第2話 地雷を踏んで島流し
小学5年生のとき島流しになった。
担任が考えついた罰だ。
きっかけは些細な事だった。運動会が間近に迫っていたある日、クラスでも人気のあるE子が、鼻息を荒くして主張した。
「運動会のようなイベントって、クラス全員が一つの目標に向かって一致団結できる良いチャンスだと思うの。みんなで頑張って、学年トップを目指そうよ!」
この提案を、その当時流行っていた青春ドラマみたいだと感じた奴はおれだけだったのだろうか。本当の所はともかく、クラス全員、彼女の意見に賛同した。
担任の女性教師S田(52歳、独身)は、この様子にいたく感激し、どんな協力も惜しまない! こんなに素晴らしいあなたたちなら必ず勝てる! などと豪語して、盛り上がりに拍車をかけた。
おれは学校行事が苦手だ。団体行動よりも、ひとりで静かに本を読んだりしている方がいい。それでも、何とか、辛うじて列からはみ出さないように、気を付けていた。
しかし、ある時おれは、しくじった。
いよいよ一週間後に、運動会本番を迎えようという放課後の事だった。
クラスで一番足の遅いおれを巡って、クラスが対立した。
『こいつはどの競争でも点数が取れないから、出場させない方がいい派』と
『クラス全員が出なければ意味がない派』
おれ自身は辞退を申し出たのだが、あっさりとは聞き入れられなかった。
そして、ついにE子の口から、世にも恐ろしい提案が飛び出した。
「これから一週間、お昼休憩と放課後あなたの為に、わたしたちみんなで練習に付き合うというのはどう!?」
恐怖に震えた。
なんとかして断らなくてはと焦った。
自分の為に、他人の時間まで拘束するなんてもっての外だ。
だが、何と言えばいいだろう。必死に考えた。
皆、おれが発言するまで、温かく見守ってくれている。そう思うと余計に緊張した。
それでも、懸命に声を絞り出す。
「で、でも、昼休憩は、ゆっくり昼食を食べて、読書をしたいから」
おれは、手にぐっしょりと汗をかきながら、何とか自分の気持ちを述べることが出来た。
恐る恐る顔を上げると、クラスメイト達の表情が一転していた。
今でも覚えている。あの虫けらを見るような目。
地雷を踏んだ!
嘘でも「みんな、落ちこぼれの僕なんかの為にありがとう。一生懸命頑張ります!」と言えば、皆の気持ちを満足させてあげられたのかも知れないのに。
しかし、おれには、そんなにひどい事を言ったという意識はなかった。
そんなつもりは毛頭なかったのだ。
この事は、ただちにS田に報告され、おれはクラス会議にかけられた。
無論、被告人としてだ。
S田は激怒した。
おれは他者の善意や優しさが分からない人間だ。せっかく一緒に練習しようと言ってくれたクラスメイトの好意を土足で踏みにじる悪人。だから厳罰を下さねばならない。
流刑に処された。
おれの机は、教室の後ろの隅に、一つだけぽつんと置かれることになった。
誰も話しかけてはいけない。
おれも、誰にも話しかけてはいけない。
それまでは、おれにも、少しは話をして笑い合えるくらいの相手がいた。しかし、この時を境に、それさえも失った。
S田とクラス全員は、実に素晴らしいチームワークで、一ヶ月間、徹底的におれをいないものとして扱い、無視し続けた。
それ以後、おれは表面上は変わった。
自分の意見が全体意見と違って、納得がいかなくても、もう一切、何も言わない。
口を開けば何か間違ったことを言ってしまうのではないか。
また失敗してしまうのではないか。
人と接するとき、いつもそんな恐怖に襲われ、気後れしてしまう。
ちゃんと話さなければと思うときほど、よけいに言葉が出てこなくなる。
虫でさえ、コミュニケーションするのに。
この世には羊と狼しかいない。
食われる側と、食う側と。
そしておれ、綿延朔(わたのべ さく)は……羊だった。
爪も牙もない。
それをおれは小学5年で学んだ。
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