第2話 新兵器
「時刻は12時10分となりました。これより昼食と致します、皆さまは給仕たちの指示に従い、指定の席へお座りください」
そんな司会の放送が入ると、俺はまたしてもため息が出た。
「こんなところで食べても食べた気がしないって……」
戦場で食べる味の濃い缶詰とパサパサで硬いパンのセットの方が性に合っている。
さっき帽子を預かってくれた給仕が再び俺のことを誘導し、席に着かせる。
「し、失礼します」
その席には、先ほど叙勲されていたゲート大佐と、南部方面第31ライン大規模防衛軍団指揮官のヘルメン・ホト大将、南部方面第29ライン小規模攻勢軍団指揮官のヴァイター・ハイツ大将が席についていた。どなたも軍の中では有名な方々で、何を話していいか分からず、そもそも話していいのかも分からず、ただ何も置いていない机の上を見つめていた。
数分後、給仕たちが料理を持って会場へ入場、そのまま皿を置いていく。すでに多くのフォークとナイフが置いてある時点でなんとなく察してはいたが、どうやらコース料理が出されるようだ。俺はコース料理を実際に食べたことがなく、教養として教わっている程度のため、上手く食べられる自信がない。
そんな心の焦りが見えたのか、隣に座っていたゲート大佐が吹き出して、笑い始めた。
「少年、もしかしてコース料理は始めてか?」
周りの目が向かない程度の小さな声で、ゲート大佐は話しかけてくる。
「はい、お恥ずかしながら……」
顔を伏せながらそう返すと、正面に座っていたホト大将も薄く笑う。
「そんなに固くなるな、私たちも君と同じく軍人だ、こういう場は慣れていない」
「誰もお前のテーブルマナーを指摘したりなどしない、好きに食え」
ハイツ大将もそう言ってくれ、心の底から安心した。
食べている最中、御三方は戦場の話や情報交換を行い、俺にも話を振ってくれたおかげで、居心地の悪さを感じず昼食を終えられた。昼食の後もよくしてくれて、自分では考えつかないような作戦や武勇伝を聞き、普通の世間話などもすることが出来た。
「相変わらず物価は高いままだな。妻が嘆いていたよ」
ホト大将がため息交じりに話す。
「経済制裁は、着実に帝国にダメージを与えて来ていますね」
俺の相槌に、ホト大将は「まったくだ」と返す。
昨年ドライヒが行った、旧領土を奪還するための戦争を周辺諸国は非難し、それらの国とドライヒは敵対関係になった。その影響で、占領している土地を解放しない限り貿易を行わないとして、周辺諸国は、ドライヒに対して経済制裁を実施している。
「それを解決するために、ユーデリカと戦っているんじゃないか」
ゲート大佐は新聞を片手に、話へ参加してきた。
この国、ドライヒ帝国はユーデリカ連合国という大国と戦争状態にある。というのも、ユーデリカは、ドライヒが昨年戦争を行った国を保護する立場にあり、その責任を果たすべく、宣戦布告してきたのだ。
「こっちは戦争回避のために交渉を行ってきたと言うのに、ユーデリカと来たら、それを全部無視して侵攻してきやがった。まったく、とんだ野蛮な国だ」
ハイツ大将は不満を露わにして、ユーデリカを野蛮と非難する。
実際、会談は一方的にユーデリカが破棄し、こちらに侵攻を開始、戦争が始まった。経済制裁も、ユーデリカが行ったことに呼応して、他の国も開始したのだ。
「負けられない戦いだな、この戦争」
ゲート大佐の言葉に、大きく頷いた。
その後、酒が入った大将二人は、べらべらと軍上層部の話や新兵器の情報を上機嫌に語ってきた。正直、俺が聞いてもいいのか不安になる話もいくつかあった。
だが、扱う物を理解しなければ、最良の策など立てられる訳もない。『指揮官たるもの、扱う銃器兵器の詳細は頭に叩き込め』元師団長が言った言葉の一つだ。
