25 メメント・モリ


 ピッ、ピッ、ピッ。


 機械音が鳴る。不思議な音は一定間隔で鳴り響き、やがてそれは心電図の音であることが分かる。


 勢いよく瞼を開けると、真っ白な部屋とそこで働く人々を視界に捉える。


 白衣を着た人々は、全員怪しげなサングラスをしていた。


 次に医療用ベットに寝かされた己の体を見る。


 白いバスローブのような服の下。足の親指と、胸に吸盤のようなものがつけられ、いることが分かる。吸盤の表面にあるライトは一定の感覚で違う色に切り替わっていた。


 右手には点滴が刺されている。


 点滴から少しずつ注入されるバイオレット色の液体。見覚えがあった。


 量子エネルギーの中和剤だ。


 全身に滴る冷や汗を拭っていると、サングラスの女が近づいてきた。


「貴方の名前は?」


「シャニ……貴方は誰?」


 素直に名前を答えようとしだか、声を喉の奥へ抑える。


 何者か分からない相手に、やすやすと個人情報を渡すわけにはいかない。


「私はティアス帝国軍に所属する医官です。アルヴィア大佐の命令で貴方の検査をしています。さぁ、質問に答えて下さい」


 女性は胸元から身分証を取り出し、こちらに見せた。


 ティアス帝国の国旗が描かれたカードには女性の顔写真と識別番号が書かれている。


 どうやら彼女の言葉に嘘はないらしい。


「……シャニア・ソラリス」


 朦朧とした意識の中で、上手く動かない唇を震わせる。


 まるで先ほどまで全身麻酔にかけられていたようだ。


「生年月日は?」


「統一歴三千五十二年。二月二十二日」


 女性はなにやらメモを取り始めた。


「よろしい。では除隊前の階級は?」


「大尉……ということになっている」


「情報処理区域に支障はなさそうですね」


 ペンの動きがピタリと止まり、紙を挟んだクリップボードを脇に挟んだ。


「貴方はどうして、ここに居るのか分かりますか?」


「いいえ」


 首を横に振る。


「私が受けた報告によれば、アルヴィア大佐の副官が貴方のご友人から『シャニアちゃんが突然倒れたけど、普通の医療機関で対処できるか分からない』と連絡を受けたそうです。倒れた際の状態を聞いた副官が、倒れた原因は量子エネルギー反応の影響による昏睡だと推測して、貴方を帝国軍の医療施設で検査するよう命じました」


「それで、私は友人に運ばれて、この場所へ?」


「いいえ、運んだのは当施設の者です」


「へぇー」


 アルヴィアの副官とは、リズのことだ。


 つまり、戦闘人形である私を、普通の医療機関で診ることは不可能だと判断したロコがリズに連絡してくれたというわけだ。


 さすが私の共犯者。気遣いができる。


 それにしても、気になることが一つある。


「もしかして、検査するときに量子エネルギーを私の体に流した?」


「はい、検査のために少しばかり。しかし、検査の結果、貴方の体はほとんど量子エネルギーに侵食されていることが分かりました。これからは、できるだけ量子エネルギーを利用した物品に近づかないように生活して下さい。あと、定期検査も受けるように」


 検査中、量子エネルギーを流されていた。


 つまり、私が夢で見た研究基地の爆発は未来の出来事なのかもしれない。


 原則、私の未来視は自身と関係ないものは見えないが、これから研究基地に行く機会があるのだろうか?


「大体、分かりました。わざわざ丁寧に説明して下さり、ありがとうございます」


「お気になさらず。仕事ですので」


 私の腕に刺さった点滴の針と、胸に取り付けた機会を外した女性は「私は大佐に報告してきます。もう、お帰りになっても構いませんよ」とだけ言い残して姿を消した。


 扉は開けっ放しである。


 おそらく、患者の体調が急変してもすぐに対処できるようにするためであろう。


 体を起き上がらせ、ベッドの隣に置いてあるカゴの中身を漁る。


 透明なプラスチック製の籠には、私のワンピースとスマホが入っていた。


 おそらくロコが、持ってきた物であろう。

 スマホのメッセージチャットを開きロコへ『おはようございます。医療施設の方が仰るには帰っても大丈夫だそうなので、体調に支障はありません。ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません』とメッセージを送る。


