5-2

 孤児院を出て一時間後、陽人たちは東京支局の会議室へと到着した。

 迎えの車で八王子支所まで行き、そこからヘリコプターで東京支局へ一直線。迅速な手配の賜物である。


 シンプルな縦長の会議卓が置かれた部屋には、すでに雄鷹と上木、瀬尾がいた。


「おう、来たな」


「お休みのところ、すみません」


「構わねえよ。こういう時は、こっちの都合なんざ関係ねえからな」


 頭を下げる上木に、陽人はひらひらと手を振って応じる。


「で、次はどこに出たんですか?」


 未だ私服姿の玲美が席に着く。

 その言葉に、例によって下座に控えていた瀬尾が口を開く。


「今回は前座があります。まずは、こちらをご覧ください」


 瀬尾が端末を操作すると、部屋のプロジェクターからホログラムが映し出される。

 映像からして、どこかの動画サイトの配信画面らしい。


 画面の中央には男が一人。背後には武家屋敷らしき建物が映っている。

 歳は三十前後か。無造作な髪型に鋭い目。長い前髪が顔の一部を隠している。

 黒を基調としたタイトなシャツの上に、薄手のコート。ひと昔前に流行ったビジュアル系バンドの体である。


『我々は、神罰の執行者……“空虚なる運命エンプティ・フェイト”』


 映像の男が口を開くとともに、おもむろに手を広げる。


『人類よ、聞け。お前たちは進歩と称して大地を貪り、知恵と称して欲望を肥やした』


 服装こそ過去の流行だが、動作は洗練されていた。

 よく通る声、計算された動き。一挙手一投足に惹きつけられるのは気のせいだろうか。


『だが神々は、お前たちの傲慢に鉄槌を下した。この世界に迷宮ダンジョンが現れたのは決して偶然などではない。それは神より与えられた試練、否……罰なのだ』


 男は言葉を切ると、意味深な微笑を浮かべる。

 こうしてみると、かなりの美男子だ。


『そして今、新たな罰が訪れた』


 男が右手を掲げた。カメラの画角が引きに入る。

 そこに映し出されたのは――


「……っ!」


「ウソッ……⁉」


 陽人が息を飲むのと、玲美の叫びが重なった。

 男の背後で、景色が揺らぎ、破れた書き割りのようにめくれ上がっていく。

 やがて揺らぎが収まった時、そこには黒く染まった武家屋敷が並んでいた。


『貴様らがリバース迷宮ダンジョンと呼ぶ、罪を背負いし者たちの墓標。貴様らの文明がいかに醜く、脆弱で、そして腐りきっているかを示すために、神々は私にこの力を与えたもうた』


 男は静かに口許を歪める。


『宵原陽人。神は、お前の罪を知っている。十五年前、お前は世界を変えた。そして今、神は私に、お前を裁く力を与えた』


 沈黙。


『恐れるがいい。私の手が届くその時……お前の存在は、この世から塗り潰されるのだから』


 画面が暗転する。どうやらアーカイブをダウンロードしたものらしい。

 陽人は鼻を鳴らし、雄鷹に視線を移した。


「よく分からんが、ケンカ売られたってことでいいか? そもそも、こいつら何者だ?」


”空虚なる運命”エンプティ・フェイト、通称”EF”。人類文明の根絶による空白こそが世界の救済につながると謳う、国際テロ組織じゃよ」


「近年、迷宮ダンジョン災害の被災者を取り込み、急激に勢力を拡大しています。多数の魔素持ちホルダーがゲリラ的に攻撃を仕掛けるため、各国とも手を焼いています」


 雄鷹の言葉を、上木が継いだ。


「なるほどね。で、さっきの男がリーダーってわけか」


「はい。黒鷺ブラック・ヘロンと名乗っており、これまで音声や文章で声明を出していました。姿を見せたのは、今回が初めてです」


「とはいえ、テロリストに因縁つけられるいわれはないんだけどなあ」


「宵原さんにお聞きしたいのが、まさにそこなんですよ」


 上木が言葉を切ると、瀬尾が再び端末を操作する。

 画面が切り替わり、動画の中で男が微笑を浮かべているシーンの切り抜きが表示された。


「先ほどの動画からキャプチャした画像を基に、年代別の人相を作成。AIに捜索させたところ……こちらがヒットしました。とある都立小学校の卒業アルバムに掲載されていた写真です」


