武装解除


「武装解除だ、早くしろ」


 傷んだバラック小屋の前で、カミース上下にアフガンストールの、典型的なガレスチナ・ゲリラは言った。


「身に付けている銃や弾薬を地面に置くんだ、全部だぞ」


 アフガンストールに表情を隠した男は眼だけで、砂礫されきに覆われた大地を示した。黄色く乾燥した砂塵さじんの吹きすぎる、ガレスチナの大地。


「みんな言うとおりにしろ」


 隊長のトラビスが、小さく言った。ルナ達は眼で頷くと、三人はそれぞれに腰のベルトに固定してある革製のホルスターから、サーベルを鞘ごと抜き取った。


 そう、四人はサーベルを佩いていた。


 サーベルや銃剣が戦場から消えて、既に久しかった。歩兵の持つ兵器は、通常はライフル。しかしそれすらも、フルオートの突撃銃が出回るようになってからは、時代遅れな印象となっていた。


 まして「サーベル」ということになると、それはもはや兵器、というよりは装飾品であり、例えば地域の武装勢力の長老が、かつて自らが戦士だった「証」として身に付ける、そういうたぐいのシロモノだった。


「サーベルじゃない」


 カミースの兵士は言った。


「ライフルだ、ライフルを置け、サーベルはいい」


 ハハハ ………、そんな数人の笑い声が、周囲まわりから疎らに聞こえた。しかし四人は、ハッとなって、驚いたように、砂色のカミースを見た。サーベルはいい、と言われたのが意外だ、とその表情は語っていた。或いは「聞き間違いでは?」と、耳を疑っているようにも見えた。


 武装解除を指示されて「サーベルはいい」――― その意味が、解らない。


 それぞれ違う方向を見ていた四人の、計八個の赤い色の瞳が、一瞬で、そのカミースの男の顔面に集まった。


 息が止まった。瞬きが、できなくなった。


 スナイパーの構える狙撃用ライフルの照準に捕捉されてしまった、そんな身動きが取れない程の、切迫した何か、を感じたのだ。理由など無い。本能が察知する、生命の危機 ―――


 隊商のトラック三台を護衛していた民兵・四人。見慣れない、灼眼の民族。四人ともサーベルを佩き、しかもうち二人は、まだ子供 ………


 若い兵士の双眸そうぼうには、憤怒が、そして誇りプライドが、はっきりと表れていた。


 背の高い少女の眼にも、反抗と拒絶とが、鋭く、そして冷たくひらめいていた。


 しかし少年の瞳の中には、大きな疑問符が、分かりやすく浮かんでいた。「この人はなんでそんなことを言うんだろう?」といったふうな。


 そして隊長の、細められた双眸に浮かぶ、――― あざけりの色。その色彩は軽侮を通り越し、見ようによっては獰猛かつ残忍、ですらあった。


 しかし、それも一瞬だった。


「早くしろ、言うとおりにするんだ」


 最初に視線を下に落としたトラビスがつまらなそうに言う。グリフィスと、フランチェスカと、ルナは、いったん彼に視線を集めたが、すぐに視線を外し、それぞれの作業に戻った。サーベルをホルスターに固定し直し、ライフルを、砂礫の上に置いた。


「軍装用のベストもだ」とカミース。


「ちっ」

「フランっ!」


 検問の兵士の指示に、フランが小さく舌打ちし、ルナが慌ててたしなめる。


 軍装用のベストにはポケットがたくさん付いていて、通常はそこにライフル弾や拳銃、ナイフなどを格納・装着する。しかしルナとフランのは、もちろん何も入っていなくて、入っているのは携行食である堅焼きのビスケットと、氷砂糖くらいのものだった。地面なんかに置いて、蟻にたかられないか心配だったが、今は、言うとおりにするしか無かった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る