第10話 恵と根鳥の出会い

 それは裕次郎と恵が付き合って二週間が経過した頃。

 夜のコンビニ前でこんな会話が行われていた。


「知ってる? 東恵、彼氏ができたらしいぜ」

「本当か?」

「ああ。それを知ってるのは数人なんだけど、その数人のうちの一人が俺の彼女なんだよ」


 会話をしているのは横島高校の男子生徒数人と根鳥。

 根鳥はその話を聞いて、ニヤニヤと笑っていた。


「それで、彼氏ってどんな奴だ?」

「根鳥も好きだねぇ。大丈夫、全然ヤバい奴じゃないから」

「ヤバくてもいいんだよ、俺の場合は」

「いや、ヤバすぎるのは手を出しちゃダメだろ」


 根鳥の悪趣味・・・を知ってる男子たちは苦笑いを浮かべる。


「彼氏は同じ学校の円城って男だ。下の名前は知らない」

「円城か……聞いたこともないな」

「聞いたことないけど、可哀想だから止めとけよ」

「それって芸人の「やれ」ってことじゃね? そんなこと言ったら、根鳥が余計にやりたくなるだろ」


 根鳥たちはゲラゲラと大笑いする。

 皆は理解しているのだ、根鳥がやろうとしていることを。

 それを分かっていて笑う、ゲスな連中だ。


「寝取るんだろ、東恵を」

「ああ。いい女だしな。結構好みだぜ」

「じゃあ何でこれまで手を出してなかったんだよ」

「そりゃ決まってるだろ。相手に男がいなかったからだ」

「うわー、最悪。でもそこが面白い!」


 根鳥は彼氏のいない女にはほとんど興味を示さない。

 快楽のまま女に手を出すようなタイプではなかった。

 恋人がいる女に手を出し、男を地獄に落とすことを楽しみとしている、最低最悪な男だ。


 この時点で被害者はすでに4人。

 根鳥に彼女を取られた男はそれだけいるのだが、彼に報復もできるはずなく泣き寝入りするだけ。


 自分は強く、恐れられる対象。

 そんな自分に逆らえる男はそうそういない。


 根鳥はそれを知っているからこそ、男がいる女を狙い、男を苦しめる。

 自分のために苦しむ人間がいることに、愉悦を感じていたのだ。


「でもさ、本当に手を出しちゃいけないヤバい奴はいるから気を付けろよ」

「だな。特に竜胆学園の二大巨頭には絶対に関わるな」


 竜胆学園の二大巨頭。

 その名を聞いた男たちは固唾をのみ込む。


「竜胆学園にはワルとバカが集まるが、ワル代表とバカ代表のことを二大巨頭って言うんだよな」

「ああ。ワル代表は竜胆学園の島崎博文しまざきひろふみ。悪魔みたいな人らしいぜ」

「もう一人がバカ代表の『竜胆学園大炎上』だっけ?」

「知ってる。火災事件を起こしたんだろ。理科室真っ黒こげにしたって話だな」


 ブルブル震えながらも、男たちは会話を続ける。


「どちらかというと、大炎上の方がヤバいらしいぜ」

「島崎より喧嘩が強いって話だな」

「悪魔の島崎以上に強いのか……根鳥。頼むからそんなやつらと関係してるのは狙うんじゃないぞ」

「まぁそのレベルになったら流石にヤバいな。でも俺はそんなのに関わるようなことはしねえよ」

「でも人間どこでどう繋がってるか分からないから、慎重に行動しろよ」

「慎重なんて俺に似合うか? 俺は大胆に女を奪うんだよ。こそこそして何が楽しいんだ」


 竜胆学園の話が終わり、ようやく皆に笑顔が戻る。

 根鳥が言ったことに大笑いし、一人の男が根鳥の肩に手を置いて口を開く。


「あれだろ。今回も動画送るんだろ?」

「ああ。あれが一番面白い。動画送った翌日、何とも言えない顔をするんだよ。怒って殴りかかってきた奴もいるけど、返り討ちにして終わりだからな」

「悪いねー、本当に悪だね。島崎ぐらい悪いんじゃねえの?」

「おい、これ以上島崎の話は出すなって。呼び捨てとか誰かに聞かれてたら地獄だぞ」


 怯えた顔で周囲を見渡す男たちと、それとは対照的にくつくつと笑う根鳥。


 新しい玩具を作ろうか。

 俺が楽しむための玩具を二つ。


 根鳥が言う玩具とは、好き勝手にできる女と、その彼氏のことだ。

 自分の欲望だけを満たす玩具。

 人を不幸にして得られる喜びは、根鳥にとってはどんなゲームよりも楽しいと感じている。

 こうして根鳥は恵を標的とするのであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ある日の夕方。

