第10話レーヌの町防衛戦の始まり

 町に迫ってくる魔物の形や大きさは様々だが圧倒的な数だ。数えることはこんなんだが千体は優に超えていて、空を飛んでくるものいれば地面を走るものもいる。


 魔物たちの後方はどす黒い巨大な霧で一帯が覆われている。あれが瘴気だ。町からはかなりの距離があるのだが、それでも目に見えてしまう。


 瘴気の中心には瘴気と魔物を発生させる魔石がある。


 なんて巨大な瘴気が発生してしまったんだろう。正直、戦慄している。そして、その巨大な瘴気をあっさりと消滅させることができる聖女の偉大さにも、畏敬の念を禁じ得ない。


 三十年前に聖女がいれば、国中に瘴気が発生し、魔物が大量出現して国中に多大な被害をもたらしたグランツの悲劇も少しはマシになったはずだ。


 多くの人々が町の外壁に登り、迫りくる魔物の海を眺め、恐怖と不安、怒りと絶望に震えている。


 私はカスパーに無理やり着せられたピンク色の防具に身を包み、ピンク色の剣を手に持ちながら、街の外壁から魔物と人々を見つめていた。


 本当は紫色の武具が良かったのだが、カスパーが、

「紫色よりピンクだ! ほら、レースとリボンがついていて可愛いぞ! 世の中にはこういうのが着たくても着れない人間がいるんだぞ! たとえば、身長二メートルの男とか」


 あのさ、着たい服を着てもいいんだよ。身長二メートルの大男がフリフリの服を着て……ごめん。そうだよね。無理だよね。

 覗き目当てに女装して女子トイレか女風呂に侵入しようとしている犯罪者にしか見えないもんね。


 デメルングは国家転覆を目指す悪の組織であって、女子トイレや女子風呂に侵入する痴漢犯罪集団じゃないもんね。


 私の防具の不満をよそに人々は嘆きの嗚咽を上げだしている。


 私は少しでも勇気づけるために叫んだ。

「私たちは少ない時間だけ耐え凌げばいいのです! 聖女様は必ず来ます! それまでの辛抱です!」


 私は三十年前に瘴気を破壊することができたアンブロス家の血筋ということで、人々は私にある種の希望を見出している。

 だから、私が叫んだ途端、「そうだ」「その通りだ!」と気持ちを持ち直してくれた。


 たとえ、聖女じゃない貴族を除籍されたような非力な人間の言葉だとしても、この非常時にはすがりたくなるものなのだろう。


 瘴気は突然現れ、時間が経つと勝手に消えるが、いつ消えるのかは全くわからない。瘴気の中心にはどす黒く輝く魔石があり、それを破壊することでも瘴気を消すことができるが、破壊手段は叩き割ることのみ。


 叩き割る人間は当然、大量の瘴気を浴びることになるため、生命力が削られてしまう。


 なぜ、このどす黒く輝く魔石が突然現れ、瘴気を放出するのかすら謎なのだが、今、理由はどうでもいい。


 押し寄せる魔物たちは罠や堀によって多少、進行が緩んだのだが、魔物の死体を踏みにじりどんどんやって来る。


 罠と堀を超えてきた魔物たちをカスパーの号令とともに、即席の兵となった市民たちが弓を射かけ、魔術師たちが攻撃魔法を撃ち出す。


 兵士たちは夜明けと日没を目安に入れ替わり戦う手筈となっている。


 モーリッツは精霊たちを三メートルもの巨人の姿にして魔物たちを攻撃する。巨人は魔物たちを踏み潰したり薙ぎ払ったりしていく。

 他にも精霊を出現させ、見えない障壁を発生させて空中からの魔物の攻撃も防いでいる。


 複数の精霊を行使しているせいか体力が目に見えて消耗していっているように見える。大丈夫だろうか。


 モーリッツが夜明けから日没まで、アルフォンスが日没から夜明けまでを受け持つから今はアルフォンスはいない。


 弓や攻撃魔法をかいくぐってきた魔物たちを冒険者ギルド所属の冒険者や街に残っていた僅かな兵力や自警団たちで倒していく。もちろん、カスパーもその中にいる。


 町を覆う壁の上でロヴィナが持っていたハープを鳴らしながら、冒険者や兵士たち前衛をバフし、私は踊ることで魔術師たちやロヴィナ、モーリッツの魔力と兵士たちの傷を回復させる。


 兵士たちの回復には私以外にも神官たちも行っているが、人数が少ないため、最前線の兵士たちに回復が充分に行き渡らない。


 すでに倒れかけているものもいる。

 ただでさえ、少ない人数なのだ。

 兵の減少を止めなければまずい。


 これでは戦線がいつ崩れてもおかしくない。


 私が踊っている場所では最前線で戦う冒険者たちに回復が届かない。ロヴィナの歌によるバフは前衛の兵士たちに届いてはいるのだが……。効果範囲が違うのだろう。


 確実に前衛を回復させるには私も前に行くしかない。


 私は梯子を伝って下に降りて、前線へと踊りながら向かう。


 私に気づいたカスパーが慌てて、「危ないぞ!」と私を止めようとするが、私は叫んだ。

「止めないで! 前衛の兵士たちに確実に回復を届けるには私が前に出るしかありませんわ!」

 カスパーはそれを聞いて、出そうとした手を引っ込めた。その代わり、私を守りながら戦うことにしたようだ。


 私の踊りで、常に確実に傷が回復されているからかカスパーは先程よりも豪快に敵へと突っ込み、まるで特攻のような戦い方をしている。


 なんだかんだで、デメルングの面々って人がいいわよね。

 だって、そうでしょ?

 彼らにとって私はもうとっくに利用価値はないのだから。


 私はそう思いながら、戦場を前へ後ろへと移動しながら踊り続けた。

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