その少女を次に見たのは、朝食をすませた帰りがけだった。

 このあと新しい仕事をもらう相談でカフェバーのマスターに会いに向かうべく、人波にもまれながら別の通りに出ようとしていたところだった。


 ふと、その向こうを見ると立派な口髭の歳のいった男性警官があの少女の細い手首をつかみ、今まさに吊り上げようとしていた。

 そして、警官はそばの八百屋の親父に何か言いながら、少女をそこから連れて行こうとしているようだった。

 俺は不審に思い、その八百屋の方へ足を向けた。

 少女は無言で抵抗していた。そんな彼女を、警官が空いた手を振り上げ平手打ちしようとしたのを見て、俺は一気に詰め寄ってその手をつかんだ。

「なっ……?!」警官は、驚きの声を上げた。それから、俺を見た。

「貴様ぁ、何のつもりだ?」

 やけに柄の悪い口の聞き方をする警官である。内心あきれながら、俺は努めて飄々といった。

「そいつは、俺のセリフだ」

「なぬぅ?!」

 

 警官はたちまち激昂したが、なお少女の手を離さない。

 彼女は怯えながらも、上目遣いで俺を見つめていた。

 俺は彼女の目を見て仕方なく少し笑ってみせたが、それが警官には自分に向けられた嘲笑いと映ったらしい。

 顔を赤くさせて、わめき散らした。

「き、貴様も逮捕するぞ!」

「なんで?」

「このワシを誰だと思っている?!」

「お前の名前なんか知らない」

「貴様ぁ! 公務執行妨害と侮辱罪で逮捕だーっ!」


 勝手に自分で気分を悪くしたからと言って、それだけで目の前にいる人間を逮捕するなんて、たまったもんじゃない。

 こんな権力を傘に着た犬には、やはり躾が必要だ。

 俺は、離さずに持っていた彼の手首をさっとひっくり返して後ろ手にした。

「くっ! 何をする?!」

 そこで彼が腰の警棒を取ろうとしたのだろう。少女が解き放たれる。

 彼女は転びそうになったあと振り返り、心配げにこちらを見たが、俺は目配せした。小さく「今のうちに行きな」と言うと、彼女は黙って頷き、そのまま人混みに消えていった。


「さーて、これで心置きなくやれるぞ」

 俺は警官の手を離すと、後ろへ下がった。

 肩を回して首を鳴らす。

 警官が、鼻息荒く警棒を構えた。

「ふん、貴様など、ここで足腰立たんようにしてくれるわ……」

 いつのまにか周りに人の輪ができている。

 俺が拳を固めて間合いを測り始めたそのときだった。

 八百屋の親父が間に入って、俺にすがりつくように腕につかまった。

「旦那ぁ、売り物があるんで、ここで争うのはやめてくださいよー」

「それは、このお巡りさんに言ってくれねえか? 見てたろ? 俺、何もしてないのに逮捕、逮捕って……」

「なぬぅ!?」警官は、ぎりぎりと爪が食い込まんばかりに警棒を握りしめた。

 俺は、取り巻く人々の表情をぐるりと見回した。

 普段から横暴な警官にはうんざりしているはずだが、俺は俺で無職者特有のアブノーマルなオーラが出ているのだろうか。

 一様に、まるでならず者を見るような目している。

 俺はそれでつい舌打ちをした。

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