タバコの匂いのする夏

@zennosuke

第1話タバコの匂いのする夏

 タバコの匂いのする夏

  娘

 「パパ!ゾウさんに餌あげたい!にんじんかって!6歳までは入園料無料なんだから!!ね?いいでしょ?」あんなに大きなゾウさんはどうやってご飯食べるんだろう。そう思っておねだりしてみると、「いーやダメだ!なぜならパパは金がない!」なぜかすごいドヤ顔で返されてしまった。「嘘つき!じゃあ、どうやって入園したの?」「そんなもん素通りだ!」そんなことを話しながら動物園を回っていると、向こうのほうからママが走ってきた。なんであんなにあわててるんだろう。「あ、やべぇ、ごめんママにバレたらやばいから、もう、行くな、また一年後会おう。」「うん!じゃあね」パパにバイバイしてママの方に走っていくとママは泣いていた。「まま、涙こぼれてるよ。もったいないよ、うちは貧乏なんだから。」ママは、涙を拭きながら「心配するでしょ?なんでいわないの?動物園に行きたかったら、私が連れて行くから。」と言った。どうしてママはこんなに心配してるんだろう。そんなことを思いながらおててを繋いでおうちに帰った。

 

 一年後

 パパ

「今年もタバコでいいんですか?ほんっと変わってますね。普通お線香とかお花なのに。お嫁さん、くさいって言ってましたよ。いいですか?日付が変わる前に戻ってきてくださいよ。ルールは絶対ですからね。」くどくどうるさい、そう思いながら返した。「うるせっぇなぁ、何回やんだよこのくだり、わかったから。このエスカレーター長いんだよ、イラつかせんな。お前はそんなんだからスーツなんだよ。」そう言って暑苦しいスーツを煙たそうに見たら、「スーツ今関係ないでしょうが。それに僕は好きでスーツ着てるんです。」そう言うので教えてやった。「スーツや制服の類を好きで着てるやつなんてこの世にもあの世にもいねぇんだよ。お前は騙されてる。」そうこうしているうちに地上に着いたので、エスカレーターからおりた。

 娘

 「あんた、お留守番できる?」お出かけの準備をしながらママは私に聞いた。「もちろ ん!ゆよーだよ。もう7歳だもん!」涙脆いママは泣きながら「余裕ねー。もうお姉さんだねぇ。すごいねぇ。そんなに早く成長する必要ないんだよ?」仕方ないなぁ。そう思ってママの涙を拭いて、「ママ涙こぼれてるよ、もったいないよ、うちは貧乏なんだから。」と言った。ようやく泣き止んだママは、かかとがとんがったお靴を履き「行ってきまーす」そう言ってガチャっと鍵をかけ、お買い物に行った。

 それからしばらくして、金髪でサングラスのパパがおうちに来た。「よお!久しぶりだな。元気にしてたか?」お酒でガラガラの声で私に聞いてきた。「パパ!元気だよ!今年も暑いねぇ。」そう言ってパパに抱きつくと、「そんなもん、男は気合でなんとかしろ!」そんなことを言ってきた。「私、女だもん!」パパは豪快に笑いながら「わりいわりい。女ならしょうがねえな。あー、あちぃ。そういや、今年から小学生だろ!どれランドセルからって見せてみろ」私は急いでランドセルを背負いながら「どお?可愛いでしょ!パパがおうちに帰ってきたら毎日見れるんだよ?タバコ買いに行ったきりいつまでも、帰ってこないからママ怒ってたよ!」と言ってみた。パパはヤクザみたいな顔をくしゃくしゃにして笑いながら言った。「無理だ、一年に一回しか会えない約束だろ?その代わり去年は、動物園連れてってやったじゃねえか。今年はどっか行きてえとこねえの?」またそんなことを言うパパに「だめだよ!パパとお出かけしたらママにすごい怒られるんだからね!」そう注意をしたら、パパは至極残念そうな顔をして「なんだよ、信用ねえなぁ」と言った。「その代わりパパお洗濯手伝って!1人じゃ届かないから。」申し訳なくなって、そう言うと、パパはすごくびっくりして「お前洗濯とかすんのか?すげえなあ、誰に似たんだか」「ママだよ。」「即答かよ!」パパはお顔をくしゃくしゃにして笑った。パパはお顔が忙しいなぁ、そんなことを考えながらお洗濯を続けた。1時間ほど経ってようやく洗濯が終わったころ、パパは「じゃあ、そろそろ俺は帰るからな。また来年も会おうな。大切に生きるんだぞ!人間いつ死ぬかわかんないからな!後悔が残ってたらおばけになっちゃうぞぉ!来年もタバコの匂いで来るから!」パパはおどろおどろしい口調でそんなことを言いながら玄関の鍵を開けてまた何処か遠くへ帰るのだった。「また来年も会えるかなぁ」そうつぶやいて、ほぉっとため息を吐きながら夕日に向かって飛びたっていく赤とんぼを見ていた。

