ドライフルーツに水を!
『俺は、そもそも大した人間じゃありませんからね。』
悲しいほどにはやく過ぎていく年月を数えるのはやめよう。俺は、そう思いながら、昔に聴いた流行り歌を口ずさみながら、終わってしまった物語について考えていた。『俺は、そもそも大した人間じゃありませんからね、我鳴るような声で唄いだしたって、現実ひとつ、砕けませんからね。』『わかりますか、カミサマ、俺の昼夜は苦しい感覚だけで終わってしまう』
道路にはすみれが、春のはじめを告げるようにちらほら、咲いていました。俺は、花咲く季節をもういちど通過することが出来るか? 俺は、いちどでも自身の花を咲かせたことがあっただろうか……、この町は酸素が薄いんだ。この町で生きるには、緋鯉みたいに口をパクパクパクパクさせながら、少しづつ沈んでいくがいいさ……、『馬鹿だ、俺は……』
『新しいものが始まる、という感覚が俺にはないんだ、何も、信じられない、ということもないんだが、なんだか、日々が溶けてしまったような感覚があるんだよ。起きて、寝るだけ。』
『鈍感な、感性を抱えて、俺はなにを産み出そうとしているのか、俺の心は赤い玻璃、俺の心は青い傘……、空想さえも誰かの似姿だ、俺は、歌っていろ。この世の陳腐になりきっちまうまで。』
沈黙は金。ということを俺は信じていない。そんな単純な警句を、俺は信じない。しゃべりまくれ、俺。そうブツブツ言いながら、男は道路をふらふら進んでいった。彼にとっては、面白いものは全て詐術に見えた。桜の花は散り散りばらばらになったトイレットペーパーに見えた。
美しいものよ! 今後一切俺の前にあらわれてくるな!
俺のあたらしい夜を照らすために。そう言って俺は脱皮の夢を見る。俺がもう一度、恋を捧げられるような思想がどこにあるだろうね? 俺の心には水が足りないんだ。瑞々しい果実のような言葉に、俺は餓え切っているんだよ。俺はハラペコな青虫だ。穴だらけになったこの星を、俺はもう一度喰らおうとして言うのか。
『……だぁ! うるさい! 言葉が脳の中でぶんぶんぶんぶん飛んでいやがる!』
俺は、大嫌いな人間の大嫌いな言葉を思い出しながら、それを決して口に出すまいと口を噤んだ。彼がどんな言葉を思い出したかは、それは読者には内緒である。沈黙は確かに金だ。
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