 恵は有頂天であった。

 初めて彼氏ができたことに、浮かれきっている。


「ねえねえ恵。ちょっと寄りたいところがあるんだけど、付き合ってくんない?」

「…………」

「ちょっと~、恵!」

「あ、ごめん。聞いてなかった。どうしたの?」


 学校に残り、友人と会話をしていた恵は、裕次郎とのメッセージのやりとりで周りの声が聞こえていなかった。

 恵に声をかけていたのは庄司。

 彼女とはつい最近知り合ったばかりであった。

 コミュニケーション能力の高い庄司とはすぐに仲良くなり、一緒に出掛けるぐらいの仲。 

 そんな庄司は、恵が話を聞いていなかったことにも笑顔で対応する。


「彼氏と? ラブラブだねぇ」

「えへへ。現在熱々だから」

「で、私とのデートはどうなのよ? 付き合ってくれんの?」

「うん、いいよ。いつ?」

「だからこれからだってば」

「もちろんいいよ。残念だけど、彼氏とは今日は会えないから」


 携帯を覗き見しようとする庄司。

 恵は自分の胸に携帯を抱き、それを阻止した。


「見せないよ」

「ちょっと見てみたいな~。どんな彼氏かも教えてくれないし寂しい」

「そのうち教えるから。それより出かけるんだよね。行くなら行こ」


 恵は庄司と学校を後にし、彼女が行きたいという場所に向かうことに。

 

 庄司が来たのはとあるパン屋。

 そこそこ新しい店で、人気もあり多くの客で店内が賑わっている。


「凄い人気店なんだね」

「そうなのよ。恵も中に入る?」

「うん、入る」


 笑い合いながら店を見て回る二人。

 出逢って数日だが、庄司とは気が合うようで恵は彼女との時間を楽しんでいた。


 店から出ると外は暗くなりつつあり、恵は携帯で時間を確認する。


「もうこんな時間か……今日はもう解散だね」

「だね~。でもパン屋に来れて良かった。恵と来たかったんだよね」

「うん。私も来れて良かった。美味しそうなパン買っちゃった」


 そう言って二人は駅の方角に向かって歩き出す。

 しかし、そんな二人の前に突然数人の男子が立ちふさがる。


「ねえねえ、今時間ある?」

「え、ありませんけど……」


 警戒する恵。

 相手は竜胆学園の生徒たちだ。

 醜悪な笑みを浮かべて、男たちは恵に近づいてくる。

 怯える恵は、男たちとの距離を保つようにじりじりと後退した。


「そんなこと言わないでさ~」

「すいません。彼氏がいるんで」

「彼氏とか関係無くない? 別にそんなの気にしなくていいから」

「き、気にするんです! すいません。行こ、英美里」


 恵は庄司の手を取り、走って逃げだした。

 男たちは逃げる恵を見て笑いながら追いかける。


「待てって! 俺らと遊ぼうぜ」

「俺らと遊んだら、つまんない彼氏のことなんか吹っ飛んじゃうからさ~」

「この際、彼氏に言えないことをして遊ぼっか?」


 大笑いする男たちに、顔面蒼白となっている恵。

 ナンパはされたことはあるが、怖い相手から追いかけられた経験はない。


 怖い。

 助けて、助けて、助けて。

 裕次郎くん!


 心の中でそう叫ぶ恵。

 その時、男の腕が伸びてきて、彼女を強く抱きしめる。


「!?」


 一瞬、恵は裕次郎が助けに来たと考えるが、その正体は別の男であった。

 

 根鳥修二。


 彼が恵の前に現れたのだ。


「なんだてめえ」

「こいつと同じ学校のもんだ。お前らこそなんだよ」

「……帰るぞ」


 竜胆の生徒たちは根鳥を一瞥するとその場を立ち去って行く。

 恵は根鳥に強く抱きしめられていることに抵抗感なく、むしろ恐怖から解放されたことに安堵を抱いていた。


「あの、ありがとう」

「何も無かったか?」

「うん」

「ならいい」


 ニヤッと笑う根鳥に、恵は胸をときめかせていた。

 

 彼氏がいるのに、どうしたんだろう私。


 根鳥の腕を振り払う気に慣れず、ドキドキしたまま彼の胸に顔をうずめる。

 そして恵は気づいていなかった。

 根鳥と庄司が顔を合わせ、笑い合っていたことを。

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