8 懐かしい夢
また同じ夢を見ていた。
いつも繰り返し見る、なつかしい夢だ。
これは昔の記憶。いつまでも風化せず、記憶に焼き付いてしまった思い出。
白い雪がしんしんと積もる景色の中で私はただ虚空を見つめていた。
片足はティアス帝国の『ネメシス』によって使用不可になるまで破壊された。もう動かない。
ただ凍てつく風になぶられ体温を奪われていく。朦朧とした意識の中で空を眺めていると、ティアス帝国軍の兵士だと思わしき集団が現れた。
五人ほどの男性兵士は私の姿を目視してから、なにやら話し込んでいた。
私の方は、特にできることもないので降参の意を表すために両手を挙げていた。
男たちが近づいてくる。
「わたし、死ぬの?」
彼らは答えた。
「いや、死なないよ。絶対に死なせない」
暖かい。凍えて震える心に光がもたらされる。男の一人が救命キットを取り出して応急処置を行う。
基本的に
応急処置が終わると、一番屈強な男が私の体を抱えて雪の中を歩き始めた。
「大丈夫、必ず守るからな。俺が絶対に守るから」
この日、私は産まれて初めて人の温かさを知った。
***
今思えばか空っぽの人生であった。
『幸せ』を掴もうと手を伸ばす度に、躓いて取り逃がしてしまう、そんな人生。
少なくとも戦場に立つまでは生きる意義を見つけられない、本当につまらない人生を送っていた。
だけど私は諦めなかった。たとえ、あがいた先で手に入ったモノが忌まわしい『力』だったとしても。
父が亡くなった知らせが届いたのは七歳のときだ。軍人である父は第二次統一戦争の際、戦場へ
パパは国を守るために戦ってくるから、そう笑顔で言い残して立ち去った彼の後ろ姿を今でも鮮明に覚えている。
それから家では私と父の再婚相手である母だけが残った。
母は私のことが嫌いなようであった。父が家から立ち去る前に妊娠していた母は、新しい娘を産んだが、父が亡くなって以降、新しい娘のことしか見なくなった。
食事や服は与えてもらえるものの、全く口は聞いて貰えない。
それから私の世界は色を失って、モノクロになった。
転機が訪れたのは、小学校を卒業した十二歳の時だ。
家に訪れた役人から「アマス連合国が極秘で行うプロジェクトに参加しないか?」と誘われたのだ。
プロジェクトに参加してしまえば、二度と家に帰れないらしい。
どうやら役人は我が家の家庭状況を知ったうえで、私を勧誘しているようであった。
私が『要らない子』だと彼らは知っていたのだ。
そして、こちらの予想に反して母は、役人の誘いを断った。
私の身を案じて断ったわけではない。彼女が気にしているのは世間体だけ。
母の言葉を聞いた役人は「それでは本人に聞きましょうか?」と言った。
当時の私には、なぜ彼らが揉めているのか理解できなかったが、役人たちに付いて行けばもっと広い景色を見ることができるかもしれないという期待感で胸を踊らせていた。
「貴方たちに付いて行けば、もっと広い世界を見ることができるの?」
役人は答えた。
「もちろん。険しくて苦しい道にはなるけれども、君はどこにでも行けるようになるよ。雲を抜け、
分かった。
それなら私は貴方に付いて行く。
もう名前なんて要らない。
だって、家に居ても誰も呼んでくれないもの。誰も私を見てくれないもの。
私は決心した。
自分の人生は、自身の手で切り開く。
家を訪れた悪魔が放った甘い言葉は、いともたやすく私を悪魔へと堕とした。
***
それから二年間の訓練を得て、十四歳で戦闘人形部隊に入隊。それから半年間、アマス連合国軍の一員として戦場を駆け抜けた。
終わりが見えない道ではあったけど、孤独ではなかった。
仕事面もしっかり評価して貰えたと思う。
高揚感に駆られながら戦場を蹂躙しているうちに、いつの間にか評価も上がっていた。
入隊してから私は評価してもらえる喜びを知ったのだ。必要とされる喜びも。
それでも戦争の日々が戻ってきて欲しいか問われれば、答えはノーだけど。
やっぱり毎日のように知っている人が帰って来なくなるのはとても悲しいことだ。
もうはっきりと覚えてはいないが、ある星が降る夜に年上の
彼のコードネームは
