31 月、きれい?

「いっけええぇッ!」


 手先に集中させた量子エネルギーを、隣の建物に空いた穴に向かって飛ばす。すると、指の先と橋の間で見えざるロープが作られ、己の体が引っ張られる。


 正面から来る風によって、ただでさえ長い私の髪がなびいた。


 少しずつ、着実に、距離が迫る橋の先。


 あと少し、もう少しで手が届く。


「ニィアちゃん!」


 橋の向こう側からレーザーピストルのバッテリーをリロードするロコが現れる。


 ロコが放った光弾が背後に迫る巨大蛇の体を焼いた。


 なんとか橋の割れ目にたどり着き、着地の瞬間。重力操作で衝撃を和らげる。


 重力を下げすぎたせいで着地した瞬間、体がプカプカ浮き、体が屋外に飛びそうになる。


「うそぉー」


 悲鳴を上げたロコに体をキャッチされ、なんとか一命を取り留めた。


 うわぁ、ヒヤヒヤした。死ぬかと思った。

 ロコは私を抱えたまま廊下の奥へ。


 壁に空いた穴からは、ヘビに変身した一号が侵入してくる。


 ヘビはロコの姿を捉えると、人型に戻る。


 その隙に、私はロコと目配せしてから、ヘビの背後へと回った。


「お兄ちゃん言ったよね。交渉をする時は自分に刃を向けてはいけないって」


 ロコの手に収められたレーザーピストルの銃口は、一号に向けられていた。


 出力は最大。一撃で生命活動を止められる威力。


「覚悟はいい。だが、お前にトリガーは引けない」


 両手を広げながら、堂々と立つ一号ファースト


 ロコとの会話に夢中である彼は、私の存在に気づいていない。


「お兄ちゃん、ボクの得意なことはなんだと思う?」


「機械いじり……もしくは、人を騙すことか?」


「いやぁ、惜しいねぇ。厳密に言うと騙せる人間の中にボク自身も入るのさ。ボクはなんだってなれる。救世主でも、悪魔でも……ね?」


 ロコは静かにトリガーを引いた。銃口から光が放たれる。


 ただし、光の向かう先は彼ではない。私にはすぐに分かった。


 すぐさま、私もトリガーを引く。ただし、こちらが放った光線は、敵を気絶させる程度の出力しかない。


 ロコが放った光弾は、背後にあったガラスの壁を貫いた。


 同時に放たれた、私の弾は一号の首筋にヒットする。


 ゆっくりと、倒れ込む一号をロコが抱えようとする。


「うわ、重すぎ」


 すぐさま助けに入り、二人で一号の体を床に寝かせる。


「やっと終わりましたね」


 機動コアの電源を切り、耳から抜き取る。


 興奮状態だった神経系が沈静化し、段々と全身に痛みが走り始めた。


「いや、ちょと……なんだこれは」


「侵入者の中に子どもでも混ざっているのでは?」


「それにしても……ふっ」


 無数の話し声と足音が、建物の入口方面から段々と近づいてくる。


 話し声の中には、笑いを堪えようとしている者も居た。


 まさか、増援がもう来たのであろうか?


「逃げましょう、ロコ」


 早くこの場を立ち去らなければ……と思いつつ、少しだけ笑い声の主がなにを見ているのか気になってしまう。


 チラリと壁から顔だけを出して、様子を見る。声の主である二十人ほどの兵は、廊下に倒れ込んだ『あるもの』を眺めていた。


 それは、やせ細った小柄な男。


 白く血色がない肌の上には、黒い線が無数に書かれている。


 閉ざされた瞼の上には、黒色の目玉。


 頬には猫のヒゲ。


「いちおう聞きますけど、あの落書きをしたのはロコですか?」


「そーだよ。あの人がドロイア博士。せっかく捕まえたから軍政警察に差し出す前に、油性マジックで落書きしたんだよね」


 なんという地味な嫌がらせ。


 それにしても、ドロイア博士の正体がどこにでも居そうな普通の人だったとは。


 ドラマとかに出てくる見た目からして危険そうなマッドサイエンティストを、想像していたのに。


 なにはともあれ、今はロコの復讐が油性ペン落書きで終わったことを喜ぶべきか。


「逃げるって、どこから?」


 不安そうな表情で問いかけるロコ。


 廊下は一本道。出入口へ向かうには増援の兵士を全て突破しないとけない。


 というか、基地全体がもう既に包囲されているだろう。


 ならば、やはり窓から脱出するしかないか。


 これ以上、危ない橋は渡りたくないが致し方ない。


「窓から出ましょう。二人で一緒に行きますよ」


 廊下の構造上、足音が響きやすい。一歩でも踏み出せばすぐに気づかれるであろう。


 ロコの手を握ったその瞬間――。


「うわーん、姉様が生きてるぅ。もうそれだけでリズは涙が止まりませんわぁ」


 全身に寒気が走った、ほんの刹那。


 前方、後方、全ての方向に兵が並び、完全に包囲された。


 まさか、廊下の反対側からも迫ってきただなんて。


 真っ直ぐ銃口を向ける彼らの階級や目線を確認する。


 おそらく彼らを率いているのは、細くてクラゲのごとく揺蕩う髪をなびかせている少女。


「リズ……」


 喉の奥から細い声が漏れる。


戦闘人形オートマタを最優先に狙え。生きて返すなと上からの命令だ」


 一瞬目を逸らしたリズと違い、他の兵は殺気立った様子であった。


「リズは二十五号トゥエンティ・ファイヴを始末するように上官から命令されています」


 先ほどまでのお嬢様口調は消え去り、厳かな声でリズは呟いた。


 私を始末しろだって?


