6―4 イントリーゲ 罠
「やあやあ、また会ったね、雑草刈り業者の皆さん」
涼森奇左衛門が片手を挙げて満面の笑みを見せた。前歯の隙間がキラーン、と輝いた。LEDだ。
「誰や、オバハン」
敵兵は一斉にコケかけたが、踏みとどまった。
「酷いなあ、これまで何回戦ったと思ってるんだい、暴虐の死神魔女=海王ちゃん」
「コラ、誰が亡国の美少女やねん。ウチは……なんやったっけ?」
今度はシュニッターの隊員たちがコケかけた。
「ギャルオバサン、またやられに来たのか? ザコ丸出しだな」
恋音は銀色の櫛を奇左衛門に向けて笑った。
「これまでの戦闘でしっかりデータが取れた。しかも、いい実験材料が手に入ったおかげで、コイツらみんな活力満タンだ。若さ爆発! オロ……っと危ない。ザコとは違うのだよ、ザ……っと危ない。とにかく。君たちが思う壺に飛び込んでくれたのは僥倖である! この機を逃すつもりはない」
奇左衛門のスベり具合はいつも通りだが、確かに、兵士たちから立ち上る闘気が違った。夜月は秘密のサインを出した。シュニッターの隊員に緊張が走る。
夜月の右手が挙がった。静かに振り下ろす。隊員たちはスカーフベルトに軽く触れた。目が赤く光る。普段より何倍も強く。
おそらく何が起こったかも分からないうちに。ゾンダーゾルダートの兵士は次々に倒れていった。
「
「見事だ、忍夢。
「おいコラ、ゾンゾルの皆さん」海王が両手を腰に当てて仁王立ちになった。「この前より強いんは認めたる。そやけど、ウチらには追いつけんようやな」
ニヤッと笑った海王の頭上から大量の水が降り注いだ。放水車だ。
「え? え?」干しイカの剣が湿ってヘナヘナになっていく。「ちょ……やめーや、コラ」
「データは取れたと言ったろう? お嬢ちゃん」
奇左衛門の合図で、自動小銃の一斉射撃が海王に襲いかかる。干しイカの盾を展開したが、ふやけて役に立たない。海王は頭を抱えてしゃがんだ。
「無理、無理、無理……」
だが、銃弾は海王に届かない。忍夢が破氣ですべて止めた。
「それねえ、確かにやっかいなんだけど」奇左衛門は顎を撫でながらニヤついている。「破氣は精神力を消費する。だから、無限じゃないんだよね」
銃弾が雪崩を打って忍夢を目がけて飛んでくる。
「
「相変らず兵器の事になるとよくしゃべるね、忍夢くん。そんな余裕があるのかな」
奇左衛門は笑みを浮かべながら、近くの自販機で買った新発売の缶珈琲を飲んでいる。ブラックだ。10円足りなかったので、隊員に借りた。
「NATO規格に基づいた
「ウソやん、忍夢。いつまでも撃ち続けとうで、あいつら」
「よく見て、海王。撃ちつくした兵は速やかに後方に下って前列を交代している。そうする事で、切れ目のない射撃を延々と続けられるんだ。かつて織田信長が編み出し、武田信玄を打ち破った鉄砲の運用法、三段撃ちの現代版だと言えるかもしれない」
「歴史にも詳しいようだが。おしゃべりで気を紛らわせるつもりかな、無駄だと思うけどねえ」
缶珈琲をグイっと飲み干した奇左衛門は、空き缶を缶ビン専用ゴミ箱に投げた。外した。拾いに行って入れた。その間も破氣で必死に銃弾を防いでいる忍夢の顔が、徐々に苦しげなものに変わっていく。
「予想よりは根性があるみたいだね。二つの胸の膨らみは、ってか」
「分かる人おるんか、それの元ネタ」
「よく知ってたね、海王ちゃん。まだ生まれてなかったはずだけど。それはさておき」奇左衛門は忍夢の方を向いた。「さっき、ベッド爆弾の対処でかなり消耗したよね。しかも狂天極無破氣バズーカまで撃っちゃった。そろそろ限界なんじゃないかな」
奇左衛門の言う通り、忍夢の破氣シールドはどんどん薄くなっていく。銃弾のすべてを防げない。すり抜けた銃弾が忍夢の体にいくつもの傷を刻んでいった。守られている海王も無事ではない。だが、他の隊員も助けに入る余裕はなかった。
「病み上がりのオイテルペ=恋音くんは全方位一斉攻撃を得意とするが故に、忍夢くんよりさらに破氣の消耗が激しい。リュラは大食いだしね。だから積極的に前には出ないで、最後の〆だけ任される事が多いわけだ。破氣不足を補う為に、普段から髪を通じて櫛に破氣を溜め続けているんだろ? そのせいで髪が白くて病人みたいに顔色が悪いんだよね。一発で破氣を完全回復できる方法はあるけど」
「なぜそれを知っている」
「意凛に持たせてあったレーザーブレード式の秋影刀には小型マイクと送信機が仕込んである。あの娘は寝る時も手放さない。だから、たまに面白いものが聞けるんだよね。分かるだろ」
「何を言ってるのか分からないが。意凛は、お前にもらったものだからって、とても大切にしていた。それなのにお前は、そんな事をしていたのか。渡すわけにはいかないな」
恋音は意凛から託されたレーザーブレード式の秋影刀を奇左衛門に見せた。
「おや、君が持ってたのか。通信機能を切られたので、どこに行ったのか分からなかったんだが」
「意凛は何も言わずに僕にこれを差し出した。あんたに返して欲しいんだろうと思っていたが、そうじゃないようだ」
「返してくれなくていいよ、見たくもない。あいつは私の妹をミンチにした。いずれ罪を償わせるつもりでネタを集めてたんだ。まさか、敵の重要な情報をもたらしてくれるとは思わなかったけどね。まあ、意凛もこっちのヒミツをベラベラしゃべってたけど」
「意凛がクレイモアを起動させたのは、お前の命を助ける為だぞ」
「関係ないね。リミを
「僕と意凛の会話を聞いていたという事は、意凛が命令されるのを拒んだ理由も知ってたんじゃないか」
「もちろんだ。だから、敢えて命令したのさ。どちらが倒れても僥倖である! やたら戦闘力だけは高いから、壊すには惜しいオモチャだったんだが」
「貴様……幼なじみの、しかも妹の親友だった意凛を」奇左衛門を睨みつけた恋音は、ふいに眉を寄せた。「ちょっとマッタケ。その涙はなんだ、オバギャル」
「え……」
奇左衛門は顔に手をやった。困惑の表情で濡れた指先を見つめる。
「意凛の事をオモチャだなんだと言いながら、なぜ涙を流す」
「は、はは……。状況が楽勝過ぎてあくびが出たようだ」
「そんなわけ……」
「ついでだから教えてあげよう。君、意凛にヴェヒターの中にクラシック音楽界の実力者がいる、って言ったよね。いいヒントになった。捕まえて精神制御を仕込んだ。洗いざらい君たちの秘密を教えてくれたよ。弱点とか、いろいろね。しかも、ウソの情報を流して君たちをおびき寄せる役割まで果たしてくれた」
「……僕のせいなのか、今回の件はすべて」
恋音は唇を噛んで俯いた。
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと出せ、少年。出してしまえ、溜まっている破氣を。お姉さんが全部受け止めてあげるから、ありったけぶちまけろ。そして賢者のごとく果てるがいい」
奇左衛門に命じられた兵士から怒濤のように浴びせられる銃弾を、恋音はリュラの技で辛うじて凌いでいる。だが、いつまでもは持ち堪えられそうにない。
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