 ふたたび画面が切り替わり、小学生らしき男の子の画像が表示される。たしかに先ほどの男の面影がある。

 画像を見た途端、玲美が顔を輝かせた。


「わあ、かわいい。名前も書いてある……天久あまひさ優吾ゆうご?」


「十五歳の時、始まりの黒禍ビギニング・ネロの発生日に友人と出かけると言って外出した後、行方不明となっています。当該事件に巻き込まれたものとして、一年後に特別失踪の届出が受理されました」


 玲美の表情が、一転して悲痛なものに変わる。


「一年なんて……。今でも、巻き込まれた家族の帰りを信じている人たちだっているのに……!」


「調べた限り、両親は当時すでに離婚。実姉はアル中で事件を起こし服役中。家庭環境はあまり良くなかったようですね」


 なにかを察したのか、上木がわざとらしくため息を吐いた。


始まりの黒禍ビギニング・ネロの生き残り……。宵原さんの他は、ごく少数と聞いていましたが」


「政府が把握している以上に、生き残った人間は多かったようじゃよ。だが探索者協会デルヴァーズが発足するまでは、それどころじゃなかったからのう」


 上木の言葉に応じたのは雄鷹だった。

 どこか遠くを見るように目を細めているあたり、過日を思い出しているのだろう。


魔物モンスター迷宮ダンジョンから湧き出るわ、国は魔素ヴリル欲しさにいがみ合うわ、盛りのついた魔素持ちホルダーたちは暴れるわ……まさに暗黒時代じゃった」


「たしかに当時は酷いものでした。私もあの惨状を目の当たりにしたからこそ、雄鷹さんに師事したんですから」


「お前さんみたいなもんばかりならよかったんじゃがな。身寄りを失った挙句、環境に絶望して地下に潜った者も多いと聞く。彼もまた、その中の一人だったんじゃろう」


 雄鷹はそこで言葉を切り、陽人のほうを見た。


「さて、陽人よ。この男に因縁つけられる覚えはあるかの?」


「悪いが、まったく見当がつかねえな。中坊に知り合いなんていなかったし、苗字にも聞き覚えがねえ」


「なるほどのう。とはいえ、放っておくわけにもいかんじゃろう。他国の協会も静観の構えじゃからな」


「長篠で懲りたかね」


「それもさることながら、お前さんへの名指しというのが大きいらしい。あの二人からは、臨戦態勢を取っておくからいつでも言え、と私信は来ておるがの」


リバース迷宮ダンジョンの場所は?」


「仙台、会津武家屋敷です。元はBランクの迷宮ダンジョンで、現在は探索者協会デルヴァーズの部隊が周辺を封鎖しています。魔物の湧出は確認されていません」


 そこまで聞くと、陽人は立ち上がった。


「ま、少数攻略には慣れっこだ。行くぜ」


 *  *  *  *


 夕暮れ時の西日が差す中、陽人たちを乗せたヘリコプターは会津武家屋敷の駐車場へと降り立った。

 周囲には武装した探索者デルヴァーたちの他に、誰もいない。


「……やっぱり、見た目は変わらねえんだな」


「そっか。リバース迷宮ダンジョンになった場所を外から見るの、初めてですもんね」


 駐車場から見える武家屋敷は、不気味なほど、何も変わっていなかった。

 ヘリの中で聞いた話では――動画が投稿される少し前、観光客を装ったテロリストたちが施設を制圧したらしい。

 その過程で、少なからず犠牲者が出たとのことだった。


「出てるのは中だ。さっさと終わらせる」


「雄鷹さんたちからは配信頼む、って言われてますけど……どうします? テロリストと戦うかもなんですよね?」


「やらねえわけにもいかねえだろう。リバース迷宮ダンジョンを出せる奴が他にもいたって、世界中が知ってるんだからな」


「……分かりました」


 玲美はなおも何か言いたげだったが、傍らに浮かぶシャトの背中を操作し始める。