一番最初に生産された戦闘人形であり、私たちの兄とも言える存在だった。
彼は私にこう言った。
『前に進むことは怖いように見えるけれど、一度踏み出してみれば進み続けることはそれほど難しくない。痛みは慣れて、いずれ感じなくなる』
その言葉を胸に、ひたすら前に進み続けた。たとえ量子エネルギーの影響で体が正常に成長しなくなってしまっても。
しかし、彼はいつの間にか姿を消していた。上官よれば戦いの最中に仲間を庇って戦死したらしい。
そして、
戦地のど真ん中。生暖かい赤色の液体に汚された雪原の中で、私が操縦していた小型戦闘機は撃墜されてしまった。
無事不時着はできたものの、片足が使用不可になるまで損傷してしまった。
もう終わりだ。死ぬのだ。
まだ
敵地の中でポツンと一人で残された後は、てっきり拷問でもされるものかと思っていたが、誰も私に対して暴言は吐かなかったし、殴られることもなかった。
西側陣営に関する情報を聞き出すことはあっても、無理矢理吐かせるようなことはしなかった。
というかご飯は貰えたし、破壊された足も本物そっくりの義足をもらって歩けるようになった。
不思議な気分であった。
祖国に居たときは誰も親切にしてくれなかったのに、憎むべき敵兵は優しく接してくれるだなんて。
そんな、ある日。私の元にアルヴィア・ソラリスと名乗る女性が現れた。
彼女は一通り私から情報を聞き出してから、こう言った。
――そうだ貴方、私の娘にならない?
私なんかを娘にしてどうするの?
――私なんか……なんて、貴方は自分の価値が分かっていないのね。
私には価値があるの?
――あるわ。ダイヤの原石よりも高い素敵な価値が。
もし仮に貴方の娘になったとして、貴方は私を必要としてくれるの?
――もちろん、私は価値がある子は皆、愛しているからね。
アルヴィアという女は私に価値があると言った。
ようするに私を必要としてくれるということだ。
彼女の言葉はまるで福音だった。
神聖で、輝かしくて、心を幸福で満たしてくれる。
この日を境に、私はアマス連合国の
***
まだ日の光が差し込まぬ早朝のキッチン。
冷蔵庫を開くと、トレーに乗せられた牛肉の塊が姿を現す。
昨晩ロコがシャワーを浴びている間に、赤ワインで漬け込んでいたものだ。
まずは香ばしい匂いが漂う牛肉を一口サイズにカット。そして昨日使わなかった野菜もカットする。
カットされた肉の両面をこんがり焼いていると、パジャマ姿のロコが目を擦りながらキッチンに入っていた。
「ニィアちゃん、おはよぉー」
「おはようございます」
「こんな朝早くからなにをやっているのかな?」
「朝食を作っています」
「へぇー、どれどれ?」
ロコがフライパンの中身をまじまじと見つめる。
「美味しそうだね。なんの料理かな?」
「牛肉の赤ワイン煮込みです」
「これはまたオシャレだねぇ」
牛肉の赤ワイン煮込みは幼少期、義母がよく作っていた。
なんとなく作り方は覚えていたが、詳しい材料までは覚えていなかったため、スマホで検索したレシピと記憶を照らし合わせながら作ることにした。
焼かれた肉を、菜を小麦粉と共に炒める。そして今度は、鍋の中に、肉、野菜、コンソメ、ブーケガルニ、柑橘類の皮、マッシュルームを加えて蓋をした。
「昨夜ロコは手の込んだ料理を作っていました。ですから私も同じぐらい手間暇かけた料理を提供するべきだと判断しました」
「気持ちは嬉しいけど、朝食はもっと簡単なものでいいよ。例えばパンとミルクとか」
「そうでしたか、申し訳ありません」
「謝らなくてもいいよ。別に気分を害したわけじゃないからさ。ボクはただニィアちゃんを心配して提案しているだけだよ。ほら、毎日朝早くから起きて手の込んだ料理をするのは大変でしょ?」
「確かにそうですね。アドバイスありがとうございます」
「あれー、今日のニィアちゃんは素直だね」
「どういう意味ですか?」
「いつもみたいに怒ったりしないというか」
「怒って欲しいなら今すぐ怒りますよ?」
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