 しかもリズに?


 頭が沸騰しそう。怒りのあまり涙腺が潤む。


 どうしてだろう。自分が死ぬ運命より、リズを悪人にしようとした上官に腹が立った。


「殺害命令の理由は?」


「答えられません。ただし、一つ言えることがあります。これは必要な措置です」


 リズが実弾型ピストルを取り出す。すると、建物の外から眩しい光が放たれた。


 目が眩みそうになる。光放たれた方向を見た途端激しい爆発音が響き、隣にあった球体の一部が木っ端微塵になった。段々と球体が崩壊する。


 他の建物も、次々と爆発音してゆく。


「時間がありませんね」


 リズが再び銃口を向ける。


 そういえば、さっきリズは私を二十五号と呼ぶ。リズは基本的に私を姉様と呼ぶ。わざわざ二十五号トゥエンティ・ファイヴと呼ぶのには、なにか意図があるはずだ。


 少し考え、銃口の先を見た瞬間、確信した。


――この攻撃を避ける必要はない。


「リズ、最後に一つお願いしてもいいですか?」


「時間がありません。手短に」


「彼女の両親は戦闘人形オートマタを開発した極悪人として世間から冷たい眼差しを向けられていました。しかし、これは冤罪です。彼女の両親は、もともと息子のために量子エネルギーの研究を行っていましたが、友人のドロイア博士に研究成果を奪われたうえに、戦闘人形オートマタを開発した張本人として悪人に仕立て上げられてしまいました。この事実を世間に公開して下さい。証拠は彼女が持っています」


「分かりました。約束しましょう。リズは嘘で固めた人間が大嫌いですから」


 リズが口を閉じ、発砲音が響く。回数は五回。


 当時に私の体は凍てつくように冷たい床に倒れ込んだ。


「二十五号は始末した。ここも爆破する前に引き返すぞ」


 リズの指示で、全ての兵が撤退する。


 隣でいびきを立てていたドロイア博士も、引きづられながら建物の外へ連行された。


「ニィアちゃん」


 閉じていた目を開けて起き上がると、ロコの顔が覗き込んでいた。


 顔が赤くて、目が潤んでいて、今にも泣きそうな顔だ。


「よかった。意識はあるみたい。今からニィアちゃんを抱えて逃げるから……」


「不要です」


「そんな、ニィアちゃんを置いて逃げるだなんでイヤだよ」


「どうやらロコは感動的な展開を求めているようですが、残念ながら、この通りピンピンしています」


 即座に立ち上がると、ロコが「うそぉ!」

と悲鳴を上げだ。


「なんで無事なの?」


「それはですね……」


 現在、私の体からは一滴たりとも血は流れていない。


 痛みもなく、歩行にも問題はない。


「リズの放った弾が全て義足にヒットしたからです」


 ロコの視線が、右足に移る。


 複数の弾丸に貫かれた機械仕掛けの足を見てロコは驚愕した。


 たしかに弾丸は命中したが、義足の表面を貫いただけで機能に問題はない。もちろん偽物の足に痛覚は無いので、痛くも痒くもない。


「妹ちゃんは、義足のこと知らなかったのかな?」


「いや、知っていたと思いますよ」


 リズは初めから私を始末するつもりはなかった。


 義足に着弾させて、崩れゆく建物に放置することで死を偽造しようとしたのだ。


 殺害命令を出した人間も想像がつく。

 たぶんアルヴィアだ。


 常に命が狙われている二十五号トゥエンティ・ファイヴという存在を完全に始末したという事実を広めるために、彼女が立てた計画。


 二十五号トゥエンティ・ファイヴは死んだ。されどシャニア・ソラリスは生きている。


 これから私は本当の意味で戦闘人形オートマタから人間となるのだ。


 だから私は着弾した途端、ショックで気を失ったフリをした。


 万が一、生身の部分が被弾していないことがバレても、リズが「放っておけば死ぬ」と指示できるように。


「ひとまず細かい話は後にしましょう。今は避難が優先です」


 ロコの手を、ありったけの力で握りしめてガラスが割れた窓の方へ向かう。


「ちょっと、なにをするつもりなの?」


「大丈夫です。私を信じて下さい」


 触れる地面を失った私とロコの体は、重力に引っ張られ、自由落下を開始する。


 まずは一番手前で浮遊する瓦礫に向かって一歩足を踏み出す。


 つま先に量子エネルギーを集中させて、瓦礫と足先の間に見えざるロープを作る。


 ロープに引っ張られた私とロコの体は、無事に瓦礫へと着地し、次は別の瓦礫へ。


 三個ほど瓦礫を使って高度を落としてから、そのまま地面に向かって飛び降りる。


 足元の重力を下げたおかげで、プカプカと浮きながら落下することができる。


「なんだか、おとぎ話の魔法使いになったみたい」


「ね、大丈夫でしょう?」

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