 ママ

 よし!買い物終わり。貴方が帰らぬ人になって早2年、私はあの子のママを本当の意味で全うできてい るのだろうか。一人で考えながら車を運転していると赤とんぼの大群が赤黄色の夕焼けに照らされながら、滑空していた。それをみて、そういえば今日はお盆だったなぁ、帰ったら1人でお留守番頑張ってくれている娘と二人でパパに挨拶しなきゃな。「去年はあの子1人で動物園に行ったりして大変だったのよ。しかも、私たちが初めてデートしたあの動物園に。本当不思議なことってあるのね。あの子ったらあんたと一緒にいたなんて言うのよ。」そんな風に頭の中で赤いマルボロを買いに行って帰ってこなかった夫と心の中で話す帰路。お盆は本当に貴方が帰ってきたんじゃないかな、そう思えて大好きな行事になった。

 家の鍵を開けて入ろうとしたら開いていた。「こら、勝手に玄関の鍵開けちゃダメって言ってるでしょ。あら、タバコの匂い。くさい!」そう言って窓を開けていると、もう7歳の娘は「パパがさっき帰ったんだもん。」なんだかついさっきよりもさらに大人びた口調でそう言った。「また、そんなこと言って、なんでもかんでも、死人のせいにしちゃいけません!あれ?私お洗濯していったっけ?」ふと、干してある洗濯物を見てつぶやいた。すると、娘は得意げな顔をして「私がやったよ!」ほんとにあの人に似てるなそう思いながら「また変なことを言って、1人じゃこの物干しに届かないでしょ。全く誰に似たんだか。」というと、娘は顔をくしゃくしゃにして笑いながらいった、「それ、パパも言ってた!ママに似たんだよあたし。」

                おしまい

                

                 

                  

                   

 その後

 パパ


「お盆だけのルールとか、ほんとにやってらんねえよな」


 目の前にはどこまでも続く列と、相変わらずぶっきらぼうなエスカレーターがあった。両側には同じように列を成した人々が無言で進んでいる。「ご先祖さまもこうやって帰ったんですか?」なんて尋ねても、係員のスーツは返事をしなかった。まあ、いいんだけどな、と苦笑しながら俺も列の後ろに並んだ。


 見上げると、ぼんやりした薄明かりがこの狭い空間を照らしている。どうやらここは「仮の帰り道」ってやつらしい。俺も他の誰も、ここでは自分が何者だったかとか、どこから来たかとかは特に問わず、ただお盆に「帰る」ための通過点として存在している。けれど、その先にあるものを、俺は知っていた。


「あの子、まだ元気かなあ…」


 ふと呟くと、前の係員がちらりとこちらを見た。彼は静かに頷き、手に持っていた名簿のようなものに目を落とした。いまさら考えても仕方がないが、娘にはまだまだ教えたいこと、見せたいことがあった。もうすっかり成長しただろうか、彼女にとって、俺がどんな風に映っているのか…そんなことを考えた。もう、俺の時間は止まっているけどな。


 娘


「パパ、また来年も帰ってくるんでしょ?」


 真夜中にぽつりとそう言うと、何も答えずにニヤッと笑うパパがそこにいた。ほんと、タバコくさいんだから。


 毎年お盆が近づくと、ママが「パパに会えるかもしれないね」と小さく言う。そうやって笑っているけれど、ママの声にはどこかさみしさが混じっている気がする。お家に帰るときも、「パパがいるかもね」と思うだけで、ママも私も少しだけ嬉しくなる。ふたりでただ夕焼けの中で歩くだけなのに、その一歩一歩が何か特別なことに思えた。


 赤とんぼが飛ぶ頃になると、遠くからパパが帰ってきて、またタバコの匂いがする。どうやら私たちだけが知っている秘密みたいだった。最近まで当たり前だと思っていたことだけどじつはそうではないらしい。


 ママ


 車の窓から見えた赤とんぼの群れが遠くへ飛び去っていく。貴方が見ているなら、ちゃんと娘の成長を見届けてほしい。毎年、お盆の夕暮れになるとそんな願望のような温かな気持ちが心をそっと包み込む。

 

「行ってらっしゃい」と娘に手を振ると、彼女も赤とんぼみたいに小さな手を振ってくれる。ふと空を見上げつつ、天国で見てくれているであろう貴方に、今年も私たちは元気に生きてるんだよ、だから心配しないでね。紅く眩しい夕焼けに向かってそう嘯きつつ照れ隠しのように彼女に手を振りかえした。             

               

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