5 私は幼女ではなくアダルトなレディです

 階段を一番下まで飛び降りると、地下街の入口へとたどり着く。


 明るくてポカポカとした陽気が漂う地上と比べて、地下街は寒くて暗い場所であった。


 天井に空いた穴から太陽の光が差し込んでいるか、生活するには不十分な量。


 代わりに街を照らしているのは眩いネオンライトの光である。


 地上とは大違いですね。

 黒ローブターゲットに向かって走りながら、ゴミ捨て場に投棄されていたスコップを手に取る。そして、全身を巡る『熱』を指先に集約し、スコップの中へ。


「持ち主には申し訳ないですが、ゴミ捨て場に投棄されていたものですし、少しお借りしても問題ないですよね」


 スコップを軽く投げる。すると、『熱』を流し込まれた鉄の塊は自由落下せず、宙にプカプカと浮いた。


 男に向かって、スコップを一蹴り。同時に頭の中でスコップが、まっすぐ黒ローブに向かって飛ぶ様子をイメージする。


 するとスコップの周りに青白い光を放つ魔法陣が出現し、浮遊していた細長い鉄の塊は、男の背中にヒットした。


 はたから、こちらを眺めていた通行人が「魔法だ、初めて見た」と小さな声で呟いた。


 本来、魔法は戦闘人形オートマタ用に用意された小型戦闘機に搭乗した際に真価を発揮するが、近接戦闘に使用することも可能である。


「痛えなぁ」


 あまりの痛みに耐えかねたのか、少年の体を拘束していた手が離れる。


「誰か助けて」


「こっちにおいで。貴方を助けに来ました」


 泣き叫ぶ少年を手招きして呼び寄せる。男が再び少年を捕えようと手を伸ばしたが、それより先に、路地中を白い煙が覆った。


 煙幕だ。おそらく放ったのはロコ。


「ニィアちゃん、今のうちに逃げるよ」


「感謝します、ロコ」


「いやぁー、護身用の煙幕手榴弾スモークグレネードが役に立ったよ」


 あの可愛らしいワンピースの中に煙幕が仕込んであるとは――人は見かけによらないものですね。


 煙の中から少年の体を見つけて、抱えたまま逃走。


 通行人や、路上に放置されたバケツを飛び越えて、地下街の先へ、先へ、その先へ。


 ひとまず地上に戻れる階段を見つけて登りましょう。


 地上ならば人通りも多い上に、警察がパトロールしているはずだ。男側も目立った行動はできなくなるはず。


「ねぇ、僕どうなっちゃうの?」


 腕の中から少年の声。


 弱々しく震えている。


「大丈夫、守るからね。私が絶対に守るから」


 少年を安心させるために何度も声をかける。しかし、何度も声を発しているうちに、安心させたい対象が少年ではなく自分自身であることに気づく。


 小さな命を抱えた己の腕が震えないように、何度も声を言い聞かせているのだ。


 走っているうちに地上へと戻れる階段が現れた。今度は螺旋状ではなく、まっすぐなヤツ。


「その坊主を置いていけ、この魔女が」


 背後から男の声が響く。


 追いつかれたか。やむを得ず少年を地面へと降ろし振り返る。


 私一人ならば、このまま壁伝いに地上まで走ればいいが、少年を抱えている今荒々しい移動手段は選ぶべきではない。


 地面へと降ろされた少年はすがるように、私の右手を握った。


「拒否します」


「お前に拒否する権利なんてねぇよ。俺が何者なのか知らねぇのか?」


「知りませんよ。貴方の素性なんてどうでもいいです」


 隣で息切れをしているロコに、何度も体を揺らされる。


「ニィアちゃん、この人フラクトの構成員だよ。喧嘩売るような真似しないで」


「そのフラクトってなんですか?」


「終戦後、突如現れたテロリスト集団だよ。違法な手段でゲットした小型機動コアを利用して、各国の主要施設を襲撃して回っているとか」


「とんでもない不届き者ですね……いや、なんでもありません」


「そうだよね、そんなヤツが身近に居るなんて信じられないよ」


 ロコがジロジロと、こちらを見てくる。


 そういえば私の小型機動コアも違法な手段でゲットした物でしたね。


 男は腰に手を当て、威圧するように見下ろした。


「地に頭をつけて詫びれば許してやるよ。さもなければ、どうなるか分かってるよなぁ?」


 男は親指と人差し指であごを掴みながら、私たちを見下ろした。

 仮面のせいで表情は見えないが、きっとニヤニヤしているに違いない。


「そこの茶髪娘、いい体してんじゃねぇか」


「ボクがいくら巨乳美少女だからって、いじめないでくれ」


 顔を背けながら、泣き真似をするロコ。


「この子に手を出すな。貴様の相手は私だ」


「悪ぃな、さすがの俺でも幼女に手を出すような趣味はない」


「私は幼女じゃありません。アダルトなレディです!」


 再び男を攻撃するべく買い物籠に入った大根を取ろうとする。


 大根の白いボディに手が触れるよりも早く男の視線が動いた。


 視線が向かう先は太ももに巻かれた拳銃入れホルスター。ピストルを取り出して発砲するつもりだ。


 次に男の視線が向かったのは、私の心臓――いや、右腕。



 弾道が見える。



 比喩ではなく物理的に未来が見えるのだ。



 薄い光となった銃弾が敵のピストルから放たれ、右腕を穿とうとする様が、はっきりと目に映った。これも魔法の一つだ。


 自身の身に危険が及ぶ前に未来を見る力。


