Ⅸ 王都への帰還②
王都に戻る途中でウルイがいたところとは別のオアシス都市で休憩をとった。
浮遊移動車は小部屋のようになっていて簡易ベッドもあるが、せっかくなら宿に泊まって戻ろうとライが提案してきた。
来るときとは違って前後を軍用浮遊移動車が警護しての移動だが、皆が快く賛同してくれた。
「夕食は宿じゃなくて、ここのオアシスで人気のレストランを予約したよ」
浮遊移動車に乗っていると活動量が減ってお腹が空かない。夕刻にオアシス入りして、まずはオアシス内の散策を楽しんだ。
このオアシスは保護動物をオアシス内で飼育している。その自然公園には野生では生きるのに難しい動物がいる。小動物の愛らしさに癒される時間だった。
大型肉食獣もいるらしいが、襲われた恐怖があるから小動物だけ見て回った。自然公園内を歩いて運動にもなった。
トイレのためにライが席を外している間に一緒に行動しているサードに声をかけてみた。
「あの、サードさん」
「はい、ウルイ様。何でしょう」
サードは怖い顔をしているが話しかけると優しく目線を合わせてくれる。特にライがいない時はニコニコしてくれる。
「筋肉隆々になるには、どうしたら良いでしょうか」
ニコニコ顔のサードが首を傾けて『ん?』と言わんばかりの顔をした。数回瞬きをしてサードの顔が真っすぐに戻った。
「失礼しました。ライ参謀をこれ以上逞しくするおつもりですか?」
「いえ、僕が、皆さんのようになりたくて」
途端にブハっと吹きだす声が周りから聞こえて驚いた。いつの間にか身辺警護についていたライの部下たちが数名後ろにいた。
ウルイが振り向くと、「申しわけありません」と真顔に戻るが、頬がヒクヒクしている。
「ウルイ様は、逞しくなりたいのですか」
サードが優しく聞いてくれる。
「はい。ライと並ぶ皆さんはカッコいいので、そうなりたくて」
サードの頬が紅くなり口元を手で隠す。気分でも悪いのかと心配になった。「可愛い……」と後ろから声がした。再び振り返ると護衛兵も頬を染めていた。
「ウルイ様、そういったお褒めの言葉は嬉しいのですが、ライ参謀の前では控えていただけますか?」
褒める言葉と聞いてウルイは首を傾けた。
ウルイはサードを褒める言葉など使っていなかったはずだ。よく分からないけれど、一応コクリと頷いておいた。
そうしているうちにライが戻ってきた。途端にサードは姿勢を正し、顔つきがいつもの怖い顔に戻った。
「見ていたぞ。サード、ウルイに近づいたな」
ライが怖い顔をする。
「ほんの少し会話をしただけです」
ウルイの頭の上で睨み合うような二人を交互に眺めた。ふと見れば、先ほど近くに居た身辺護衛たちは二メートルほど離れたいつもの位置に戻っていた。
「ライ、僕がサードさんに聞きたいことがあったから」
「そうなのか? ウルイ、聞きたいことは俺に聞けばいいからね」
ライが微笑みながらウルイの腰に手を回してきた。ウルイはライを見上げた。
ライは少し機嫌が悪くなると密着したがる。やはり顔つきが少し固い。こんな時、ウルイは黙ってライに従う。
本当は人前で密着するのは恥ずかしいけれど我慢する。
オアシス端にある自然公園から馬車に乗り、中心街に移動した。どこもオアシスは中心に行くほど華やかだ。
「ウルイ、ここで食事しよう」
小さな店の前でライが馬車を止めた。馬車を降りて店の名前を見た瞬間にウルイの心臓がドキッとした。
「ライ、もしかして、ここって……」
ライを見上げれば微笑みながらコクっと頷いてくれる。
店の名前は『水色キッチン』だ。ウルイは嬉しくてライに抱き着いた。胸がいっぱいで恥ずかしいという思いは吹き飛んでいた。
「ライ! ありがとう! 大好きだ!」
「はぁ? は、はいぃ?」
ライが素っ頓狂な声を上げていたが、水色キッチンのオーナーが店を開いていた喜びが大きすぎて、全く気にならなかった。
胸が高鳴っていて、自分が何を言ったのかも覚えていなかった。
