第13話 取りあい
「なんて非常識な人なんだ!」
怒りの声は、助手席から。
伊村教授が、カーナビへ指をさしながら文句を言っている。
「あなたは生きてたころから非常識でしたが、まさか車に生まれ変わるなんて!」
この伊村教授には、これまでのことを説明した。ぼくがこの車を買うところから今日までのことを。
そして説明をすべて聞いた上で、でてきた言葉がさきほどの言葉だ。
「私たち工学部の人間が、いまどれほど人工知能や自動音声の開発をしていると思っているんです。それをあなたは、いとも簡単に!」
そっちか。なるほど。この人は工学部の教授だった。
その工学部の教授は、興味深そうな目で車のまんなかに鎮座するカーナビ画面を見つめた。
「カーナビに、あなたの魂が乗りうつった、ということですね」
「ちがう、イムラっち。車全体だ」
そう言うとレイコさんは、フロントガラスのワイパーを動かした。ルームランプもチカチカと点灯する。
「カーナビのCPUにいるわけじゃないのか。なんだこれは。わけが、わからなすぎる!」
伊村教授が驚くのも無理はない。
しかし、ぼくと熊代さんは幽霊だと思い腰をぬかした。でもこの伊村さんは驚いてはいるけど、恐怖などは感じていない。教授だけあって、頭は根っからの理系のようだ。
「これはもう、究極の車だ」
「イムラっち、褒めすぎ-」
カーナビ画面に「…… ヨセヤイ(/ω\*) ……」と文字も流れた。レイコさん、芸が細かい。
「レイコだけで走れば、無人の車が走ってるって都市伝説ができるぜ」
後部座席の熊代さんが、笑いながら言った。
「だめだって、クマちゃん。なるべく目立ちたくないんだってば」
カーナビから真面目なレイコさんの声が聞こえた。
「あたしはこの初代マークXって車を気に入ってるんだ。かつての『ポルシェ500』みたいに、呪われた車みたいなイメージをつけたくない」
レイコさん、すでに中古車屋からはそう呼ばれてましたけど。
でも、レイコさんの言った車がわからなかった。
「あの、ポルシェ500って」
「マキトくん」
助手席の伊村教授が、メガネをあげながら口をひらいた。
「ジェームズ・ディーンは知ってるかい?」
「ああ、はい。父親が好きでブルーレイ持ってます。ハリウッド俳優ですよね」
「そう。1955年の映画『理由なき反抗』で、若者から絶大な人気をほこった」
「そんな古い映画だったんですか!」
「そのジェームズ・ディーンが人気絶頂のころ、事故で死んだ。そのとき乗っていた自家用車が」
「ポルシェ500、ですか」
「そう。それからポルシェ500は、呪われた車というイメージがつきまとった」
なるほど。ハリウッドスターが死んだ車か。そりゃイメージ悪い。
しかし事故って多いんだな。このまえ、熊代さんも「事故るなよ」と言っていたし。
「ぼく、安全運転を心がけます」
「それなんだが、マキトくん」
助手席の伊村教授が、あらたまった顔で運転席のぼくへと顔をむけた。
「この車、私にゆずってくれないか」
「い、伊村さんにですか?」
「きみにとっては、ただの車。でも私にとってはちがう」
「ちょっと、イムラっち!」
カーナビからレイコさんの声が聞こえた。
「ただの車じゃない。マー坊が汗水たらして働き、初めて買った車だ」
「わかってます、レイコさん。もちろん
ふたりのやり取りを見ていて思った。この三人は旧知の仲だ。そしてぼくは初心者ドライバー。この車をまかせたほうが、いいのだろうか。
でも二十万もらったとして、はたして次に二十万で買える車はあるのだろうか。
なぜか伊村教授がフロントガラスから青空を見あげた。太陽の光に反射して、メガネがキラリと光った。
「マキトくん」
伊村教授がぼくへと顔をもどした。
「どうだろう、一千万で」
「いっ!」
ちょっと待って。二十万で買った車が、一千万?
「そりゃ、ちげえだろ、伊村」
後部座席から声が聞こえた。ふりむいてみれば、腕をくんだ熊代さんが伊村さんをにらんでいる。
「はした
これは反論したい。熊さん、一千万は「はした金」じゃないです!
「男のすることじゃねえ」
反論するまえに、さらに熊代さんが言った。
そういえばレイコさんも、ことあるごとに「男なら」という単語をつかう。時代がちがうと思うんですが。
「では男らしく、正々堂々と本人に聞いてみましょう!」
伊村教授はグレーのスーツを着た背中をのばした。
「レイコさん、私とマキトくん、どっちに乗ってもらいたいのですか!」
聞かれたレイコさんがしゃべらない。と思ったら、カーナビの下に文字が流れた。
「…… キョロ^(・д・。)(。・д・)^キョロ ……」
そして待つこと、およそ一分。レイコさんの声が聞こえた。
「マー坊かな。おじさんより、若い子のほうがドライブするだろ」
がっくりと肩を落とした伊村教授だった。そしてぼくも、一千万が飛んでいった。
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