 どうやら男は一発でこちらの命を奪うつもりはないらしい。


「甘いですね」


 本当に甘い。その甘さが戦場で命取りになることも知らないで。


 ロコの体を右手で押し、自身は左側に回避。射線から逃れる。


 その瞬間、地下街に実弾銃の発砲音が響き渡った。


「――ヒィ!」


 ロコが悲鳴を挙げながら尻餅をつく。


 少年の方は、こちらの予想と反して落ち着いた様子であった。


「私が良いと言うまで隠れていて下さい。良いですね?」


「分かった」


 少年はゆっくりと頷いてから、近くにあったドラム缶の裏に隠れた。


「ほう、避けたのか。あるいは偶然か」


「さて、どちらでしょう」


 男に向かって、まっすぐ走り抜ける。


「ニィアちゃん、近寄ってどうするの。自殺行為だよ」


 いいえ、大丈夫です。倒れるのは私ではなく黒ローブ男ターゲットですから。


予想外の動きに驚いたのか、目を見開いた男がトリガーに指をかける。


 次は二発。心臓を狙ってくる。


 今度はサイドステップで攻撃を回避。


 回転しながら飛翔した弾丸は、地面へ突き刺さった。


「へへぇ、これが魔女の力か」


「その魔女という呼び方、気に入りませんね」


 魔女とは戦闘人形オートマタに対する敬称だ。聞くだけで吐き気がする。


 今度は一発。


 私ではなくロコに対しての発砲。


「させますか」


 地面に置かれていた三角コーンを男に向かって投げる。


 突如視界に現れた三角コーンに驚いたのであろうか、弾道がわずかにズレだ。


 最後の一発。


 至近距離に居る私を狙った弾。


 この弾が放たれれば弾倉は空っぽになり、敵がリロード、もしくは予備の銃に持ち替えている間に私は確実に距離を詰められる。


 されどトリガーを引かれれば、ただでは済まない。


 ならば、狙撃される前に仕留めればいい。


「ちょこまかと逃げ回りやがって」


「小さくて身軽なのが私の長所ですから」


 男の腕に触れる。


 触れた指先を経由して量子エネルギーを直接男の体へ流し込む。


 同時に小型機動コアから発生する量子エネルギーの出力を上げる。


 心臓を握りつぶされるような感覚に侵食されるが、命に別状はない。


 少なくとも、私は。


 ロコの発言から、この男も戦闘人形である可能性も考慮していたが、これまでの戦闘で魔法を使うようなそぶりは見当たらなかった。


 さらに魔女という言葉を使用していたことからも、彼自身は戦闘人形オートマタではないはずだ。


「くそがあぁぁ」


 男の体に黒色の痣が出現する。首、腕、足、ローブの隙間から見える痣は落とされたインクのように、ゆっくりと広がった。


 肉体に流れる量子エネルギーが限界に達した際に起こる現象だ。


 男の悲鳴が段々と弱くなり、私の体よりはるかに大きい屈強な肉体はドサリという音を立てて倒れ込む。


 終わった。私の勝ちだ。


 少年とロコの安否を確認するために振り返ると、パチパチパチと拍手をする音が響き渡った。


 一つではない。


 音は時間が経つにつれ段々と増える。


「ニィアちゃんカッコイイ!」


 新しいおもちゃを買って貰った子供のように無邪気な笑みを浮かべたロコが拍手を始めると、周りで様子を見ていた人々が加わり始めた。


 洗髪屋の入り口に居た男性が、暢気に酒を飲みながら叫ぶ。


「盛り上がっているところ悪いけどよ。そろそろ逃げないと警察が来るぞ」


 軍政警察?


 私たちは人助けをしていただけで、軍政警察に咎められるようなことはなにも……。


 小型機動コアの電源を着るために耳元に触れ、ふと気づく。


 そういえば、所持してはいけないものを持っていましたね。


「今すぐ立ち去りますよ、ロコ」


「よーし、逃走だぁ」


 少年を再び抱え全力で走る。


「ちなみに破壊された物の修理費はどうするつもり?」


「黒ローブに払わせればいいですよ」


「あれ、ニィアちゃんは意外と適当な性格なんだね。そういうところも好きだよ」


 ロコの片手を握る。


「今から量子エネルギーを貴方にも流します。少量ですので肉体への影響は息切れをする程度です。よろしいでしょうか?」


 重々しく頷くロコ。


 少年も「いいよ」と答える。


 小型機動コアに触れ、出力を下げる。


 そして、体内を循環する量子エネルギーをロコの体へと流した。


「さぁ、行きますよ」


 コンクリートの壁に足の裏を触れる。


 すると壁だったものは床になり、今まで床だったものは壁となった。


 重力の方向が変わったのだ。


 ロコも壁に足をつけたことを確認してから、走り始める。


「魔法ってなんでもできるんだね」


「いえ、そんなに万能ではありませんよ。私の場合、少し未来視と重力操作ができるだけです」


「それでも十分凄いけどね。私の場合ということは、人によって魔法の効果は変わるの?」


「はい、量子エネルギーの効果と性質は使用者によって変化します。ネメシスは量子エネルギーの出力効果を固定するための装置です」


「なるほど、よく分からないけど理解した」


 段々と地上の光が近づいてくる。地下街を見下ろすと、酒瓶を持った男性が目を見開きながらこちらを見ていた。


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