この新兵器も、もしかしたら自分が指揮する部隊で使われるようになるかもしれない、そう考えたら、大将の新兵器の話はとても興味をそそられる話題だった。
「どうやら、開発部は新型の魔型戦車を開発しているみたいだぞ」
「新型……ですか?」
魔型と言うからには、魔晶石の魔力を原動力とするタイプの物。この国は、魔晶石の採掘量こそ少ないが、加工技術に優れている。その技術を生かし戦場では、魔型兵器と呼ばれる、通常兵器とは一線を画す兵器が多く存在している。
「名を《ガルム》。搭載する主砲サイズは従来の2倍、さらに連射性に優れた副砲も備えつつ、装甲も従来の1.7倍! さらに魔力によって障壁も張ることができる。とんだバケモンだろ?」
「しゅ、主砲サイズ2倍!?」
思わず手に持っていたジュースを零しそうになりながら、聞き返す。
「声が大きい」とホト大将に窘められ、慌てて周りを見渡す。どうやら、周囲の者たちはこちらを気にかけていないみたいだ。
「エンジンはどうなっているんです? 砲サイズが肥大化して副砲、装甲も増設なんてされたら、重量が凄まじいことになりますけど……動くんですか?」
重くなれば、それを動かすだけのよりハイパワーな動力源が必要となるのは必然だ。
ホト大将がニヤリと笑う。
「《ガルム》に搭載された新機構は新たな主砲、装甲だけじゃない、もちろんエンジンもだ。従来の物よりやや最高速度は落ちるが、より少量の魔晶石で、より強いトルク値を出すことができる、まさに《ガルム》のために生まれたようなエンジンが搭載されるみたいだぞ」
新機構を盛り込みまくった、新たな時代の戦車だな。随分開発部も張り切ったみたいだ。
「新型 《ガルム》か。そいつならユーデリカの《ニケ》や《ジャガー》の群れも、容易に圧倒できそうですね」
敵国の戦車の姿を思い浮かべる。
命中精度が高く、魔力系の攻撃を遮断する魔力障壁を持っているため打たれ強い《ニケ》、機動力、量産性に長け、物量と速度で戦線を圧迫する《ジャガー》、いずれも単騎での性能は、現在のドライヒ主力戦車より強いと言える相手ではない。だが、とにかく異常なまでに量が多い。
こちらが1輌の戦車を繰り出せば、向こうは50輌の戦車で迎え撃ってくる。いくら単騎の性能が良いとは言え、50倍の数的不利を覆せるような力は、現在の主力戦車にはない。
もし新型の《ガルム》が大将の言うとおりであれば、重装甲で敵の砲撃に複数発耐え、高火力の元一撃で敵を黙らせつつ、群がってくるようなら副砲で撃退する。
まさに1輌で戦況を覆すような車輛だ。そんな車輛なら、再び開戦初期のような快進撃が期待できるかもしれない。そう思うと、にやけを抑えられない。
「随分余裕があるようだな、オイゲン少佐」
低いホト大将の声が、釘のように耳に打ち込まれた。口元は笑っているが、目は笑っていない。サーッと血の気が引いていく。
「あ、いえ! そんなつもりは……」
その様子を見て、ハイツ大将は高笑いをし、俺の頭をわしゃわしゃする。
「まあなんにせよ、味方が強化されるのは嬉しい限りだ。《ガルム》が戦線に登場すれば、ドライヒ帝国の敵など、世界のどこを探してもいないだろうな、ハハハハ!」
「ハイツ! 今私が油断するなと窘めたばかりだろうが! お前がそんなんでどうする!」
ハイツ大将の強気な発言に、ホト大将はため息をつきながら、お叱りの言葉を飛ばす。
「ともかく。オイゲン少佐、指揮官として、決して油断しないような」
「はっ! しかと胸に刻みます!」
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