第2話 誰も気づかない
私はギルドの受付嬢になる前、冒険者をしていた。しかもランクはAだ。
だか、とある任務の途中で怪我を負ってしまい、これ以上冒険者を続けることができなくなってしまった。しかし私は冒険者が好きだから何らかの方法で冒険との関わりを持ちたいと思い受付嬢になった。
いくら冒険者じゃなくなったからと言っても元Aランクだ。腕は落ちたがそこまでの過程で培った勘と動体視力はそこまで衰えるわけじゃない。
——だが見えなかった。
私に唯一見えたのは、彼女が手から彼女の身長より大きい大鎌を取り出した瞬間だけだ。
そして次の瞬間、私が”それ”を認識した瞬間、冒険者の腕が飛んでいた。そして彼女はまるで何事もなかったかのように、本当に何もなかったかのようにこちらを見て笑顔を浮かべている。
おそらく私と同レベルかそれ以上の者でなければ認識すらできなかっただろう。
なぜなら私ですら見えたのは一瞬なのだから。
しかも”いつのまにか大鎌は消えている”
ギルド内にいる冒険者は彼女を助けようとしていた。彼らの悪評はみんな知っているし、しかもその悪意が新人に向かったとなれば見過ごせないものが大半である
冒険者の本分は助け合いの精神だ。
基本冒険者は善であり、そのため、彼らを信用して一般人はギルドに依頼をする。
(まあ、例外はいるが…)
だからこそ彼女が絡まれたとき、何かあっても大丈夫なように気付いたものは構えていた。
しかし、ここにいる誰もが気づかなかった。いや、気づけなかった。
——その大鎌の存在に
「ぐぁあああああ!」
「っ!? ザッコ! 何があった!?」
「う…うでがぁ! 俺のうでがぁぁあ!!」
「っ…! 誰だ! 出てこい!! 誰がやった!」
ギルド内に響く悲鳴と怒号。
しかし、白亜は静かに立っていた。
(良かった、誰も気づいていない。この調子だと腕は鈍ってないようね)
白亜は誰にも見られないように、瞬時に大鎌を召喚し、そして消した。
動きに気づいたのはほんの一瞬、受付嬢だけだったが——彼女は白亜の雰囲気を察し、何も言わなかった。
(ここで殺すと目立つわね。後から人気のない場所に誘導して処理する方が得策)
「っ…! おい、大丈夫か! ポーションだ!」
血相を変えた冒険者が、慌ててポーションの瓶を取り出して差し出す。
「いくらお前だろうと、目の前で苦しんでいるやつは見過ごせねぇ……」
「ぐぁあ、いてぇ……クソッ! おい新人! てめぇが何かしやがったのか!」
怒りと痛みに顔を歪めながら、ザッコが白亜を睨みつける。
しかし、白亜は静かに首を傾げた。
「……何の話?」
淡々とした声色で返す。
「はぁ!? てめぇ……! ふざけんな! 俺の腕が突然……!」
「さあ、何かに襲われたんじゃない?」
白亜は肩をすくめ、まるで無関係であるかのように振る舞う。
実際、ギルドにいた誰もが何が起こったのかを理解できていなかった。
「な、何を言ってる……!? お前の目の前で起きたことだろうが!」
「私も驚いたけど? まさか目の前で腕が飛ぶなんてね。こわいわぁ」
「てめぇええええ!!!」
ザッコが怒りにまかせて立ち上がろうとするが、その瞬間、受付嬢が慌てて制止に入った。
「落ち着いてください! まずは治療を優先してください!」
すでに手慣れた動作で、受付嬢は追加のポーションを手配し、ザッコの傷口を処置しようとする。
ザッコの仲間はまだ困惑した様子で、周囲を見渡していた。
「くそっ……何が起きたってんだよ……!?」
「俺にはさっぱりだ……」
周りの冒険者たちも顔を見合わせている。
「……誰か、見たか?」
沈黙が降りる。
誰もがその鉛のように重い空気に眉を顰める。
「……」
「……いや、何が起きたのか……」
「俺も……気づいたら腕が落ちてた……」
「……」
誰も状況を把握できていない。
(よし、このまま誤魔化しきれそうね)
白亜は内心安堵する。
「とにかく! まずは傷を塞ぎますから、じっとしていてください!」
受付嬢がザッコを座らせ、治療を進める。
その間、彼女はちらりと白亜を見たが、何も言わなかった。
白亜の目立ちたくないという雰囲気を察し、あえて黙っているのだろう。
一方で白亜は、極力目立たぬよう静かにその場をやり過ごそうとするが——
「……いや、おかしくないか?……」
ふと、ある冒険者が白亜を見つめて言った。
「お前、新人だよな……?」
その声に、ギルドの冒険者たちの視線が白亜に集まり始める。
(……面倒なことにならなければいいけど)
白亜は、あくまで何も知らないという顔を貫きながら、静かに彼らを見返した。
「そうだけど? それが何か?」
淡々とした声色で返す。
「いや……お前、全く動揺してないよな」
「へ?」
なんのことだ?
「いやだって、目の前で人の腕が飛んだんだぞ!? 普通ならもっと驚くというか、その…動揺するだろ!」
たしかに、その場にいたほとんどの冒険者が「何が起こったのか分からない」という混乱と、流血の光景への嫌悪感からざわついていた。
なのに白亜だけが冷静で、何も感じていないように見える。
まるでそれが日常だと言わんばかりに。
「……まぁ、正直驚いたけど。私に言われても…」
「お、おう……?」
(よし、適当に流せそうね)
白亜は内心、ふぅと息をついた。
しかし——
「おい、お前本当に何も知らないのか?」
別の冒険者が口を挟んできた。先ほどポーションを差し出した男だ。
「さっきから静かにしてるが、何かやったんじゃないのか?」
「私が? いやいや、まさか。どうやって?」
白亜は腕を広げ、まるで何もしていないことを強調するように笑った。
「私、今ここで冒険者登録しに来たばかりなんだけど?」
「……それはそうだが……」
「第一、どうやったら腕が吹っ飛ぶのよ。私にそんなことできるわけないでしょ?」
冷静に、そして論理的に返す。実際、誰も白亜の攻撃を見ていない。
(ここまでくれば、まあ大丈夫ね)
白亜はさりげなく何気ない素振りを見せる。
「……まぁ、確かに……」
「そもそも誰も見てねぇしな……」
ギルド内の冒険者たちも、どう考えても不可解なこの状況に、疑いを向ける対象がいないため困惑している。
その時——
「——ぐ、ぐぐ……クソッ、畜生……」
傷口を塞がれたザッコが、痛みに顔を歪めながら呻いた。
「おい! もういい! 無理に動くな!」
「ふざけるな……! 俺の腕が……腕が……!」
ザッコは悔しさに震えながら、殺気を込めた目で白亜を睨みつけた。
「おい……お前だろ……! 俺の腕をやったのは……!」
「ええ……?」
白亜はわざとらしく困ったような顔をする。
(なんで証拠もないのに決めつけるの…)
「何言ってるの? 私、動いてないけど?」
「嘘をつくな! お前が、何かしたんだろう!!」
「証拠は?」
「っ!!!」
ザッコは怒りを滲ませた表情を浮かべたが、言葉に詰まる。
そして、その場にいた誰も…いや、
新人である白亜以外が感じ取る。
この新人は——普通の奴じゃない。
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