第1話 「これだからガキは嫌いなんだ」
痛みを辿ったその先には、小さく丸まった白い塊。
俺あこいつの正体を知ってるぜ。
「おい、豆大福。俺のしっぽを引っ張るたぁどういう了見だ?」
プルプルと震える豆大福から、ひょこりと小さな耳が顔を出す。
「ぼくは豆大福じゃない!立派な猫だ!」
ずいぶんと威勢のいいガキだ。泣き腫らした目をしながらシャーシャー言ってやがる。
「そうかい。じゃあ“立派な猫”さんよ、そろそろ俺のしっぽを離してくんねえかい?」
俺は踵を返して再び歩き出そうとする。
グンッ
……。どうやらこの“立派な猫”は俺を離しちゃくれねえようだ。
「ぼうず、俺になんの用だ?」
はーっとため息をひとつついて、懐から細い棒を取り出す。
そいつを咥えて深く吸い込み、湿った夜の空にふうーっと吐き出す。
ガキのおもりなんざ、マタタビでもキメねえとやってられねえさ。
「母ちゃんが、母ちゃんがいなくなったんだ」
何かと思えば、迷子の迷子の子猫ちゃん、と来たもんだ。
「……悪いが」
咥えていたマタタビを口の奥で軽く噛む。
「俺は犬のおまわりさんじゃあない。よそを当たるんだな」
「待ってよおじさん!母ちゃんを探してよ!」
小さな背中をボワっと逆立てながら、再び俺の尻尾を強く握ってくる。
おいおい、大事な毛が抜けちまうじゃねえか。
まったく今日びのガキは遠慮ってもんを知らねえ。
「だからなんで俺が――」
「おじさん、トクベツな猫なんでしょ?」
ピクッ
ポトリ、と小さな音を立ててマタタビが冷たいアスファルトに転がる。
「母ちゃんが前に言ってた」
風が、吹き抜ける。
落ち葉が舞いあがる中、真っ直ぐに見つめてくる瞳が俺を縛りつける。
「三毛猫の雄は滅多に生まれない、トクベツな猫なんだって。……そして、トクベツな力があるって」
「……それで?」
静寂が流れる。
どこか挑むようなその瞳を、真っ直ぐに見据えながら一歩前に踏みだす。
「お前はそのくだらない言い伝えにすがろうってのかい?」
ぴくりと耳が揺れ、瞳がたじろぐ。
「……だって。ぼくにはもう、それしかっ……」
さっきまでの威勢はどこへやら。俯いたかと思えばグズグズと泣き始めちまった。
「はあー」
もう何度目になるかわからないため息が口から漏れる。
……ったく、これだからガキは嫌いなんだ。
俺はぽふっと小さな頭に手を置いた。
「ぼうず、名前は」
目の前の泣き虫は、小さな体を一瞬びくりとふるわせると声をしゃくり上げる。
「名前なんか、ないよ。母ちゃんは、坊やって呼ぶ」
「……ああ、そうか。お前、野良か」
俺たち猫には、人間みたいな“名前”なんざない。……それこそ、人間に飼われでもしねえ限りな。
「喜べぼうず。お前にとっておきの名前をくれてやる」
白く小さな丸い体に散りばめられた黒いぶち。俺あ最初に見た時からわかってたぜ。
「今日からお前は豆大福だ」
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