第6話

“夜更けに、女の子1人で帰るなんて危ないわ”

と、お母さんの勢いに押し切られ、その日は、亜希ちゃんの家に泊まらせて貰うことに。


 “欲しいものを買ってきてあげるよ”

と、お父さんが言ってくれたんだけど、

“女の子の欲しいものがあなたにわかる訳ないでしょ!それに、いやよねー。お父さんが買ってきた下着なんて。私が行くわ”と、お母さんがコンビニまでお泊まりセットを買いに行ってくれた。


 “私が自分で行きます”

と言っても、危ないからと言って止める間も無く出て行ってしまった。


お父さんが食器の片付けをしてくれて、私たちは亜希ちゃんの部屋に行く。


 亜希ちゃんの部屋には、たくさんの絵が飾ってあった。お布団を2人で引いて、眺めていると


 “私、グラフィックデザイナーを目指してたの”

 “大学卒業して、デザイン会社に就職できたんだけど、細かな修正とかお客さんと要望のヒアリングとか、コミュニケーションがたくさんあって。私には、そういうのができないから、どんどん雑用みたいな仕事しか回ってこなくなっちゃってさ。辞めちゃったんだ”


 “これ、全部亜希ちゃんが描いたの?”


 “違うよー笑これは、私の好きなデザイナーの作品。私のはこれ”


 そう言って、ポートフォリオ(作品がまとまったファイル)を見せてくれた。


 “なんか、友達に見られるのは恥ずかしいや笑”


 当たり前だけど、私の絵より断然うまい。大学で勉強してきてるだけあって、プロの腕前。


 “凄い!これなんか私、大好き!”


 女の子が横を向いて、絵の具の筆を持っている。ピンクの髪飾りとシルバーの髪が風に揺れていて、本当に素敵なデザイン。


 “写真撮ってもいい?”


“嬉しい!もちろんだよ。てか、JPEGで携帯に送ってあげる”


 “本当?ありがとう!待ち受けにする♪”


 私みたいというのはおこがましいんだけど、油絵を始めた私に重なるものがあった。お母さんが帰ってきて、お風呂をいただく。パジャマは、お母さんのを貸してくれた。


 “ごめんね。こんなおばちゃんので。今度、みなみちゃんの買っておくね!”


 “すみません。色々買いに行ってもらって…。おいくらでしたか?”


 “子どもが、そんな気遣いは不要です!”


 “いや…私、もう27歳です笑”


 “いえ!もう、私たちの子どもなの。親に世話をやかせなさい笑”


 またウルウルとしそうだった。


 丁重にお礼をして、お風呂をいただく。

 “ゆっくり入るのよー。ちゃんと湯船で10数えてねー笑”


 “はーい”と大きく右手をあげて子供扱いを楽しんだ。


 布団がふわふわで心地いい。

 亜希ちゃんの天真爛漫さは、この優しいご両親がいたからなんだろうな。耳が聞こえない苦労なんて、微塵も感じない。


 電気を消して、真っ暗でもなんだかほっとする空間。


 “亜希ちゃん。起きてる?私の話をしてもいい?”


 “うん。起きてるよー”


 私の過去を知って欲しくなった。嫌われるかもとか、そんなこと全然思わなかった。自分の家庭環境やお母さんが自殺したこと。父親や彼氏のDV。耳が聞こえてた時のことを話した。


 声に出すより、言いやすかったのかもしれない。途中から、泣きながら文字を打っていた。


 話終わると、亜希ちゃんは私を抱きしめてくれて一緒に泣いてくれた。


 “お母さんとお父さんにも話していい?きっとチカラになってくれると思うから”


 “うん。でも、可哀想とかいらないよ。今の、耳が聞こえなくなった世界の方が好き。やっと自分のことが好きになれてる気がするんだ”

“ありがとう。亜希ちゃん”


 亜希ちゃんは、ありがとうなんていらないというように、ブンブンと頭を横に振っていた。


 それから、2人で笑い合う。


 “いびきかいたらごめん”

と私が言うと、


“聞こえないんだから、思いっきりかけばよし笑”


 そうだった笑。2人で思いっきり笑ってから眠りについた。


 朝、目を覚ますと、朝ごはんを作っている良い匂いがする。そっと、ドアを開けてお母さんを見た。


 テキパキと料理をしている姿に見惚れてしまう。

お手伝いしたくて、こっそりとキッチンに向かう。


 “おはよう。よく眠れた?”


 「はい。とっても気持ちよかったです。一緒に作ってもいい?」


 お母さんの声は聞こえないけど、私の声は聞こえるからちょっとラク。


 お母さんは、ニコニコしながら手招きしてくれた。


 “じゃ、サラダを作って貰える?”

iPadに文字が並ぶ。


 お母さんが、冷蔵庫からレタスとトマトときゅうりを出してくれた。


 私がレタスをちぎっている横でお母さんは、卵焼きを作っている。甘い匂い。キレイにカタチになっていく卵焼きが凄く美味しそう。


 「昨日、ご飯あまっちゃって。ごめんなさい。良かったら、少しいただけませんか?」


 “別に構わないのよ。作りすぎたんだから笑 昨日のあまりものだけど良いの?”


 「今日も食べたいから」


 お母さんはニコニコとして

“わかったわ。後で包んであげるね。今日の予定は?”


 「朝ごはんをいただいたら、帰ろうと思います。夕方から、油絵教室に行くんです」

 

 “素敵ね!見てみたいわ。みなみちゃんの絵”


 「今日からはじめるので…。全然ヘタですよ」


 “絵は、上手、下手じゃないのよ。私は名作なんてわからないもの。ピカソの絵なんて私には何が凄いんだか笑。 亜希が幼稚園で描いてきた絵の方が、よっぽど好きよ。見る人が幸せになればいいんじゃないかしら?”


 “もう、あらかた終わったから、一緒にコーヒーでも飲まない?”


 「はい。いただきます」


 みんなが起きてくるまでの少しの時間。お母さんを独り占めした子どものような嬉しさが込み上げた。

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