 すると、一分後、可愛い犬のスタンプと『ボクは知り合いとディナーを楽しんでいるから迎えに行けないけど大丈夫?』と返信が来た。


 すぐさま『はい。一人で帰れます』と返す。


 今晩はロコが居ない。


 少しばかり心細いが、致し方がない。


 スマホの電源ボタンを押してスリープさせると、入口の方から声が響いた。


「お休み中のところ失礼します」


「構いません。入ってください」


 中に入ってきたのは警備兵だと思わしき軍服の女である。


「少々伺いたいことがありまして……」


 笑顔を浮かべながら病室に入ってきた女は、電動扉のスイッチにそっと触れ、近づいてきた。


 悟られないように、女の手元を視界に収める。


 彼女が体の裏でなにかを取り出す動作。私は見逃さなかった。


 体を横たわらせ、クルクルと回転しながらベッドの端へ。


 女の隣を抜け、背後に回る。


 彼女の右手には点滴用の管。


 これをどこで手に入れたのかはどうでもいい。


 重要なのはコイツが敵だということ。


 女の腰にあったレーザーピストルを抜き取る。

 その際、体を掴まれそうになったが、素早く回避。


「お前は存在してはいけないバケモノだ」


 憎しみが籠った眼差しで女が言う。


「貴方たちに存在する許可を取る必要はありませんよね?」


 レーザーピストルの出力をスタンモードまで下げ、そのまま女の首筋に向かってジャンプ。


 神経が集中している箇所を狙って一発光弾を叩き込む。


 女は白目をむき、泡を吹きながら地面に倒れた。


 倒れる時に魔法で、地面に接触した時の衝撃を和らげてあげたので大怪我はしていないハズである。


 レーザーピストルを元の位置に戻し、倒れた女の軍服を漁る。すると、顔写真と識別番号が印刷された身分証が出てきた。


 印刷された写真と本人の顔が全く違う。おそらく、誰かから奪った身分証であろう。


 軍服も剥ぎ取って、生地の縫い目を確認してみたが、明らかに本来帝国軍兵がまとっているものと違った。


 つまり、コイツは諜報員だ。


 戦闘人形の存在を抹消しようとしている西側の連中がいるとは聞いていましたが、まさか敵陣にのこのこと乗り込んでいるとは。


 というか、これほど分かりやすい異物すら見抜けない警備兵は何をやっている?


 人を呼ぼうか考えていると、スマホの通知が鳴り響いた。


「なに……これ?」


 すぐさま、ロコに電話をかけたが、応答しなかった。


 こうなったら、仕方ない。


 諜報員が持っていた身分証を半分に割り、中身のチップを抜き出す。


 行かないと。


 これから爆発するであろう軍事施設に。


 ベッドの隣にあった籠の中身を取り出し、着替えるが、思い通りに体が動かない。


 脳から筋肉へ『動け』という命令は届いているのに、筋細胞が拒否してくる。


 このまま、なにも知らないフリをして家でロコの帰りを待ちたい。


 そんな願いが、希望が、脳裏をよぎったが、知らないフリをする。


 頭の中で、かつて言われた言葉を反芻した。何度も、何度も。


 ――前に進むことは怖いように見えるけれど、一度踏み出してみれば進み続けることはそれほど難しくないの。痛みは慣れて、いずれ感じなくなるから。


 もう痛みは怖くない。だって慣れたから。

 これ以上私に失うものなんて……。


 そう思おうとしたが、ロコとリズの顔を思い出し涙が出てきた。


 おかしいな。


私はいつから、こんなに弱くなったのだろう?


 前に進むことが、こんなに怖いなんて。


 理由はきっと、得てしまったからだ。ずっと欲しかった帰るべき場所を。


 立ち止まるのはやめよう。胸の奥から込み上げる意地(ねつ)が、そう呼びかけてくる。


 何度も、何度も、自問自答を繰り返しているうちに、頭の中で、ある情報が繋がり、ひとつの形と成った。


 分かった。理解した。やっと思い出した。


 ロコと二人で市場に出かけた際に感じた既視感。あの時は、ロコのキラキラ感に対する既視感だと勘違いしていた。


 しかし、実際は雰囲気ではなく用紙に既視感を感じていたのだ。


 一号ファースト


 ロコと一号ファースト。二人は容姿が似ている。


 瓜二つという程ではないが、顔のパーツや輪郭がなんとなく似ていた。


 髪や目の色も同じである。


 草原で一号と再会した時は気づかなかった。あの時は焦っていたから。


 着替えが終わり、スマホの通話アプリを開く。電話帳からリズの番号をタップ。


「はいはーい。姉様の可愛い妹。リズでございまーすわぁ」


 きっと勤務中で忙しいであろうと予想していたが、まさかのワンコールで応答するとは。


「貴方に相談したいことがあります」


「はい、姉様のお願いでしたら喜んで聞きますわぁ」


 倒れている最中に見た未来のヴィジョンを一から十まで伝えると、リズは「なるほどぉ」と納得したように返答した。


「姉様の見たヴィジョンが本物でしょうが、偽物でしょうが、どちらにしろ後はこちらにお任せ下さい。基地に滞在している人々は避難させます」


「ありがとうございます、リズ。もし上官の説得に失敗した場合は、また連絡して下さい」


「それならお気になさらず。今まで今まで数々のライバルを眼光と威圧感でねじ伏せてきた大佐を見習って、どうにかいたしますわぁ」


 心配になってきた。


 間違っても将官クラスのおじ様方に目をつけられるような真似はしないで欲しい。


「くれぐれも無理しないで下さいね」


「姉様の方こそ、今はゆっくりとお休みになって下さい。もう無理なさらなくていいですよぉ」


「気持ちは嬉しいですが、無理をすることならもう慣れました。」


 姉らしく、優しい言葉をかけると、スマホの向こう側から静かな返答が来た。


「リズがまだ新米兵だったごろ姉様が身の上話をして下さったことを、今でもよく覚えていますわぁ。姉様は昔から未来を掴むために一人で奮闘してきて、本当に凄いです。尊敬しています。だから……だからこそ、リズは姉様は、もう、これ以上頑張らなくて良いのだと思いますの」


「それじゃあ元上官兼姉としての面子が潰れるでしょ。私ワガママだから、いつも強がりで居ないと満足しないのよ」


 ごめんね。リズ。私は本当にワガママなの。


 一度走り出したら決して止まれない。そんな問題児だから。


「それでこそ、リズの姉様ですわぁ」


 こちらの予想と違って、返ってきたのはリズのクスクスという笑い声であった。


 通話を切ると今度はロコから電話がかかってきた。


 受話器のアイコンをタップして応答する。


「ロコ、無事ですか?」

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