第八章 最強おじさんと因業の魔王

8-1

 アキトとレミ、二人の姿が宝蔵門の先へと消えていく。

 それを見届けたロズは斧槍ハルバードを回収すると、後方を支え続けた自国の探索者デルヴァーたちへと駆け寄った。


 イギリスとロシアの混成部隊は連携しつつ、影付きの魔物モンスターとせめぎ合っていた。

 前衛は片手で扱える得物と盾を手に魔物モンスターの攻撃をいなし、後列は魔法や射撃を集中させ一体ずつ確実に倒していく。


 それでも数の差には抗い難く、少しずつ押されていた。


「よく支えてくれました! 負傷者はっ⁉」


 すると後方にいた数名が、苦し紛れの笑みを浮かべた。

 皆、先ほどアキトに激励を送った者たちだ。


「我が姫、お手数をおかけしますが……っ」


 見れば腹のあたりを薙がれたか、戦闘服の上から血が滲んでいた。

 他の者も、腕や足に深手を受けている。


「あなた、その傷であんなこと言ったのっ……⁉ 主天煌命羽ドミニオン・フェザー!」


 左手をかざすと、男の胸元に光の羽が生まれた。

 かと思うと、すぐさま砕け散る。白い羽毛が男の傷口に集まり、血が止まった。


 傷を徐々に回復させるこの魔法の、もうひとつの効果である。

 付与された者が致命傷を負うと、羽がすべての力を開放して砕けるのだ。


「ありがとうございます……。あのくらい言わないと、ファンとして格好がつきませんから」


「たしかに、力じゃ勝てないからなあ……!」


 イギリスの探索者デルヴァーの言葉に、隣で横たわっていたロシアの探索者デルヴァーが笑う。

 ロズは苦笑しながら、全員に光の羽を施していく。幸い、命を落とす者はいなかった。


「……仲間たちの手当、感謝する」


 カーチャが、笑みを浮かべながら隣に立った。

 かざした左手とともに氷の鎖が生まれ、大柄な魔物モンスターの数体を縛める。


「だが、ここから先は競争といこうじゃないか」


「あら。それはなんの挑戦かしら?」


 笑いながら、斧槍ハルバードにふたたび光の旗を灯す。

 旗の効果範囲に入った探索者デルヴァーたちが、にわかに活気づく。


「さてな。もっともここで勝ったとしても、手強い玲美てきに挑まねばならんが」


「ふふっ。でもここで一人、相手を負かせるなら悪くありませんわ」


 ふたたび月虹聖剣ルミナリスを構える。


 影を背負う魔性たちの向こうから、大きな影がゆらりと現れた。先ほどの神格概念アポテオシスたちに似た、神像を模した魔物モンスターだ。道中にあった偶像のイメージから生まれたのだろう。


