第2話 魔法使いイオ、ねずみを捕まえる

「お初にお目にかかります。シグナス・ハークタイトと申します。イオさまの案内やお手伝いをするよう任ぜられました」

 イオの部屋に客人が来た。話し方は大人びてはいるが外見は10代半ばの少年だった。

 王宮でのイオの部屋は師匠と違って整頓されている。しかし必要な細かさで書き込んである護符や、爬虫類の剥製、目玉の形をしたガラスのビーズカーテンなど魔術的なな雰囲気だ。

 イオはシグナスを部屋に入れると安楽椅子に座った。

「俺はもう20年ぐらい王宮にいるんだぞ。案内役などいらん」

「しかし、イオ様のような身分の高い方がひとりで歩いてはいけません」

「身分ね。魔法使いがまつろわぬ民だったころを知らないやつの発言だな。そもそも俺は平民の出だから、お前より生まれは下だ」

 王宮では侍女や侍従などの下働きも下級貴族だ。王宮に出入りができるというだけでひとつの特権階級なのである。

「わあ、本当におとぎ話の魔法使いみたいだ」

「なぜ面白がる」

「旧い魔法使いに会うのは初めてなんです」

「旧いってなんだよ、俺はまだ現役だ」

 イオは世間知らずの少年に語る。

「魔法の体系化なんて都会での話で、田舎にはまだ旧式の魔法使いはいるはずだ。そういうやつは強いのに歴史の表舞台に出てこないし……そのあたりは俺も把握してないな。歴史に名を残す魔法使いなんて、ちょっかい出したがりの物好きばかりだ」

「そうでしょうか?」

「ところで、その手に持ってるものは何だ」

 

 部屋の真ん中にいすが現れ、シグナスはそこに座らされていた。

「え?」

 瞬間移動のような状況に目を剥く。部屋の全体が真っ黒になり、さっきまでの奇怪な魔術道具が見えなくなった。

「魔法使いの部屋にろくな護符もなく入ってくるなんて不用心だな。森の賢者への畏怖というのもがないのかね」

 イオがシグナスの手を開かせると、その中には魔法円が描かれていた。肌に染み込む染料を使っているようだ。

「聴き耳の魔法だな。お粗末な。……お前、どこかから送り込まれてきたネズミだな? こんな子どもがつまらん魔法を使いやがって。世も末だな」

 イオが魔法円をつつき、何事かつぶやくと、布がほつれるようにぼろぼろと解けていった。あとにはつるつるしたシグナスの手が残る。

「こんな教科書通りの魔法の編み方、『旧い魔法使い』には簡単に解呪できるぞ」

 シグナスはいすの上でおびえていた。

「さて、喋ってから楽に死ぬか、黙って苦しんで死ぬか選ばせてやるよ」

 シグナスは喉から絞るように声を出す。

「金貨を何枚かつかまされてやれって言われただけで、本当の依頼人は知らない」

「まあ、お前みたいな子どもに大事な情報は渡さないよなあ」

「こんなことならはした金を受け取るんじゃなかった……」

「出てくる情報はそんなとこか。俺も若者をいじめるのは気が進まないから、楽に殺してやる。神への祈りは済ませたか?」

「僕は悪い魔法使いになんか屈しない……必ず生きて帰る」

「ほう?」

「地元で俺をばかにした連中、学校でくだらないいじめをしてきた連中より早く死にたくない! うわー!! あいつら絶対僕が死んでも反省なんかしない!」

 シグナスの騒ぎ方にしばらくあっけにとられていた。やがて魔法は解除され、普通の部屋に戻った。

「あーいい、わかったわかった」

 イオの雰囲気はいきなり柔らかくなった。

「最初から殺す気なかったんですか?」

「お前みたいな紛れ込むねずみ、いちいち殺してたらきりがねえよ。よくあることなんだから。ただちょっと脅しただけだ」

「殺す気ないならこんな脅ししなくても」

「お前を脅したらどのくらいゲロるのか見たかった」

「最低だ……」

「俺は悪い魔法使いなんでな」

 それに、とイオが続ける。

「お前を殺したら俺を追い落とす人間に口実を与えることになる。俺にとってまだ王宮は利用価値がある。しかし、俺相手に魔法を発動させるのは、小僧にしてはなかなかやるな。普通の人間はビビって何もできないからな」

「こんな陳腐な魔法、どこで習うんだ?」

「学校ですけど」

 シグナスが答えると、 イオは驚いた。

「学校?! 学校ってアレだろ。ろうかに立たされたりするやつ」

「学校の知識が偏り過ぎではないでしょうか?」

「俺が若い頃は学校なんてなかったよ……読み書き習いたいやつは村のちょっとできるようなやつに頼んで、それも綴り間違いまくったやつ教えられたりな……」

「年寄りの昔話聞かせろということではないのですが」

「俺も読み書き習ったの大人になってからだよ。読み書きできないやつ普通だったし、リリアは本あんまり読まないから教えてくれなかったたんだよな……」

 完全に昔話を懐かしむ老人の振る舞いになってしまったので、シグナスはだんだんこの魔術師を舐めてきた。

「宮廷魔術師なのに、学校でどのような魔法教えてるかご存じないのですか?」

「俺は学校のこと相談されたことないから、他のやつがやってるんだろうな。こんな幼児みたいな魔法見せられてもキレそうだから相談されなくてよかったけど」

「幼児って」

「ラムダの魔法の改変なんだよな?興味はあるから一度子どもに化けて潜り込みたい」

「怖いです……ラムダの魔法って何ですか?」

「お前知らないのか、普通の人間に魔法を教えたのがラムダなんだよ。正確には、その仲間たちも含まれるけど。忘れるなんて薄情だなあ」

「魔法の歴史は教わってなくて……」

「その時点でつまらねえ学校なんだろうな」

 今度はシグナスは自分から尋ねてみた。

「しかし気になります。あなたはどうして王宮魔術師になったのですか? 魔法使いは権力を嫌うのでしょう?」

「お前はなかなか度胸があるから教えてやろう。金がいるからだ」

 イオは答える。

「リリアを倒すにはリリアの元にある情報では足らなくてな。あいつ、天才肌だから魔法書をあまり持ってないんだ。国外の資料を探して自分で金も稼いだが、やはり足らん。結構国一番の金持ちを頼ることになった。王宮には書庫もあるからな」

「生々しい話になりましたね」

「魔法があれば田舎に引きこもって自給自足するには易しいことだが、金は社会と関わらないと得られない」

「夢がないので聞かなかったことにしてよろしいでしょうか?」

「王族と関わったおかげで他の魔法使いと絶縁されたが、俺はリリアを捕まえられさせすれば良い」

「とんでもないところに来てしまいました。帰って別の方にお仕えしてよろしいでしょうか?」

「まあ、がんばれ」

「許可を出してください!!」

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