第17話 手袋(グローブ)を買いに
同日。無事に練習初日を終えた祐人は、健太と共にある場所へと向かっていた。
「どうだった? 久々の野球部の練習は?」
隣を歩いていた制服姿の健太が祐人に声をかける。
「久々すぎて、ついてくのでやっとだったよ。現に今も足ガクガクだし。やれやれ、決まりだな。こいつァ明日は全身筋肉痛だ」
「ガッツかお前は。でも見てた感じだと結構、動けてたと思うぞ? 久々って割には息も上がってなかったしな」
「まぁ、中学の頃から毎日走ってるからね」
「へぇ、偉いな。一日どれぐらい走ってるんだ?」
「42.195キロぐらいかな」
「フルマラソンの距離じゃねーか!」
「毎日走ってても、野球部の練習はハードだね」
「毎日42.195キロ走る方がよっぽどハードだろ!」
「まぁ、嘘なんですけどね」
「分かってるわ!」
歩きながらいつもの様に爆笑のトークを繰り広げていると、健太はある一軒の家屋の前で足を止めた。ガラス戸の窓には日に焼けて色褪せた野球選手のポスターが貼られ、入り口には「ミゾノスポーツ」と書かれている。
「ここは?」
「この島で唯一のスポーツ用品店さ。おっちゃん、いるかー?」
祐人の質問に答えながら、健太はガラス戸を開けて店内に声をかけた。すると程なくして店の奥から、無精髭を生やした大柄な男性が姿を現した。「父さんと同い年くらいかな」と祐人は思った。
「おぉ、ケン坊か。練習の帰りか?」
「あぁ、練習試合も控えてるからな」
「そりゃご苦労さん。で、そっちは?」
健太に気さくに応じた男性は祐人に視線を移し、そして尋ねる。
「おじさん……オイラが見えるのかい?」
「妖怪かお前は。初手からボケかましてないで、普通に自己紹介しろよ」
「初めまして。ケン坊のマブダチの五十嵐祐人です」
「さっそく俺の新たな呼び名を取り入れるんじゃねぇ!」
「ハハッ! 面白ぇ坊主だな。俺はここの店主の
溝野は笑いながら自己紹介を済ませると、疑問を口にした。健太はその問いに答える形で補足説明をする。
「こいつ、引っ越して来たばかりの転校生なんだ。色々あって野球部の助っ人をやってもらうことになったんだけど、硬式用のグローブを持ってないって言うんだよ。それで見に来たんだ」
「なるほどな、道理で初めて見るわけだ。そういうことならじっくり選んでってくれや。売る程あるからよ」
「そりゃそうだろ」
「試着とかってできます?」
「あぁ、構わんよ」
「ありがとうございます! じゃあこの超かっこいい競泳水着を……」
「いや、グローブ選べよ! 何で水着試着しようとしてんだ!」
健太の激しいツッコミに、祐人は平然と答える。
「せっかく綺麗な海があるのに、そういや水着持ってなかったなと思って」
「水着買うために連れて来たんじゃねーんだよ!」
「でも水着がないと海行っても泳げないし……」
「まずはグローブだろ! 後にしろ後に!」
「今年の夏は20回ぐらい海に行こうと思ってる」
「楽しい夏になりそうだな!」
「ははは!」
二人の軽妙なやり取りに溝野は豪快な笑い声を上げた。一通りボケて満足した祐人は、当初の目的を果たすべく店内を見渡した。狭い店内の一角には野球用品が置かれており、陳列棚には色とりどりのグローブが並んでいる。祐人はその中から数少ない左用を見つけ出して、手に取った。それを見た溝野が物珍しそうに声をかける。
「あんちゃん、左投げか?」
「よく僕がサウスポーであることを見破りましたね」
「分かるだろ、そりゃ」
祐人の小ボケに健太がすかさずツッコミを入れる中、溝野は話を続ける。
「確かこの間連れて来た1年坊主も左投げじゃなかったか? ほら、あのグローブ買っていった」
「山田のことか?」
「そうそう、それだそれだ! どうだ? 少しは上達したのか? あの1年坊主」
「まぁ、成長したようなしてないような……」
「なんだずいぶん歯切れが悪ぃな」
「技術面は成長したと思うけど、精神面がなぁ。どうにも周りに遠慮がちっていうかさ」
「遠慮がちねぇ。ま、上級生しかいねぇんじゃ無理もねぇわな」
「そうなんだよ。ところでイガ、グローブは決めたのか?」
健太は話を変えるようにして祐人に話を振った。祐人は右手にグローブを着けると、開閉して使い心地を確かめてみる。
「何か練習で使ってたのと比べて、か……たっか!」
「……かたか?」
使い心地を確かめつつグローブを眺めていた祐人は、突如として奇妙な言葉を発した。祐人の視線はグローブのベルト部分に向けられている。
「あぁ、そういうことか」
祐人の言葉の意味を理解した健太は、納得したようにつぶやいた。
「硬式用のグローブってこんなにすんの!?」