だが、気持ちが落ち着くと、どんな顔をしてオーナーに会えばいいのか分からなくなった。ライから離れてウルイはその場に静止した。
「どうかした?」
ライに顔を覗き込まれた。
「うん。どの面下げて来たんだって怒られる、かな」
正直に答えると、ライの大きな手がウルイの頭を撫でる。
「大丈夫だと思うよ。じゃ、俺の後ろに隠れておいで」
不安な気持ちには勝てず、ウルイはライの影に入り込んだ。
ガチャリと入り口ドアを開けると『カランコロン』と来店を知らせる鐘が鳴る。
「は~い、いらっしゃいませ」
女性スタッフが対応してくれて店内に案内された。オーナーは見当たらない。少し緊張の糸が緩んだ。
席について一息つくと、店員が水とメニューを持ってテーブルに来た。コトンとテーブルに水が置かれた。
「いらっしゃい、ウルイ」
声が掛けられてハッと顔を上げた。ウルイの横にオーナーが立っていた。
ウルイはどう声をかければ良いのか分からず口をパクパクさせた。そんなウルイにオーナーがニコリと微笑み、ライと挨拶を交わし始めた。
その様子を見守りながら、ウルイは決意を固めた。
「では注文を承りました。少々お待ちください」
「オーナー、あの……」
立ち去ろうとするオーナーを呼び止めた。
「ウルイ、なんだ? オメガ様になったお前はもう雇ってやらんぞ」
「いえ、僕がいたせいで、嫌な思いをさせてしまって、すみません。お店、ごめんなさい」
こんな謝罪しても意味がないのかもしれない。すでにオーナーの前の店は潰れてしまった。それでもウルイは頭を下げずにはいられなかった。
「おいおい、やめてくれ。ウルイは何を思ったか知らないけどな、店を閉めたのは俺の責任だ。俺はウルイの頑張るところが気に入っていたんだ。だからな、ウルイを悪く言うならウチの店に来るなぁって何回か客に啖呵きったんだ。ま、客にそんな事をすれば店は繁盛しないよな」
ははは、とオーナーが笑った。ウルイはただオーナーを見つめた。
「俺は後悔していないさ。もともと自分の決めた正義のもとに生きて行くのがモットーだ。そして、今はこの店を大きくするために奮闘中だ。どうだ? 前ほどの大きさじゃないが、いい店だろう?」
オーナーに言われてウルイはコクコクと頷きを返した。感動でそれ以上何も言えなかった。
「じゃ、料理と飲み物持ってくるからな」
オーナーはキッチンに消えて行った。
「ウルイ、良かったね。ウルイを大切に思ってくれていたね」
ライの声に涙がジワリと滲む。温かい涙だ。目元をそっと拭ってライと微笑み合う。
「よし、たくさん食べよう。ライは水色キッチンの味は知っている? オーナーがレシピ作っていて、本当に美味しいんだ」
「そうか。適当におススメを頼んだが、ウルイの好きなのを追加しよう。持って帰ってもいいよ」
沢山注文してサードにも食べてもらった。全部を「美味しい」と笑いながら食べた。楽しくて嬉しくて最高な食事だった。
護衛兵の分のテイクアウト弁当をライが注文した。気前よくお金を使うライを見ると、伯爵公だなぁと感じた。
帰るときにオーナーが「また、顔を見せにおいで」と見送ってくれた。オーナーが優しく笑ってくれていた。必ず立ち寄ることを約束して店を後にした。
店から宿まで歩いた。街頭や店の灯りがキラキラ輝いて見えた。
心が温かくて、隣を歩くライの手にそっと触れてみた。
ライが目線だけウルイに向けた。ライのたれ目が優しくウルイを見つめている。
心に温かいものが溢れ続けてウルイはライの手をそっと握った。熱くて大きな手だ。この手に『ありがとう』が伝わるように願った。
ライは時々ウルイに視線を向けて、嬉しそうに微笑んでいた。
その後は各地のオアシス都市を楽しみながら王都まで五日かけて戻った。
少し距離が出来ていたように感じたライとの距離が、いつの間にか元に戻った。ギクシャクするよりこの方が良い。
ウルイは発情期以外に性的な事はしないと心に誓った。
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