「始めます……Thank you for watching! 『Remiちゃんねる☆彡』のRemiです!」


〈待ってた〉

〈やっと着いたか〉

〈次はテロ討伐かよ大変だな(#英語)〉

〈てかあのテロ組織のリーダー、誰?〉


「今回もリバース迷宮ダンジョン、攻略配信ですっ! 毎度おなじみ、シャドウマスターこと宵原陽人さんをお迎えし、テロリストの手によって出現したとされる、会津武家屋敷のリバース迷宮ダンジョンに挑みますっ!」


〈シャドマ、ケンカ売られてて草〉

〈まあシャドマだしなんとかなるだろ〉

〈EF、最近無駄に頑張ってんな〉

〈ちょっとぶっ潰しちゃってくださいよシャドマさん〉

〈てかリバース迷宮ダンジョンってどうやってできるんだ?〉


「攻略配信の免責事項ですが……途中、ショッキングな映像が流れるかもしれません。自己責任でご視聴くださいね。それでは早速、行ってみましょう!」


 歩きながら前座をこなしているうちに、いつの間にか屋敷の入口に到着していた。

 陽人は長巻を抜き放つと、左手をかざす。


「……影門招来インヴォーク


 景色が歪む。色彩を持った世界が一瞬でめくれ上がり、黒く染まった武家屋敷へと変わっていく。

 変容が終わった時、陽人と玲美は屋敷の中にいた。畳張りの部屋には、黒い影が陽炎のように揺らめいている。


〈相変わらず慣れねえなあ、この光景〉

〈この世の終わり感がすごい〉

〈ほんと、別世界に連れ込まれてる感じするよね〉

〈配信途切れないのが不思議〉

〈つまりシャドマは異世界勇者ってことか〉


「屋敷の奥の間ですね。ここの迷宮主ダンジョン・マスターは、かつてこの屋敷で自刃した奥方様だったそうです」


「……行こう。まずは屋敷の外に出る」


「なら、表玄関ですね。こっちです」


 玲美が黒鱗盾を構え、先頭に立って走り出す。

 屋敷の中は荒れ果てていたが、それだけだった。以前の北の丸のように魔物モンスターが出現する気配はない。


「なんか、静かすぎません? そりゃ長篠みたいに戦場ど真ん中ってわけじゃないですけど……」


 玲美の言葉に応じず走ると、程なく表玄関が見えてくる。

 その瞬間、首筋にざわりと嫌な感覚が走った。理由は分からないが、行ってはいけない――そう感じる。


「玲美、俺が先に行く」


 そう言って先んじて屋敷を出た瞬間。

 飛来した何かを、すんでのところで躱す。


「え、ちょっ、陽人さん⁉」


〈名前呼びになってて草〉

〈ちょおおおお俺のRemiちゃん(#コメント一部省略)〉

〈↑お前のじゃない定期〉

〈長篠で一緒だった二人に対抗してんのかな〉

〈相変わらず緊張感のないインターネッツですね〉


 シャトが映し出すホログラムに、大量のコメントが流れる。

 だが、陽人の視線はそこにはなかった。


「こいつはまた……大層なお出迎えだな」


 屋敷の外には、銃を構えた黒足軽たちが横陣を敷いていた。それはいい。

 異質なのはその向こう――塀や長屋の上に陣取る者たちだった。顔はゴーグルとニットマスクで覆われ、炭素繊維鎧カーボンアーマーで武装している。思い思いの銃器を手にした姿は、明らかに魔物モンスターではない。


「ウソ……ッ⁉ 人間が、魔物モンスターと一緒にっ⁉」


 玲美の悲痛な叫びとともに――

 人と魔、双方の銃器が、一斉に火を吹いた。


*――*――*――*――*――*

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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