第3話 人間好きのお医者様

 拷問部屋に残されたのは、クライヴと呼ばれた男とゆずだけだった。一つにまとめられた明るい茶髪に緑の瞳。柔らかな顔立ちだが、ヒツジのツノとトカゲのシッポは、悪魔である証明だ。クライヴは指一本動かせないゆずを支え、口元に試験管を差し出した。


「この薬を飲んで。傷が治るはずだ」


まだ恐怖の最中にいるゆずは、逆らうことが恐ろしく、されるがままに飲み干した。すると、緑の光と共に傷が治ってゆく。痛みも無い。


「うん、よかった。奴隷紋が効きすぎたと聞いて、調節していたんだ。遅くなってごめんね」


ここに来てはじめて優しくされた。ゆずは安心感を覚え──


「っあああああ!」


激痛に襲われた。


「奴隷紋か。感情を感知して作用するとは……かなり効いているようだな。ああ、待ってね。解除するから」


クライヴは急ぐ様子も無く、藻掻くゆずの奴隷紋に触れる。クライヴは他の悪魔のように人間に酔うことは無い。それよりも探求心の方が強いからだ。今も、人間の挙動を一つも見落とさないよう、脳にデータを刻んでいる。


「もう治まったでしょ? あれ? まだどこか痛い? 薬は完璧だと思ったんだけどなぁ」


クライヴがからの試験管を振りながら考え込む。そしてなるほど、と呟いた。


「もしかして、怯えてる? 回復薬じゃ怯えは治らないのか。発見だ。……ああ、そんな顔をしてはいけないよ。ニンゲンの怯え顔は悪魔のツボなんだ。非常にそそる」


穏やかな口調でとんでもないことを言いながら、クライヴはゆずの前に座り直した。


「気を紛らわすために会話をしてみよう。ニンゲンさん、君はいくつ?」


ゆずは答えるかどうか迷ったが、クライヴは初めて出会った会話のできそうな悪魔だ。逃す手は無い。


「じゅうなな……」

「17!? 生まれたてじゃないか!」

「え?」

「3ケタまでは子どもだよ。4ケタでやっと一人前」

「ケタ?」

「僕は3000年くらい生きているよ。まだまだ若者だ」

「わかもの……?」


クライヴが驚愕し、ゆずも首をかしげる。物語の悪魔は寿命が長いイメージがあるが、ここの悪魔たちもそうなのだろうか。


「なるほど、程よく好奇心を刺激することで、緊張がほぐれたようだ。君の恐怖が回復薬で治らなかった理由を、一緒に考えてくれないかい?」


クライヴは研究者だ。すかさず疑問をぶつけて来た。先ほどよりは抵抗も無く、ゆずはその答えを考える。


「……それは、多分、身体の傷じゃないから」

「身体以外に傷が? 精神攻撃系の魔法は使っていないと聞いたけれど……」

「心を、怪我したの」

「心か。なるほど。身体が元気になれば精神も元気になると思っていたよ」

「ならない。怖いこと、された、こと、忘れない……」


クライヴは分かっていないように考え込んだ。ああ、人じゃないんだ。ゆずは表情に出さないよう努めた。


「それは憎しみ?」

「分からない。でも今は、怖いの方が勝ってる」

「なるほど。もしかしてだけど……恐怖を感じ続けたら感情が麻痺して恐怖を感じなくなる、なんてことは……」

「!!」


渡りに船だ。ゆずは必死に頷いた。


「す、する! 心が傷だらけになると、いつか壊れて何も感じなくなる!」

「それはちょうどいい。それを使って拷問をやめるよう言ってみるよ」


提案は、予想以上にあっさりと受け入れられた。


「できるの?」

「僕は君専属の医者だからね。多少は説得力があると思うよ。元々僕は拷問に反対してたんだ。いつか誰かが我慢できなくなって殺すだろうから」


後半は聞かなかったことにした。


「それはそうと、拷問の作用も知っておきたい。何がどう怖かった? どれが一番心に傷を作ったと思う? というか何されたの? 悪魔の外見は怖い?」

