第33最終話 卒業式

 玉ねぎ、高っ!


 このごろ、スーパーの玉ねぎが高すぎる。


 玉ねぎ、ひき肉、それに卵。いろいろ買ってスーパーの袋はパンパン。


 重いスーパーの袋をふたつさげて、わたしは車へもどった。


 リモコンでキーを解除し、後部座席のドアをあけた。荷物は後部座席の下に乗せる。


 それから、わたしは運転席に乗りこんだ。


 キーを差し、エンジンをかける。


「ブルルン!」と、気持ちいいエンジンの音が鳴った。


 カーナビで「自宅」というボタンを押す。


 海に近いわたしのマンション。ここからの道順が表示された。


 ポーン、とカーナビが鳴った。


「およそで到着します」


 わたしは運転席で腕を組み、カーナビをにらんだ。


「五時間って、三十分でしょ!」


 カーナビに反論した。


「ほら、いそいでください!」


 しばらくすると「ちっ」という舌打ちが聞こえた。


「人づかい荒いぞ、志保」


 レイコさんの声だ。


「だっていそがないと、マキトくんの卒業式サプライズなんですから!」


 今日、マキトくんは大学を卒業する。わたしはお祝いの料理を作りたい。考えたすえに、決めたのは「ハンバーグ」だ。


「あっちの母親だって、なにか計画してるかもだろ」

「だから、お昼だけ。夕食は家に帰っていいじゃないですか」


 卒業席が終わるのは11時30分。校門のまえで待ちぶせして、おどろかせたい。


 マキトくんが、このマークXで登校したのが8時30分。駐車場のレイコさんと待ち合わせてスーパーへ。


 現在9時30分。残り時間は二時間。


「ぜったい、間に合わせてみせます!」

「ほんと、志保って、意思強いよな」


 レイコさんが言った。


「強いですかね」

「強くないなら、がんこかな。ほんっと、あたしがいないほうが進展すると思ったのにな。ぜんぜんふたり、進まねえの」


 あきれた口調のレイコさんだ。


「だって、あのとき、ほんとに怖かったんですから!」

「ああ、もとダンがいた夜だろ?」

「そうですよ。あっ、でもちがう。もっと怖かったのは、あのときだ!」

「マー坊が初めて高速へ入ったときか?」

「ちがいます、わたしが夜に家へ帰ろうとしたら、だれも乗ってない車が近づいてきたときです!」

「ああ、あれか」

「レイコさん、あれか、じゃないでしょう!」


 ほんと、心臓が止まるかと思った。


 人の乗ってない車が、わたしのそばまできて停まった。自動で車の窓があき、聞こえてきたのはレイコさんの声だ。


「ちょ、だれも乗せないで運転すると、人に見られたらヤバイから。運転席に乗ってくんない?」


 こっちは心臓が止まりそうなのに、レイコさんの声はのんきだった。


 それから車のなかで、レイコさんからいろいろと聞いた。


 いろいろ話をして、最後にレイコさんは言った。


「一回だけ、マー坊に連絡してやれよな。音信不通って、きついぞ」


 レイコさんの言っていることはわかっていた。


「でも、マキトくんに迷惑がかかるし」


 あのときは、そう答えた。わかれた旦那は、ひつこくわたしを追いかけてくるし。


 心が落ちついてきたのは、それから一ヶ月後だ。あたらしいマンションに引っ越して、レイコさんにメッセージを送った。


 マキトくんに対する自分の気持ちを、レイコさんに相談しようと思った。


「レイコさん、お話しできませんか」


 そうメッセージを送った。


 なのに、レイコさんから返ってきたメッセージはこうだ。


「(≧▽≦)ちょ、いま笑点聞いてるから、あとで」


 ほんと、レイコさんって。


 でも、メッセージを送ってよかった。結局わたしはマキトくんと付き合うことになった。


 ふり返ってみれば、あの不動産屋のまえ。雨がふっていて、ふたりがわたしをひろってくれた。


 ふたりに出会ってから、楽しいことだらけだ。車があるだけで、こんなにちがうのかと思った。三人でいろんなところへデートにいった。


「んじゃ、いくかぁ」


 カーナビから声が聞こえた。白いマークXが駐車場からゆっくりと動きだした。


「マー坊も大学卒業だよなぁ。付き合い長くなると、あいつ、どうせ結婚とか言いだすぞ。切りどきかもよ」


 人生のセンパイ、レイコさんからの助言がきた。でも、わたしは反論したい。


「レイコさん、お聞きしますけど」

「うい?」

「いままでで、マキトくんぐらい、いい男、何人いました?」


 カーナビは答えない。答えないのが答えだ。


「では、レイコセンパイ、自宅まで!」

「しょうがねえ。マー坊、おどろかせるか!」


 白いマークXが、駐車場をでた。


 ペーパードライバーのわたしだ。ハンドルを持っているフリだけする。


「ちょっと飛ばすぞ」

「はい、おまかせします」


 白いマークXが大通りにでて走り始めた。


「ったく、マー坊のどこがいいんだか」


 カーナビのレイコさんが言った。


 それは、そっくりそのまま言い返したい気持ちだ。マキトくんは運転が下手へた。車の知識もそれほどない。だけどレイコさんはマキトくんのことが好きだ。


「わたしは、マキトくんを好きですけど、レイコさんも大好きですからね」


 カーナビは答えなかった。こういうときウブな人だ。


 わたしはかるくハンドルをにぎったまま、流れる景色をながめた。自宅までの短いドライブ。いつものように楽しもうと思った。




 中古車転生 完




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