなかったことにしてもいいのですわよ。少しだけ、あなたにとっての私は、この世から消えるのですわ」

「すごい理屈だ」


 私は満面の笑みで、

「あなたたちとの旅はとっても楽しかったですよ」

「そうか。なら、良かった」


 アルフォンスたちはこの巡幸が終わったら、国へ戻って、またグランツ王国の国家簒奪を目指すのだ。


 彼らの復讐心はそれほどまでに強いものだから。

 

 アルフォンスは少し待っていろと言って、どこかに行ってしまった。

 戻ってきたら地図を持っていて、一緒に私の旅の計画を考えてくれた。


 彼が指差した、聞いたことのない町や国の名前に、期待と好奇心が膨らんだ。


 でも、その旅の計画が現実になることはなかった。


 この時はまだ知る由もなかったんだ。

 グランツ王国が、義弟のセバスチャンが、王太子のテオバルトが、聖女のマーヤがあんなことになるなんて。

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