その二
梢と久子は、新作小説についての意見交換をしていた。久子が用意した企画書と手書きプロットを見ながら、梢は感心するように、
「西園寺先生の頭の中って、どうなってるんですか? こんな濃密な恋愛関係描いたら、先生のファンが増えるのは間違いないですよ」
久子のプロットを見て、梢は生々しい展開が妙にリアリティがあり、ディスカッションを重ねていけば、久子の筆力ならば壮大な恋愛模様が描けると感じていた。
「頭の中は大したことないわよ。これは、私の体験がモデルになってるの」
「え……?」
中年女性が社交ダンスの相手となった年下男性と禁断の恋に落ちるという内容のプロットを見た梢だったが、頭の中が混乱していた。
「体験って言うのは……?」
「この歳になって独身で良かったって思えたわ。読者が私の作品を読んで疑似体験をしてもらうためには、ちゃんと実体験を書かないと、リアリティがないからね」
「あの……まさか西園寺先生って、作品のために……?」
梢は恐る恐る問いかけた。
「若い男に抱かれるのって、ドーパミンがドバドバ出て良いものよ。これで作品が書けるんだもの、一石二鳥じゃない」
久子の爆弾発言に、梢はポカンと口を開けたままだった。
「どうしたの?」
「いえ……ちょっと、情報の整理がつかなかったので」
「作品のために、恋愛経験しようとする小説家なんて、公表しないだけでいくらでもいるんじゃないかしら」
「そうですかね……」
梢の中で、ふと笑理の顔が思い浮かんだ。久子と同じように恋愛小説を執筆する笑理も、もしかしたら作品のために自分に告白をして、付き合い始めたのだろうかと考えてしまった。
「眉間に皺寄ってるわよ」
久子に言われ、梢は慌てて額をこすった。
「プロットありがとうございました。まずは出版会議に向けて、進めていきましょう」
「よろしくね」
呑気そうに帰っていく久子を梢は頭を下げて見送ったが、胸中は穏やかではなかった。
新聞小説の連載も受け持っている笑理は、書斎兼作業部屋でひたすらパソコン画面に向き合っていた。通常の小説と違い、文字数がある程度限られ、読者が離れないような構成が問われるため、笑理の集中力は既存作品とは比べ物にならないほどだった。
『借りてた本、いつ返しに行けば良いですか?』
と、梢からのLINEが届いたのは、そんな時だった。
『明後日なら大丈夫だよ』
梢の心境を知らない笑理は、一言返信をすると再び作業に取り掛かった。
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