祐人が見ていたのはグローブのベルト部分に取り付けられた値札だった。そこには「¥40000」と記されていた。
「まさか4万円もするなんて……これは想定外……! 手も足も出ない……!」
高額に驚愕する祐人を宥めるように健太は言う。
「まぁ、硬式用は高いんだよな」
「えー、そうなの? しかしそうなると困ったな……完全に予算オーバーだよ」
「予算はいくらなんだ?」
「39800円」
「ほぼ4万じゃねーか! 200円ぐらい頑張れよ!」
健太はツッコミを入れると、溝野に尋ねる。
「つーわけでおっちゃん、もう少し安いのないの?」
「そもそも左用は物自体少ねぇからなぁ……いや、待てよ? ちょっと待ってろ」
そう言うと溝野は店の奥へと引っ込んでいった。二人がしばらく待っていると、溝野が黒いグローブを携えて戻ってきた。
「在庫を漁ってみたら、ちょうどいいのがあったぞ。ずいぶん前に仕入れたもんだから型は古いが、問題なく使えるはずだ」
溝野の言葉に祐人が尋ねる。
「でも……お高いんでしょう?」
「型落ちだから、税込みで2万円でいいぞ」
「安ぅ~い♡」
「夢グループか」
健太のツッコミを受けながら、祐人は鞄から財布を取り出し中身を確認する。
「その値段なら何とか買えるかも……あ、だめだ。財布の中、40円しかないや」
「じゃあ予算40円じゃねーか! っていうか40円!? 小学生でももっと持ってるぞ!?」
「そうは言うけど、明治時代なら40円っていうのはすごい大金で…」
「令和だ今は!」
「ごめんくださーい」
祐人と健太が騒いでいるとガラガラと扉が開き、眼鏡をかけた男性が入ってきた。その姿を見た祐人は思わず声を上げる。
「ち……父上!」
「お前、親のこと父上って呼んでんの?」
「誰かと思えば我が息子、祐人じゃないか。どうしたんだ? こんなところで」
「ほら、この間生徒会に入ったって話したじゃん? それで今は野球部の助っ人やっててさぁ。それでグローブが必要だから買いに来たんだけど、予算オーバーでお金が足りなくって」
「前後の繋がりはさっぱり分からんが、とりあえず困ってることだけは分かった」
「父さんこそどうしてここへ?」
「父上じゃねーのかよ」
「『あれ? こんな所にスポーツショップがある。昨日までなかったのに。興奮してきたな』と思って、入ってみたんだよ」
「どういう理由だ」
祐人の父はツッコミを入れる健太に視線を移し、声をかける。
「君は……鈴木健太くんだね? 祐人から話は聞いてるよ。クラスにツッコミの名手がいるって。今度祐人と二人でお笑いのコンテストに出るんだって?」
「いや、出ませんけど!? 普段、俺のことどう聞いてんすか!?」
「そこで2人のコンビ名を考えてみたんだけど……」
「出ないって言ってんのに!」
「『ミゾノスポーツ』なんてのはどうだい? これは僕の思い出の店の名前で……」
「この店の名前じゃないすか! 今日来たばかりで思い出!? すごいボケてくる! 友達の親が!」
「ちなみにさっきの『こんなところ』というのは『このような場所で』という意味で、この店を悪く言うつもりは一切ありませんが、ご気分を害してしまったのなら、申し訳ありません」
「……と思ったら、急に常識的な対応! この感じ、間違いなくイガの父親だ!」
「いくらのグローブが欲しいんだ?」
「20000円」
(……急に正気に戻るのは遺伝なのか?)
健太が心の中で訝しげにつぶやく中、親子の会話は続く。
「それでいくら足りないんだ?」
「19960円」
「全然足りないな。40円しか持ってないじゃないか。よし! じゃあここは父さんが協力してやろう」
「え、いいの!?」
「少し早い誕プレだ。その代わり大事に使うんだぞ?」
「父さん、ありがとう!」
「よかったな、イガ。でもお前、秋生まれとかいってなかったか?」
「うん。10月」
「今、5月だぞ!?」
「だから少し早い誕プレって言ったろう?」
「5か月って少しすか!? あと大人が誕プレって言うのなんか嫌!」
「じゃあこの超かっこいい競泳水着ください!」
「お前はお前で、何でまた水着買おうとしてんだ! そんな気に入ったんか!?」
「そうだぞ、祐人。いつ水着を買うなんて話になったんだ? 今はグローブを……あ、何だ。財布の中、40円しかない」
「何で40円しか持ってないんすか! 親子揃って!!」
「しかしだね、明治時代の40円はすごい大金で……」
「さっきもまったく同じこと聞いたわ! 似たもの親子か!」
店内には健太の容赦ないツッコミの声が響くのだった。
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