いらっしゃいませ! 祖父江堂書店でございます
冬野ほたる
【第1話】 プロローグ
祖父の店──『祖父江堂』を譲り受けたのは去年のことだ。
『
紛らわしいが祖父の苗字は祖父江という。苗字を屋号としていた。
主要都市から外れた地方のそのまた地方。山も川も海も臨める、田畑も広がる自然だけは豊かな田舎町に『祖父江堂』はあった。
一階は店舗と倉庫。二階は住居となっている。
店舗の売り場面積は小さい。置いてある書籍や雑誌の数も、お世辞にも多いとはいえない。話題の文芸書などは、発売日に一冊も入荷はしなかった。
それでも以前は繁盛していた。なにしろこんな田舎町にほかに書店も娯楽もない。
祖父は妻と子どもを養い、家族五人で食べていくことができた。
それも今は昔の話になる。
やがて時代は移る。三人の子どもたちは都会へと巣立った。それぞれの伴侶を得て、生活の基盤を築いていった。
さらに時が流れて祖母が亡くなり、郊外型の大きな複合モールやスーパーが隣町に進出すると、祖父の小さな書店から客足は遠のいた。
バスや電車あるいは車を走らせて、隣町のモールやスーパーまで食糧などの買い出しに行ったのなら、全国展開の大型書店が店を構えて待っている。品揃えや在庫量は『祖父江堂』とは天と地ほどの……いや、もっとだ。月とマリアナ海溝くらいの差がある。到底かなわない。それにくわえての電子書籍も台頭していた。
町まで出ていく高校生や勤め人は、ほしい本があれば大型書店に寄ったり、ネットで買い求める。彼らは『祖父江堂』のことなど、子どものころに通ったことすら思い出さないのかもしれない。
しかし『祖父江堂』には幸いにも、コミックスの新刊本や週刊漫画誌などは発売日に入荷していた。
コンビニエンスストアは隣町まで伸びる街道沿いにある。かなり距離があるために、そこまでは買いに行けない近所の小中学生がそれらを求めにやってくる。ありがたいお客様だ。ただそうは云っても、本を一冊売った利益などはほんの微々たるもの。
祖父曰く、『祖父江堂』の経営を維持できていたのは配達のおかげだった。
町まで本を買いに行くことができないお年寄りや、いろいろな事情で店まで来ることができないお客様に注文されたものを配達する。ときにそれは、書店とはなんのかかわりもない品物だったりもする。誰もが顔見知りという田舎町の気安さで注文がくる。それを祖父は、でき得る限りの方法で取り寄せては配達をしていた。いわゆる地域の便利屋的な存在だ。
──わたしが引継ぎを了承する前は、それだけを説明されていた。
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