ところどころに白壁の住居のある丘が見えてくる。

「あの丘の裏手に、ベルディの籠っているとされている家がある。坂道の麓まできたら歩きで接近し、夕刻になるのを待つ」

 俺は、辺り一帯に目を走らせた。


(人間の目が見えにくくなる時間帯を狙うということか……)


 ベルディが灯りをつけたら、そこが攻撃の目印になると同時に、逆光により彼の目を眩ますことにもなる。

 ただ、彼に仲間が複数いて、その住居の外に身を隠していた場合、逆に自分たちが包囲されて危機に陥る可能性もある。

 俺が別動隊をあてにしたのは、そういうケースに備えるためだった。


(所詮軍隊では、一人の兵士は捨て駒なのだ。それに組織が生き延びるためには、人身御供を必要とする……)


 けっして暗い気分にはならないが、風にさらされ干からびた砂漠の野牛バッファローの骨のような心境になる。

 それ自体は悲しくもなければ、滑稽でもない。

 もはや感情はない。

 ただそこにある、というだけだ。


 ビンスが、どこからともなく取り出したポケットウィスキーの口を開けると、ひと舐めした。

 それを見ていたオレに、それを寄こそうとする。「よう、要るか、新入り?」

 首を振ると、彼は苦笑いした。「そっか。男とは間接キッスしたくないよな♪」

 オレは、思わず目をしかめた。

 ビンスは口角を下げたかわりに、眉を浮かせた。


「でも、お前は平気なんだな」

「……何が?」

「新入りは、その……怖くないのか?」


 ビンスの顔がやけに神妙だった。

 その唇が心なしか震えている。彼は、過去の凄惨な現場を思い出しているのかもしれない。

 俺は、息を飲んだ。


「いや。……俺はもしかしたら、まだ戦闘経験がないせいで想像できていないだけかもしれないが……」


 彼は、ふんと鼻で笑った。「ま、知らない方が良いのかもな……どうせ、死ぬのは一瞬なんだろうし……」

 そこまで言って彼は俺の目を覗きこんできた。

 それで思わず目を伏せてしまう。


(俺の前任者のことを言っているのか? あるいは……?)


 俺は、思いを巡らせる。

 すると彼が急に俺の背中をバシバシ叩いて笑い出した。

「あーはっはっは! なあんてなあ! おいら、まだ死んだことないから分かんねえや♪」


(は……?)

 声が出ない。

「なに? ビビッてんのかよ、新入り?」

 運転席のジェロームも愉快そうに混じってくる。「そうだな、オレも思い返してみれば、まだ死んだことなかったな〜」

 笑い声が二人になった。

 緊張の場を和まそうとしたのか、単に初陣の俺をおちょくりたかったのか分からないが、どうも笑えなかった。どちらかと言えば、不愉快だった。

 それを顔に出す代わりに俺は独り言くらいの大きさの声でいった。


「どうせ人は皆、もうすぐ死ぬ。順番待ちをしているだけだ」


 二人とも“鳩豆”な顔つきとなる。

 リーダーはその間、息を殺しているかのようにまるで反応しなかったが、前座席からミステールの深く長いため息が聞こえた。

「……ちがいないな」

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