「それ、答えないとダメ……?」


どの問いも、トラウマを掘り返しそうだ。


「いいや? 僕の好奇心さ。ああでも、質問責めはフェアじゃないな。どうだろう、魔王城を案内するよ。君の質問にも答えよう。だからさ、データが欲しいなー、なんて」

「魔王城……」


これはチャンスではないだろうか。このまま逃げてしまえるかもしれない。


「案内、お願いします」

「じゃあ、周りからちょっかいをかけられないように、首輪と紋を僕の血で上書きして……っと」


にっこり頷いて、クライヴは自分の指先を噛み、血を首輪の宝石と奴隷紋に塗った。


「ひっ……」

「一時的だけどね。ふふっまた魔王様にどやされそうだ」


言葉の割にクライヴは楽しそうだ。


「ああ、服も直してあげようね」


クライヴがくるりと指を振ると、セーラー服がシミ一つ無い新品に戻った。




 魔王城の中は古いが明るく、とにかく大きかった。まるで魔法学校を舞台とした映画のセットだ。


「すごい……!」

「ふふっ喜んでもらえて何よりだ」


借りたローブで顔を隠しながら、ゆずはきょろきょろしていた。クライヴがひと気を避けているお陰で、悪魔とはすれ違わない。


「ここに、人間はいないんですか?」


思い切って、気になっていたことを尋ねてみる。悪魔のあの興奮。答えは予想で来ているが。


「いないよ。精霊界と取り合っていたけど、5000年前に絶滅した。それからずっと、魔界ではニンゲンを召喚する方法を研究していた。君が初の成功例だ」


精霊界。絶滅。それよりも気になることがある。


「じゃあ、私以外にも人間が来る……?」

「どうだろう。召喚方法はここ1000年くらい変わっていない。つまり君がここに来たのは完全なまぐれなんだよ」

「私、運、悪いですね」

「魔界にとっては歴史的な出来事なんだけどね」


クライヴは人のいい笑顔のままだ。悪魔は共感ができないのだろうか。


「……どうして人間は絶滅したんですか? 私帰れないんですよね。ここで生きていけますか?」

「したたかだねぇ君は。そう、帰れないだろうね」


傷つかないための予防線を、やすやすと突破された。ゆずは実感が湧かないまま続きを聞いた。


「魔界と精霊界は地続きでね。間に人間界があったんだ。どちらにとってもニンゲンは力の源で、それぞれ効率のいい収集法を開発した。精霊界はニンゲンの寿命を奪い、魔界はニンゲンを拷問した。結果、ニンゲンは絶滅した」

「そんな……」

「でもどちらも、ニンゲンが豊富だった頃の方法だ。拷問以外の方法があると思うんだ。回復薬だって万能じゃない」


クライヴとは根本的な考え方が違っているが、少しは信用してもよさそうだ。


「どうしてそうまでして、魔力を集めているの?」

「いろいろあるけど……ニンゲンが絶滅してから、平均寿命が半分になったんだ。縮まる一方さ」

「私一人で変わるの?」

「変わるよ。だからニンゲンからどれだけ魔力を搾り取るか、みんな必死なのさ。……うつむいて」


クライヴが声を落とした。直後、聞きなれたしゃがれ声が聞こえた。


「その小さいのはニンゲンか……?」


ヘビ男だ。


「……そう。魔王様にお見せしようと思ってね。あっ」


考える前に身体が走っていた。もう二度とあんな痛みはごめんだ。


「ニンゲンが逃げたぞ!! 追え!! なぜ首輪が発動しない!」

「あはは、散歩くらいいいじゃないか」

「クライヴ、貴様っ!!」

「城からは出られないんだしさ」


廊下に響いたやり取りは、ゆずの耳には届かなかった。

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