第19話 気ままにとなり街
「すいません、いまバイトは募集してなくて」
となり街のガソリンスタンドだった。
ダメ元で聞いたので、ガッカリするほどでもない。
「いいですいいです。ガソリンだけ入れていくので」
「ありがとうございます。タイヤの空気圧を見ておきましょうか!」
「あっ、だいじょぶです」
ガソリンスタンドの店員さんは言ってくれたけど、レイコさんは熊代さん以外の人にこの車をさわらせるのがイヤだった。
ハイオクを満タンにして、ガソリンスタンドからでる。
「マー坊、今日はどこ行きたい?」
レイコさんに聞かれ、運転しながら考えた。
「山と海、どっちも行きましたもんね」
「そうだな」
「レイコさん、こういうとき、もと走り屋として教えてくださいよ。山と海、これ以外でドライブのスポットは?」
「そうだなぁ」
レイコさんは考えているみたいだ。カーナビが動いて縮小サイズの表示になった。ぼくの住む県の全体が表示されている。
「工場地帯ってのも手なんだがな」
「工場を見て楽しいんですか?」
「工場の夜景ってキレイなんだぞ。大きな工場は夜も動いているからな。無数の明かりが見えて」
あったしかに。ネットで「工場夜景」なんて動画を見たおぼえがある。
「でもレイコさん」
「そう、まだ昼だしな」
そのとおりで、カーナビにある時計は昼の十二時をすぎたところ。
「しかし、あれですね。運命の出会いはなかったですね」
気のむくままに走れば出会いがある。レイコさんはそう言ったけど、さきほどのガソリンスタンドでバイトの募集はしていなかった。
「あっ、別に皮肉で言ったんじゃないですよ。話のネタとして」
レイコさんから返事がないので言葉を追加したのだが、レイコから返ってきたのは意味不明な言葉だった。
「そうでもないかも」
「えっ、なにがです?」
「前方、左」
言われて左の前方を見た。
歩道に自転車を停めて、ご婦人がしゃがんでいる。
「チェーンでもはずれたんですかね」
ぼくが言い終わるより早く、マークXは速度を落として路肩に停まった。
「えっ、まさか、あの女性を助けろと?」
「こまっている人を助けたら、なにかイイコトがあるかもだぞ」
「レイコさん、あの自転車を見てください。うしろにチャイルドシートがあります。つまり結婚されていて、お子さんもいる」
「あっ、マー坊、脈がありそうな女しか助けない。そういうタイプか」
「そんなことないですけど!」
しかし、よく見ると、どこかで見たうしろ姿である。
服はそのあたりで売っている婦人服だ。よくあるスラックスにトレーナー。髮は肩ぐらいまでの長さ。ウェーブのかかった黒髮。
ウェーブの黒髮。
ぼくはシートベルトをはずし、いそいでダッシュボードをあけた。
「うわっ、ヨレヨレだ!」
濡れたタオルといっしょに入れていたからか、もらった名刺は波打っていた。ラウンジ・フルールの名刺。志保さんという女性からもらった名刺。
「ああ、あのときの!」
レイコさんも思いだしたようだ。
「名刺に電話番号でも書いてたか?」
「いえ、メッセージアプリのQRコードです」
「へぇ。今風だねぇ」
感心するレイコさんをよそに、ぼくはスマホを取りだしてQRコードを読みこんだ。
ヨレヨレになっていた名刺だけど、指でのばすとなんとか読みとれた。
志保さんを友達登録して、メッセージ画面をひらいたけど、操作する手が思わず止まった。
「なんて送ればいいんでしょう」
「決まってるさ。ねえ、そこの彼女、お茶しない?」
「それ、ぜったいにウソ!」
レイコさんの案は無視して、とりあえず「いま自転車に乗ってます?」とだけ打ってみた。
志保さんではないかもしれない。いやでも、自転車のそばにしゃがんでいた女性が立ちあがった。肩にナナメがけしていたショルダーバッグからスマホを取りだしている。
そして女性はスマホの画面を見ると、あたりをキョロキョロし、すぐにぼくの車を見つけた。
顔がこちらをむいたのでわかった。まちがいない、志保さんだ。
その志保さんがこちらへと走ってくる。路肩に停めていたぼくは、助手席の窓をあけた。
「マキトくんだっけ!」
「そうです。志保さんですよね」
「チェーンが壊れちゃって!」
「見ましょうか!」
ぼくはハザードランプをつけてから、車をおりた。
志保さんの自転車へと走って近づき、スタンドに立てた状態の自転車を見た。
「ああ、これ、切れてるのか」
しゃがんで見るまでもなかった。チェーンは切れてだらりと垂れさがっている。これは直せない。
ほかに思いついたこともあるが無理だった。トランクに自転車を突っこんで、あけたまま走っている車を見たことがある。でも、ぼくの車のトランクには収納式ウイングがあるので無理だ。
「自転車屋まで、押していくしかないですね」
「自転車屋って……」
志保さんがつぶやいて、ぼくらはふたりとも顔をしかめた。きっと思ったことはおなじだ。年々ガソリンスタンドを見かけなくなっているけど、自転車屋さんはもっと見かけない。
「もう。子どもを、むかえにいくところなのよ」
「保育園ですか?」
「そう」
「熱ですか?」
まだ昼を過ぎたところで、むかえにいくには早すぎる時間に思えた。
「
ぼくも保育園には通っていたが、吐いただけで親が呼ばれるのだろうか。
「熱はないんですよね」
「最近はね、ちょっとしたことでも呼ばれるの」
そうなのか。最近のママさんは大変だ。
「送っていってもいいですけど……」
ぼくはそう言いながら、まわりを見まわした。さきほどのガソリンスタンドはもう遠い。コンビニなど自転車が停められそうな店も近くにはなかった。
いくらチェーンが故障しているからといって、道ばたにポツンと自転車を放置していいのだろうか。
「そうだ!」
志保さんがなにかを思いついたようだ。
「マキトくん、今日だけうちの
「つまり、ぼくがむかえにいけと!」
「そう!」
「それ、いけます?」
ぼくのころでもセキュリティは厳しく、子どものむかえは基本両親だけだったはず。
「スマホのビデオ通話で、ふたりがいっしょに話をしたらいける気がする!」
なるほど賢い。志保さんとぼくがいっしょにいる姿を保育園の人に見せるわけか。
「むかえにいってくれる?」
「も、もちろんいいですよ」
いきなり人生初の経験だ。ちょっと緊張するけど、いいとしか言えない。
チェーンをさわったからか、志保さんが汚れた手でスマホを持ちあげた。
保育園への電話か。これも人生初だ。
「じゃあ、電話かけるよ?」
「よ、よろしくおねがいします!」
どういう顔を作ればいいのかわからないまま、ぼくは志保さんのにぎるスマホへと顔をむけた。
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