第5話 チート開示は突然に


 村の入り口近くの家に案内された。


「ハグリス王子、寒くないんですかぁ?」


 目のやり場に困りながら、村娘、フィオが言った。


「ああ、このくらいなんともない」


 俺は王子の演技上、堂々と立っていた。確かに夜は冷えそうなものだが、不思議と寒くない。むしろ火照りや高揚感すら覚える。不思議な感覚だ。


「ド変態」


 しぃちゃんがぼそっと言った。聞こえてんぞ?


「すいません、名乗りおくれましたぁ。私はフィオと言います」



「うむ、苦しゅうないぞ。フィオ、あとで必ず褒美をつかわすからな」



 王子トークを続けた。合っているかはわからない。


「お風呂、沸かしますね」


 家に着くなり、気を効かしてフィオが言ってくれた。せっかくだし、好意に甘えることにしよう。


「お、マジィ? 悪いねえ!」


 言うが早いが、しぃちゃんが上着を脱ぎにかかった。っておぉい、ここで!?


「あれえ、はぐり、どうした赤くなっちゃってぇ」


 しぃちゃんが意地悪そうに笑う。


「う、う、うるせえわ。はしたないやつだな」


「素っ裸のおまえにだけは言われたくないし」


 それはぐうの音も出ねえなあ。


「ちょっと夜風にあたってくる」


 俺は赤くなった顔を見られまいと、家の外に出た。


 ったくけしからん娘だぜ。でもサキュバスってあんな感じなのかなあ。


 なんとなく歩くと、裏に小川が流れていた。


 満月が映っている。


「しかし異世界ねえ。マジでそんなものがあるんだねえ」


 何気なく見下ろした水面を見て、俺が一瞬、固まった。


 え? 誰?


 そこには見たこともないほどに顎がとがってる金髪王子の顔が映っていた。


 ほっぺをペシペシする。これ、もしかして、俺ぇ?


 確かに追い詰められた俺はスパダリを願った。イケメンだったら、もしかして許されるのではないかといちるの望みをかけたのだ。


「変身スキル持ちかあ」


 はぐれメルトだもんな、変身くらいできるかあ……できたっけ?


 しかしフィオが容易く信じたのも、このイケメン面であることが大いに働いたに違いない。いいなあ、イケメン。


 しかし油断してると元の冴えないハグリ・カツヒコの顔に戻ってしまう気がする。両頬を叩いて気合い入れると、フィオん家に戻った。


 ちょうど風呂から上がってきたしぃちゃんが、結った洗い髪で上機嫌に言った。パジャマの肩や首からはまだ湯気が出てる。


「おっ先ぃ」


「へいへい、じゃ残り湯をいただきますかね」


 木製の浴槽から湯気が漏れ出している。


 木桶で何度か体を洗ってから、ざぶんと一気に飛び込んだ。



 はああ、沁みるねえ。ちょっとぬるいけど、ありがたい。


「ハグリス王子さま、湯加減はいかがですかぁ?」


 フィオの声がする。鍋に沸かしたお湯を入れて、持ってきてくれた。


「あ、悪い悪い。フィオは気がきくね」


 俺が微笑むと、フィオは顔を赤くして「それほどでも」と小さく言った。


 うーん、俺がイケメン王子だからなのか、この娘がちょろすぎるのか。


「でも、王子様に会えるなんて、夢見たいです」


 乙女の顔で言った。まあ田舎の一村娘にとってはそうだろう。


 こういうときの王子トークって何かなあ。考えても出てこないので、俺はぼーっとしてた。フィオはそのままうっとりしていたが、やがて気づいて、鍋のお湯を風呂に足す。



「あ、あんがとね」



 ぜんぜん王子っぽくなく言ってからかき回すと、ちょうどいい温度になった。いや、ちょっと熱めかもしんないけど、疲れた体にはこの方がいい。


 俺は手で顔を拭う。ぬるりとした感触がする。


 ん? ぬるり? なんで?


「おうじ……様?」


 フィオが初めて会った時のように目を見開いていた。こちらを指さして、


「と、と、」


「と?」


「溶けてますぅ! 王子様の顔が、溶けてますぅぅぅぅ!」


「え? え!? えええええぇぇぇ!?」


 よく見ると体が全体的にゲル状になってきている!


 そうか、スライムの一種だから、熱いお湯で溶けるのかあああ!


 俺は慌ててお湯から出ようとして、足が滑って風呂の中に落ちた。


 ざばああああああ……!!


「王子様ぁ!?」


 やべえ、なんかすげえ、体が薄まってく感じがするぅぅ!


 俺はなんとか風呂から這い出て、風呂場に倒れ込んだ。自分の体がみょうにべちゃあっと、横に広がってく感じがする。


「ヒェェェェ! 王子様が完全に溶けちゃったですぅぅぅ! なんでぇぇぇ?」


「ちょちょちょ、フィオちゃんちょっと落ち着いて」


「きゃあああ、化け物ぉ!」


 まあ、落ち着けるわけないよねえ。フィオは逃げ出そうとして、薄まった俺の体を踏んで盛大にすべった。


 エルボーが俺の鳩尾に決まる。


 グェ。と、同時に、


<フィオははぐりに1のダメージを与えた!>


 ナレーションが頭の中に響いた。うわ、今のカウントされんの?


 確か、俺のHPって3だったよね。つまりあと2回、エルボーくらったら死ぬの? 俺?


 しかし俺の疑問を掻き消すように、盛大にファンファーレの音が鳴り響く。


 テレレレ…テッテッテーーーーーー!!!


「うっせええええ」


<フィオはレベルが上がった!>


「は?」


「ふぇ?」


 このナレーターはフィオにも聞こえてるらしかった。


「この音、なん……?」


 テレレレ…テッテッテーーーーーー!!!


<フィオはレベルが上がった!>


 再びファンファーレが鳴り響く。だがまだまだ終わらない。


 テレレレ! テレレレ!


 連続で鳴り響き、鳴り止むことを知らない。


「なんですかなんですか? これなんなんですかあああ!?」


「わかんねえ! けどなんかすげー聞いたことある! この音!」


 俺がはぐれメルトだから、ダメージ与えると経験値がめっちゃ入るってことか?


 それにしてもレベル上がりすぎだろ!


「なになに? めっちゃうっさいんだけど! 何が起きてんのぉ!?」

 


 叩き起こされたしぃちゃんが不機嫌そうにやってきた。その後も、静かな村に響き渡るファンファーレは鳴り止むことを知らない。


 何事かと家族が飛び起き、近所の村の人も集まってくる。


 それでもファンファーレは繰り返され続けた。


 ややあって最後のファンファーレが鳴り響いたあと、沈黙が訪れた。


 固唾を飲んで見守る村人たちと、床にへたり込んだフィオ。


 その頭の上には、<むらむすめレベル31>と書かれていた。

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