「もちろんアキトがああ言った以上、仲間達こいつらを死なせるのは論外だ。いいな?」


「言われるまでもありませんわ。では……参りますっ!」


 地を蹴って、“神像”の眼前に飛ぶ。


月虹聖剣ルミナリス――――満月煌斬フルムーンッ!!!!」


 煌めく螺旋を刻む円月の軌跡が、“神像”の黒い身体を斬り裂いた。


 ◆  ◆  ◆  ◆


 陽人たちが宝蔵門を潜ると、晴れ渡った空の下に出た。

 誰もいない、浅草寺の本堂前。がらんとした広場は、寺の職員以外はまず見たことがないだろう。


「なんで……? 今は真夜中のはずなのに……」


〈え、いきなり晴れた?〉

〈別の場所にワープしたのかね〉

〈でもあれ本堂だぞ〉

〈ほな浅草寺かあ〉

〈本堂の前に誰かいるね〉


 コメント欄の通り、香炉の前には人影がひとつ。

 真っ黒な髪と、同じ色の服装。背を向けていて顔は分からないが、間違いなく天久優吾だ。


 ゆっくりと歩を進める。辺りからミツハと呼ばれた少女の奇襲がないかと警戒していたが、そんな気配もない。

 少し距離を置いて立ち止まると、優吾が唐突に振り向いた。


「まだだ。もう少し先だ……」


 言われるまま、無言で歩いた。

 何を意味しているか、どこを示しているのかは分かっている。

 思い当たる場所まで到達すると、優吾が指を指してきた。


「……そう。その位置だ」


 優吾が空いた自身の左手を、ゆらりと胸に当てる。


「覚えているか?」


「……ああ」


「あの時、お前がいた場所。俺はちょうど、この位置にいた」


「恨むなら、俺だけを恨め。他のヤツらまで巻き込むんじゃねえ」


 前に出て、優吾を睨みつける。

 しかし優吾は、玲美の傍らに浮かぶシャトに視線を移した。


「そういう貴様は何故、未だに姿の見えぬ取り巻きどもを連れている? 上っ面で詫びて赦しを乞うたところで、貴様の罪は消えん」


「その通りだ。自分のやっちまったことが帳消しになるなんて思ってねえ」


 虚ろな目で見つめてくる優吾を前に、ため息をつく。


「だがあんな事があったって、前向いて踏ん張ってる奴らだっている。恨み受けながらでもそいつらを守るのが、本当の贖罪になる」


 一歩、前に出る。

 あの時、倒れて動けなかった場所から。


「そのために……お前を、止めに来た」


 優吾の顔が、わずかに歪む。

 その時。玲美が、すっと横に出てきた。


「わたしも始まりの黒禍ビギニング・ネロで祖父と祖母を亡くし、住む家も失いました。けど、今だって必死に生きようと頑張ってます!」


 言いながら、ホログラムの中に流れるコメントのいくつかを拡大する。


「親を亡くしても、頑張ってる子たちだっている……。みんなの想いを踏みにじるような真似は、もうやめてくださいっ!」


〈あなた方の気持ちは分かる。私も同じだからね。でも、人に迷惑かけていいなんてことにはならないよ〉

〈俺の親も元旦の朝に仕事行ったきり帰ってこねえ。でも折れずに生きて、所帯持つまでになった〉

〈頼むから被災者の株が下がることやめてくんねえかな。はっきり言って迷惑してんだわ〉

〈全部受け入れて前に進もうとしてるヤツの邪魔するなよ、みっともねえな〉


 いくつかのコメントが、中空に映し出された時。


「……黙れ黙れ黙れ、黙れええっ!!」


 優吾が叫ぶ。

 その顔には、怒気と狂気を同居させた表情が浮かんでいる。


「あの時から、オレの時は止まった! 家にも学校にも居場所のないオレをっ! 遥だけは……受け入れてくれたんだっ!」


 身振りにも口調にも、動画で見た演説の面影はまったくない。

 今の優吾から受ける印象は、酔ってくだを巻く飲んだくれか、さもなくば心にヒビが入った病人だ。


〈あんたのやってること、その遥さんへの侮辱だよね〉

〈ほんそれ。名前出された挙句、言い訳のネタにされてすげーかわいそう〉

〈なにがあったか知らないけど、始まりの黒禍ビギニング・ネロと関係なくね?〉

〈それで絶望してテロ組織作って八つ当たり? 巻き込まれる奴らのことは無視かよ〉


「今でも遥が……オレの中で語りかけてくるっ! 辛い、苦しい、お前を討てとっ!」


〈幻聴乙〉

〈そんないい子が、見知らぬ人の不幸を願うはずねえだろ〉

〈てかそれとテロかますことと、どういう関係が?〉

〈あんたに必要なのは人を傷つけることじゃないと思うんだ〉


「黙れ黙れ黙れええっ!! そいつを殺さなければっ! オレは……前に、進めないんだよおっ!」


 優吾の叫びとともに、青空が砕け散った。その向こうから現れた灰色の空が、にわかに暗くなる。

 周囲の建物が、火のごとき赤い気を放った。そのまま広がり、本堂の提灯を真っ赤に染める。


 暗闇の中から、ミツハが染み出るように姿を現した。

 どろりとした毒の液を手に生んだかと思うと、引き伸ばして巨大な鎌へと変える。


「君もそこの彼と、同じクチかい?」


『私を助けてくれたのは、優吾……。優吾が望むことを、私も望む……!』


 電子音声とともに、ミツハが鎌を振り回す。


 同時。優吾の周りに、影で作られた無数の刃物が現れた。

 柄を持つ剣から鋭利な刃だけのものまで、形状は様々だ。


「さあ、来いっ! 遥の恨みを晴らすため……貴様に真の空白を与えてやるっ!」


 狂乱した表情の優吾と、冷徹な殺意を浮かべるミツハ。

 その二人を前に、陽人はゆらりと長巻を構えた。


*――*――*――*――*――*

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