第7話 実演遠征 中編(3)

木と木の間から、微かに風が吹いてくる。

日は沈みかけ、森の中は暗闇に包まれようとしている。自然に囲まれた静寂な場所、そんな所に反するように2人の鋭い殺気が入り混じる。


「いや、すいません。つい、カッとなってしまいました。」


両手を上げ、先程まで向けていた敵意を取り下げた。


「まずは自己紹介から始めましょうか。私はこの森の主レオナードと申します。貴方がたに危害を加えたいわけではありません。ただ、生きるために血が欲しいだけです。」


綺麗なお辞儀をし、紳士的な対応を見せる

吸血鬼レオナード。


「今ある事実と矛盾しているようだが?」


首をなくしたベンを横目に見ながらアレンは言う。

依然として鋭い殺気を放つアレンに、

レオナードはおくせず話を続ける。


「そうでしょか?先に危害を加えたのはそちらだと思うのですが。ですが、私が恨みのあまり、殺してしまったのも事実。ですので、少し交渉をしませんか?」


レオナードは目つきを変え、真剣な顔つきで問いかける。その目から、嘘であるとは思えない。

だが、アレンは未だ相手に対し、殺意を向けたままだ。


「内容は何だ?」


「先程の通り、私は血が欲しいのです。

そこのお嬢さんの血を少しくれるのであれば、ここで手を引きましょう。どうですか、悪くない提案だと思うのですが…」


その内容を聞いて、メリアはアレンに聞こえるくらいの声量で話す。


「アレンくん、交渉に乗ろう?私の血で助かるんだったら……」


「駄目だ」


メリアの言葉にアレンは静かに否定する。

いつものように冷たい物言いではあるものの、

どこか力強い意志を感じる。


「吸血鬼は人間とは比べ物にならないほど寿命が長い。数百、数千年生きていようと不思議じゃない。

昔から人間を見ていた吸血鬼なら、人をどう扱えばいいかなんて経験からわかるはずだ。

だからこそ、ヤツを信用することはできない。」


「どうやら、交渉の余地はないようですね。

あまり時間をかけていては援軍が到着するかもしれませんし………」


一気に周りの空気が凍てつく。

もう日は完全に沈み、木の葉の間から満月が覗いている。今日が快晴ではなければ辺りは真っ暗だっただろう。

レオナードから再び殺気を感じる。それは、さっきのものとは違い、殺気だけで人を気絶させるような恐ろしいものを放っている。

背筋が凍る。昼間に倒した吸血鬼とは並外れだ。

それに、こちらにはメリアいて守りながら戦う必要がある。圧倒的に不利な状況だ。

よりいっそう集中力を高め、剣を握った時、

前にいたレオナードの姿が消える。

五感に全神経を集中させ、吸血鬼の行方を探る。

どこを見渡しても、どこに耳を傾けても、

そこに広がるのは深い森の風景。

心地良く涼しい風が肌を撫でるように吹いてくる。

ただ感じられるのは


…………背後からの殺気………


その直後、耳につんざくような金属音が鳴り響く。

レオナードの背後からの不意打ちを、アレンは

かろうじて剣で受け止める。

吸血鬼の爪と剣の刃が相対あいたいするように鍔迫つばぜりあう。

剣の頑丈性を前にしても、鋭く伸びた吸血鬼の爪は剣に勝るほどの硬さを見せている。


「なるほど。

私の速度に追いつけるとは………。

少々、過小評価しすぎたかもしれませんね。

ですが………!」


その瞬間、吸血鬼は片方の腕を振り上げようと、

それはアレンの腹をめがけてくるが……


「ほぉ?その小さなナイフで、吸血鬼の力と互角に張り合うなんて…。人間しては、とても身体能力が高いですね。」


「いつまで舐めた口を聞いているつもりだ?」


アレンは、レオナードを嘲笑うかのように微笑を浮かべる。何か意味ありげな笑みだが、レオナードはその意図を読み取れない。

しかし、後ろから気配を感じた。


「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!」


そこには、レオナードの背中めがけて、一直線に

走り出すメリアがいた。猪突猛進と言う言葉が似合うその様子は、乱暴な構えで剣を前に突き出し、

無防備にも前のめりで突進してくる。

その勢いのまま背後を狙う………が…

すんでの所で避けられてしまう。


「ごめんなさい!もう少し、早ければ……」


「いや、まさか、あの状況で動けるとは思っていなかったさ。」


「ど、どうするの?」


アレンは後方へ距離をとった吸血鬼に目を向ける。

こちらの武器も身体の状態も万全。

だが、決定的に違うのは相互の身体能力。

いくら2人と言えど、その差は埋めようがない。


(ただ一つの手が……けれど、今はこれだけは……)


アレンが迷路のように複雑に思考を巡らせる。

いくら、考えても迷いは晴れない。

その中でも最善の策を絞り出す。


「逃げろ。」


「え?今、なんて言ったの?」


アレンのあまりにも予想外な回答に、

メリアは思わず聞き返してしまう。聞き間違いかもしれない、そう願って。


「逃げるんだ。2人でもどうせ餌になるだけだ。

最低限の取捨選択はしなければならない。」


同様の静かな口調。感情の起伏が薄く、真意がうまく読み取れない。だが、アレンが諦めているわけではないのはメリアにも分かる。

けれど無謀だ。こんな化け物に勝てるはずがない。

まだ2人ならば、抵抗のしようがある。援軍の到着まで粘ることだってできるはず。


「私だって弱くはないの。まだ……まだ戦える!」


ここで引いてはいけない、いや引きたくないだけだろう。ただの意地を張っているだけ、我儘だって言うのもわかっている。それでも何故か、

アレンくんの言う事を聞いたら、きっといけない気がする。

自分の意志を貫き通す。けれど、アレンは無情にもその決意を弾き返してくる。


「駄目だ。少しでも時間を稼ぐから、早く逃げてくれ。」


「で、でも!」


「いいから早く!こんな事をしてある暇は…っ!」


その時、体の体温が急激に上昇する。熱い。

その感覚は腹部からハッキリと感じられる。

体の力が抜けていく。これは……


「あまりお話に夢中になってはいけませんよ。

油断から生まれる隙は、簡単に身を滅ぼしてしまいますから。」


「アレンくんっっっっっ!!!」


メリアが呼んでいる。違和感を持つ腹部に目を向ければ、レオナードの爪が突き刺さっている。

指ごとめり込み、内臓までも貫通してえぐられている。


「ゔっっっっ………あっっっっ……」


口に血がたまり、思うように声を出せない。

倒れ込むアレンをメリアが抱え込む。


「大丈夫!?返事をして!!」


メリアの叫ぶ声が聞こえる。日頃はポンコツなように見えて、本番ではしっかり者のようだ。

意識が朦朧として、まともに脳を動かせない。

消えゆく意識の中、必死に思考を開始する。

決めなければ。ここでやらなければもう後がない。

一番避けていた一手、使うわけにはいかなかった奥の手。死んでは意味がない。


「すまない………メリア……」


そう一言詫びを入れる。

遠慮は要らない。一思いにやってしまえば、後の事はまた考えればいい。今はただ、生きるために……

迷いを振り払い、

決意を固めたアレンはメリアにそっと耳打ちする。


「首元を……差し出せ……」


確かに聞こえたその言葉。理解が追いつかず、

動揺するメリアに、アレンは最後の力を振り絞り、


カプッと…………


尖った八重歯で血を吸い出した。













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